26.目の前の茶番劇

「余は無用の時間が嫌いだ。さっさと終わらせよう」

「では手短に。ラウレンティウス皇太子殿下より受けた奏上の内容と罪状の読み上げは省略し、旧ダスティシュ領領主ならび元サモフォル王国専任外交官ダスティシュ、卿の処遇を伝える。まず領地の返還、爵位の没収、卿ならびに家族の貴族位剥奪、それから…」

 

 一歩前に出たガーデンベルグが朗々に述べていく。要はダスティシュの一族はこれから平民として慎ましく生きていけと言う話だ。

 そこに、連座制こそ取り入れていないが、屋敷を調査した結果判明した個人の罪に応じた罰がそれぞれに加えられている。特に外交官でありながら反乱軍と繋がって情報を渡し、皇太子暗殺に加担した現当主のダスティシュの罪は相当に重いようだ。


「しかも卿は皇太子殿下の暗殺をよりにもよって婚約者となったシャオヤオ姫にやらせようとした、下劣極まりない!」

「そっそれは!」

「卿の罪、それを贖う罰は永劫に覆らないと心せよ! その上で言い逃れが出来ると思うのなら不様にやってみるがよい!」

 

 怒気を帯びたよく通るガーデンベルグの声に、シャオヤオは思わずすぐ隣に座るムーダンを庇うように身じろぐ。


「ガ、ガーデンベルグ卿も、陛下も誤解しておられるのです! 私はただただ帝国の為にあろうとしたまでで…そうっ、反乱軍と繋がっていたのも逆に情報を得ようとしてですね! 暗殺の話とて、反乱軍を油断させる為の方便で、この私が本気で殿下のお命を狙う訳がないではないですか! 取り調べの際、何やら私めが暗殺者を使ってこれまで恐ろしい事をしていると言い掛かりを付けられましたが、全く身に覚えがございません!」

 

 ダスティシュは懸命に言い訳をしているが、しどろもどろも良いところだ。その接触していた反乱軍を名乗る何某が皇太子の仕込みだと言う事にも全く気付いていないらしい。


「そこの異民の小娘が何を証言したか分かりませんが、偽り! 全て偽りでございます! それこそ私を陥れようとする罠にございます! この小娘こそが反乱軍と繋がっているのですよ! 建国祭で恐れ多くも皇太子殿下のお命を狙った事をお忘れですか? ガーデンベルグ卿も陛下も、まさか卑しい異民如きの言葉をお信じになると?」

「ほう、サモフォル国王を前にして卿はそれ等の民を、異民や卑しいと蔑むか…」

「ぅえへ!? いいえ! けしてそのようなつもりは。しかしサモフォルは既に我が帝国の属国のようなもので、そこの王に権威など、既に…」

「サモフォルは対等な同盟国! サモフォルを侮辱する事は帝国を侮辱するのと同義! そんな事も分からぬ愚か者が帝国を我と呼ぶな! 心底不快だ!」

 

 ヒィイイ! ガーデンベルグに叱責されたダスティシュが、また情けない声を上げながら子供のように蹲る。

 このおっさんが小物なのは知っていたが、あまり不様過ぎる姿を晒さないでほしい。これに使われていたと思うとシャオヤオも泣きたくなってくるから。

 思わずシャオヤオが天を仰いでいると、皇帝が組んでいた足を下ろしてサモフォル国王夫妻に視線を向けた。


「サモフォル王並び王妃。一応とは言え我が帝国の民が貴殿等の国と民族を侮辱する発言をした事に余は心から陳謝する」

「謝罪は不要でございます皇帝陛下。長い分裂の時を過ごした我等です、そこの1人を持って帝国の民意と、どうして取れましょうや」

 

 ダスティシュの失言を皇帝が謝罪し、サモフォル国王が受け入れる。

 実に事務的なやり取り。誠意こそ示しているが皇帝も国王が侮辱されたと怒る事はないと知っているからか、声に抑揚は感じられない。

 シャオヤオがサモフォル国王をチラリと伺えば、その表情は無感情で、無表情…。病室で己の不甲斐なさに涙していた情が深い父親の姿は、そこにはなかった。

 こう言う顔も出来るのかとシャオヤオが密かに感心していると、ふと視線に気付く。視線を追って目線を下げると蹲ったままのダスティシュがこちらを見ていた。いや、睨んでいた。涙目で。


