ランドレウス到着

ランドレウスの街並みが遠くに見えた瞬間、アルノアは思わず足を止めた。広大な都市を囲む高い城壁は昔と変わらず、近づくたびにその規模の大きさに圧倒される。ランドレウス――アルノアがかつて過ごし、多くの思い出を残した地。


街に入ると、活気ある市場の声や行き交う人々のざわめきがアルノアを迎える。懐かしい匂いが鼻をつき、記憶の中の景色がよみがえる。


 街の中心に向かう道中、アルノアの頭にはかつての日々が次々と思い浮かんでいた。


「この道……確かここを通ってよく学園に行ったな……。」


何気なく視線を向けた先に、昔立ち寄ったパン屋がまだ営業しているのを見つけた。幼馴染のロイと競い合いながら買い物をした記憶が蘇る。だが、その懐かしさと共に、あの頃の孤独感も胸に刺さる。


ランドレウスで過ごした日々は決して楽しいものばかりではなかった。学園では孤立し、力をうまく扱えない自分に苛立つことも多かった。それでも、今となってはすべてが懐かしい。


「……居心地が悪いと思ってたけど、案外悪くないもんだな。」


一緒に来た仲間たちの存在が、アルノアにとってこの場所の印象を少しだけ変えたのかもしれない。


 予定日より早く到着した一行は、広場近くの宿に集まった。宿の主人は快く迎えてくれ、彼らに部屋を手配した。


リヒターが荷物を降ろしながら伸びをする。

「おいおい、こんな立派な街なら、いろいろ見て回らねえともったいねえだろ!」


「確かに、到着が早かったんだ。せっかくだから自由行動にしよう。」ユリウスが賛同するように頷いた。


「それなら、一人ずつ行きたい場所に行こうか。準備もあるし、ランドレウスに慣れる時間も必要だろう。」アルノアも提案した。


仲間たちはそれぞれ宿を出る準備を始めた。



ランドレウスの大通りを歩きながら、アルノアはギルドに向かっていた。かつてこの街で過ごしていた頃、冒険者ギルドはアルノアにとって少し距離のある存在だった。ランドレウスの冒険者たちとはほとんど関わらず、むしろ疎まれていた記憶が強い。


「……嫌な思い出ばかりだな。」


アルノアは軽く肩をすくめながら歩を進めた。それでも、今の自分はフレスガドルで正式な冒険者証を得た冒険者だ。この場で過去を引きずってはいられない。


 ランドレウスの冒険者ギルドの建物は、以前と変わらず威圧感のある石造りの外観だった。扉を開けると、熱気と活気に満ちた空間が広がる。冒険者たちがそれぞれの仲間と談笑し、クエストの依頼を確認していた。


しかし、アルノアが一歩足を踏み入れると、一瞬だけ空気が変わったように感じた。目立たないように歩を進めるが、ちらほらと彼に視線を向ける冒険者たちがいる。


「……また変なこと言われなきゃいいけど。」


アルノアは気にしないふりをしてカウンターに向かう。


 カウンターの奥にいた女性職員がアルノアを見て、少し驚いた様子を見せた。


「……あなた、アルノアさんでしたっけ?ランドレウスの記録に名前があったはずだけど……フレスガドルに移籍していたんですね。」


「ええ、フレスガドルで冒険者証を正式に受け取りました。今日はその記録を更新しに来ました。」


アルノアはフレスガドルの冒険者証を取り出し、職員に渡す。職員はそれを手に取り、魔法の端末に記録を入力し始めた。


「なるほど、フレスガドルではCランクとして登録されているんですね。ランドレウスでは以前Bランクだった記録が残っていますが……このCランクにはすぐに変更できます。」


「お願いします。それと、これから代表戦の準備でこの地にしばらく滞在します。そのことも記録しておいてください。」


職員は頷き、淡々と作業を進めた。その間、背後で誰かがアルノアのことを話しているのが耳に入った。


「おい、あれ学園にいたあのアルノアだろ?確か、魔法の才能があんまりないとか言われてたやつじゃなかったか?」


「フレスガドルでCランクになったって話だが、どうせ何か運が良かっただけだろ。」


アルノアは眉をひそめたが、無視することにした。


 職員が記録を更新し終えると、アルノアに冒険者証を返しながら小さく笑みを浮かべた。


「正直、あなたの名前を見て驚きました。でも、フレスガドルで正式なランクを得て、さらに代表戦に参加するなんて……本当にすごいですね。」


その言葉に、アルノアは少し驚いた。過去のランドレウスでは、こんな風に自分を肯定的に評価する言葉を聞くことはなかったからだ。


「ありがとうございます。……まあ、いろいろあって成長しただけです。」


短くそう答えたアルノアだったが、心の中には小さな達成感が生まれていた。


 ギルドの手続きが進む中、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「……やっぱりお前か、アルノア。」


アルノアは振り返ると、そこにはかつてランドレウスの学園で同級生だったゼイン・ラグナスが立っていた。ゼインは赤と黒を基調とした派手な冒険者装備を身にまとい、鋭い目つきでアルノアを見下ろしている。


「ゼイン……久しぶりだな。」


アルノアが軽く挨拶するが、ゼインは口元を歪めて鼻で笑った。


「何が久しぶりだ。まさかお前がここに来るとはな。聞けばフレスガドルの代表だそうじゃないか。しかも聖天アリシアと組んでだと?」


「……まあ、そうだ。」


アルノアは余計な感情を抑えながら淡々と答えたが、ゼインの態度はさらに挑発的になった。


「フレスガドルで何をしたか知らないが、アリシアと組んだからってだけで、ここまで来られただけだろう?どうせお前自身の力じゃない。相変わらず他人に頼るしかないんだな。」


 ゼイン・ラグナスはランドレウス学園の時から攻撃的な性格と戦闘スタイルで知られていた。彼は火属性と雷属性の攻撃魔法を駆使し、爆発的な火力を誇る実力者だった。特に彼の魔法は周囲の環境すら無視して焼き尽くすほどの威力を持ち、その豪快さと激しさで他の生徒たちから一目置かれていた。


一方で、アルノアとは折り合いが悪かった。学園時代、ゼインはアルノアを「中途半端な存在」と見なし、何かと辛辣な態度を取っていた。


「お前がフレスガドルの代表だって知った時は笑ったよ。どれだけ運が良ければそんなことができるんだってな。」


「……運だけじゃない。俺はフレスガドルで努力した。」


アルノアはまっすぐゼインを見つめて言い返す。その目に揺るぎない自信を感じ取ったのか、ゼインは一瞬だけ黙り込んだが、すぐに不機嫌そうな表情に戻った。


「まあいいさ。俺たちはランドレウス代表として出る。お前がどれだけ強くなったか知らないが、俺たちに勝てると思うなよ。」


 ギルドを出たアルノアは、ゼインとの会話を反芻しながら歩いていた。


「……証明してやるさ、俺の力を。」


フレスガドルで得た力、仲間たちとの絆、そしてエーミラティスとの繋がり。それらすべてを糧に、アルノアはランドレウス代表戦で自分の成長を示すことを心に誓った。

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