造物主症候群
安西一夜
P.01 花子
薄闇の中、燐光のように少女は出現した。
僅かな光が、夕闇を四畳半の隅へ押しやる。
出現するポーズはいつも同じ。体育座りで膝頭を両腕で抱き、そこに顔を埋めている。だから、全裸にもかかわらず、大事なところは隠れて見えない。閉じたポーズだ。
正面から見れば、座布団に付けたお尻を底辺にした綺麗な二等辺三角形。肩まで流れる漆黒の髪を頂きに畳まれた、柔らかな折り紙のよう。
サボテンの鉢の前、いつも決まった場所に彼女は出現する。畳じゃお尻が痛かろうと、その場所に座布団を敷いていた。
花子さん。
綺麗な三角形を飽かずに眺めるのも悪くない。けど、やっぱり触れたい。
「花子さん」
ピクリと丸い肩が反応する。
折り紙が開く。閉じられていた少女が顔を上げる。
かぶさる髪をうるさそうに払う。長いまつ毛が上がり、深緑の虹彩が創太を捉えた。
紅を乗せない唇は薄桃色で、その両端がもち上がる。
「そのダサい名前、やめてって言ったでしょ」
「でも、花から出てくるし、花の精だし、やっぱ花子さんだよ」
少女はため息をつく。「名前なんて、どうでもいいけどね。さあ、今夜もしようか」
「うん」
ふふ。
腕をほどいて上体を上げる。丸い乳房が現れる。ほどいた腕を後方について反り、最後の折りしろを開く──
全開になった折り紙の、M字開脚の中心に花弁がある。ケモノの生臭さはない。花の芳香だ。受粉のために虫を呼ぶ。そのための芳香。
ボクは虫だ──と創太は思う。花子さんを受粉させるための、虫。
顔を寄せ、芳香の中心に顔を埋め──
鍵の廻る音がしてドアが開いた。
音の主は靴を飛ばすように脱ぎ、一直線に寝室に進んで襖を開く。
「アンタ、何やってるの!」女性の声が頭上から降ってきた。
創太は目を開け、布団に埋めた横顔で女性を見上げた。
姉の
「やめろよォ。暑くなるじゃんか」創太は身を起こす。
「臭くて、こんな空気吸えないわよ! パンツくらい
創太はあくびをしながら頬を搔いた。布団を出て、とりあえず下穿きに脚を通す。
「合鍵なんか作りやがって。鍵を取り替えてやる」冷蔵庫から緑茶のボトルを出してラッパ飲みした。
聡美は花子の座布団に腰を落とし、鬼の目で睨んだ。「座りなさい!」
創太は開いた窓を閉じ、エアコンの設定温度を下げた。ヒートアップした姉のせいで室温はまた上がったろう。
目覚まし時計を見てうんざりした。まだ七時前だ。
花子さん、消えててよかった。それにしても、昨夜はやり過ぎた。三回も。
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