「貴様か…」

「え?」

「貴様がワシを売ったのか!? そうなんだな!? ここまで生かしてやった恩を忘れてワシを嵌めやがったな! 何もかも貴様のせいだ! 卑しい人間の価値もない異民風情がぁあ!」

 

 果たしてダスティシュの思考ではどう言った筋書きと結論に至ったのか…。最早シャオヤオは知りたくもないし察したくもない。正直、こうして関わるのも嫌だ。

 だが血走った眼で飛び掛かってくるのなら、抵抗しない訳にはいくまい。掴まれてももっと嫌だし、下手をしてムーダンやサモフォル国王夫妻が怪我でもしたら大変であるからして、ちょっとばかし力を込めた拳で殴り返して骨の一つでも粉砕しても、正当防衛の内だろう。

 そう思って椅子から立ち上がったシャオヤオは向ってくるダスティシュへ拳を構えたのだが……誠に残念な事に、その拳を振るう機会は訪れなかった。


「ぶぎゃっ!!」

 

 シャオヤオの視界で捉えられたのは上から落ちてきた白。

 瞬き一つ後には、ダスティシュはシャオヤオに辿り着くより前に、突如現れた白い装束のコハクによって床へ抑えつけられていた。


「投げ飛ばすくらいなら止めるつもりはなかったが、一応姫の立場である時は公式の場で骨を砕くのはやめておけ…」

 

 ウゴウゴと蠢くダスティシュを抑えながらぽつりと零すように呟いたコハクの言葉が、やけに耳に届く。

 皆にもその言葉が届いたのか、視線が握った拳に集まったのが分かって……シャオヤオは力を緩めつつ拳を口元に持って来て、コホンと一つ咳払いをするに留めた。向い側にいる皇太子の笑いを堪える顔が見えて、非常にムカつく。


「っ、嵌められた! ワシは嵌められたんだ!! どうして誰もそれが分からないんだ! この無能共め! こうなったら粗いざらいぶちまけてやる! 何が姫だ! 偽者のくせに! 汚れ腐った人殺しのくせに!!」

 

 コハクがやや身体をずらすと、ダスティシュがまた叫び出した。声が出ないようにしていたのを緩めたようだ。


「国に、世界中にばらまいてやる! 帝国は血の繋がりもない赤の他人の小娘、それも人殺しをサモフォルの姫に仕立て上げて同盟を結んだと! いずれ使い捨てるつもりだろうが残念だったな! その前に全部全部ぶちまけてやる! これでお前達の信用はがた落ちだ!」

 

 ザマーミロ! そう続けて下品な笑い声を上げるダスティシュ。ただコハクがまた身体をずらして声が出ないようにしたらしく、その笑い声が長く続く事はなかった。


「皇妃。今の発言の内、姫の前職に関するところは削除してよい」

「はい陛下。既にそのように」

 

 皇帝が秘書に言葉を掛ける。

 ……皇妃? 皇妃!? 秘書だと思っていた女性は、帝国皇妃だった。皇帝の妻で、皇太子の母親。ただ者ではないはずである。

 何故にこの場の書記をしているのか分からない事だらけだが、思わずシャオヤオがまじまじと見ていると、視線に気付いた皇妃から素敵な笑顔を返された。いけないいけない。驚き過ぎて一瞬話が頭から飛んでいた。


「シャオヤオ姫は多くの者の前で刺客を撃退した実績もありますし、用心棒とするのが妥当と思われます」

「その辺りは皇妃、貴女の見地に任せよう」

「ありがとうございます。皇子もそれでよろしい?」

「母上の良いように」

 

 シャオヤオが立て直している間に職業が暗殺者から用心棒に変わっていた。異名こそ取ったものの特に拘りはないのでお任せしておく。

 それにしても、皇帝と皇太子の父子は目も碌に合わせないのに、妻であり母でもある皇妃にはそれぞれ優しい声で話していて…何と言うか、分かり易い。皇太子は嫌がりそうだが、案外似た者親子ではないだろうか。

 そんな事をシャオヤオが思っていると、皇帝が手を上げてガーデンベルグに指示した。


「ダスティシュ。卿の勘違い、そして公には出来ない最大の罪を教えてやる。帝国にはシャオヤオ姫並びムーダン公子を使い捨ている等と言う不敬な考えはない。卿は本気でサモフォルと縁も所縁もない偽りの姫を次期皇帝たる皇太子殿下の婚約者に据えたと思っているようだが、何故帝国がそんな事をしなくてはならないのだ」

「え? は? それは、どう言う…」

「行方不明であるサモフォルの第三王女フェンシュ。彼女の足取りを徹底的に洗った。混乱期の折故かなりの苦労を強いられたが帝国の諜報員が総力を挙げた結果、クーデター後に現在は帝国領地となっているとある港への入港を確認しその後の生活の様子にもある程度辿り着いた。ただし…」

 

 皇帝の指示を受けたガーデンベルグが淡々と告げる。


「戦火を逃れて難民として移動後、ある領地で完全にその足取りは途絶えてしまった。ある領地とは何処か、ここでも覚えも謂れもないと抜かすか?」

「……ま、まさか」

「そう。卿の元領地、ダスティシュ領である。旧ダスティシュ領で集まった難民がどうなったのかは、誰よりも知っているはずの卿にあえて言う必要もあるまい。それよりも、僅かな糸口から諜報員が何とか拾い上げた王女の情報の中に2人の御子の名が記されていた」

 

 あぁ、そう言う設定にしたのか。目の前の茶番劇をシャオヤオはただ黙って、淡々とした面持ちで眺めていた。


「ダスティシュよ、上げられてくる報告書を読んだ陛下や私の気持ちが卿に分かるか? いくら身を偽っていたとは言え他国の唯一の生き残りとも言っていい王女が我が国でどんな目に合いその果てにどうなったのか」

「おおお待ちを! あの時のアレは統一の為に必要だと…!」

「陛下が卿に命じた事は何一つ無く、卿もまた被害を偽り、帝国は卿の偽りの報告を信じた。それが事実である。無論、卿と言う下郎を信じた罪から逃げるつもりはない」

「あぁ、ああ…」

「これも分かるか? 王女の2人の御子が現在どう過ごしておられるのか、それを知った時の我等の気持ちが…」

「ぅ、あ…、そんな。そんなはずは…」

「卿が国境沿いの開拓地にと送り込んだシャオヤオ姫とムーダン公子の御両親、その御顔を、御姿を、卿は一欠けらでも覚えているのか?」

 

 覚えているはずがない。

 誰がどの子で、どの親かも覚えてない。覚えていたら、シャオヤオ達の母親がフェンシュ王女であるはずがないと確信を持って証言も出来ただろうが、ダスティシュには難民達は皆同じに見えていたはずだ。全部等しく、無価値な存在として…。


「卿のお陰で、帝国はサモフォルに負債を抱える事になった。如何に内乱状態にあるとは言え、この事実を知られればサモフォルの技術品を輸入している諸外国、また各所の帝国領地からどんな誹りを受ける事か」

「か、隠してしまえばよろしいではないか! 2人を、秘密裏に処分する事とて帝国には可能でございましょう!」

「事実とはいつかは暴かれる。フェンシュ王女の足取りを追えたように。そんなモノを恐れるなどそれこそ帝国の、陛下の権威に傷が付く。であるならば、負債は早急に返済するに限る」

「まさか、それで対等な同盟に…」

「シャオヤオ姫とムーダン公子の身と生活の保証を条件に、フェンシュ王女は病死とし事実を公表しない事をサモフォル国王はその御名において約束して下さった」

 

 二重…いや三重の偽り。王女の死の真相についての偽りを挟む事でシャオヤオとムーダンの本当の素性を隠し、また王女の半生そのものが偽りである事も隠した訳だ。

 将来、何処かで誰かがシャオヤオとムーダンやフェンシュ王女について深く調べようとしても、帝国が意図的に隠した王女の死の真相が出てきて意識を背けさせる事が出来るしそれを理由に取り締まる事も出来る。ついでにその辺りの責任を全部ダスティシュに被せて、過去の皇帝のやらかしとやらを有耶無耶にしてお片付け。


「今一度卿に告げよう。卿の罪、それを贖う罰は永劫に覆らない。心せよ!」

 

 成程、これが仕上げか。

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