アリシアの焦り
アルノアは共通科目である魔法学の授業を受けるため、大講義室へと向かった。広々とした室内にはすでに多くの生徒が席についており、彼らの間には何やら落ち着かないざわめきが漂っていた。アルノアは不思議に思い、ざわつく視線の先を追うと、すぐにその理由がわかった。
クラスの中央に、アリシア・グラントが座っていたのだ。
白い髪と堂々とした佇まい、そしてどこか神聖さを漂わせる雰囲気。学園の特待生であり地属性最強の魔法使いと謳われる彼女が、授業に顔を出すこと自体が珍しいため、周囲の生徒たちは動揺と興奮を隠せないようだった。
アルノアもその中の一人として視線をそらそうとしたが、ふいにアリシアと目が合った。驚く間もなく、アリシアが片手を軽く上げてアルノアを呼び止める。
「アルノア。ここに来てたんだ。」
その一言で、教室内はさらにザワついた。尊敬の的であり、近寄りがたいとすら言われるアリシアから、アルノアのような新入生に声をかけるなど、誰も予想していなかったのだ。
「ええ、まぁ…授業が始まるので。」アルノアは戸惑いながらもアリシアに答え、彼女の近くの席に腰を下ろした。周囲の生徒たちはそのやり取りをじっと観察しており、ひそひそと何かを囁き合っている。
アリシアは気にする様子もなく、「学園生活にはもう慣れた?」と穏やかに話しかけてきた。アルノアは短く返答しながらも、その自然体の態度に少し驚いていた。彼女の印象は完璧で近寄りがたい才女だったが、こうして話してみると意外に親しみやすいように思える。
そんなたわいのない会話が続いていたところに、グレゴール教官が講義室に現れた。周囲は再び静寂に包まれる。彼が攻撃魔法の授業を担当しているのは有名であり、その威圧感は生徒たちを一瞬で黙らせた。
だが、グレゴールはすぐに教室の中央に座るアリシアに気づき、眉を上げて驚いたように言った。「おいアリシア、お前がこの授業に来るなんて珍しいな。特待生だから免除されてるんじゃなかったのか?」
アリシアは淡々と答える。「気まぐれです。それと、アルノアのことに少し興味があって。」
その発言に、周囲の生徒たちは再び動揺した。グレゴールでさえ目を丸くしている。
「興味がある…か。」グレゴールは苦笑しながら首を振ると、「まあいい。授業の邪魔だけはするなよ。」と軽口を叩いた。その親しげなやり取りに、アルノアは疑問を抱かずにはいられなかった。
授業が始まる少し前の時間を使って、アルノアは小声でアリシアに尋ねた。「アリシアさんとグレゴール教官って、どういう関係なんですか?」
アリシアは淡々とした声で答える。「簡単に言えば、私は彼の弟子だったのよ。魔法の基礎を教わったのはグレゴール教官から。もっとも、教官としての顔より、冒険者としての顔の方が印象深いけれど。」
「弟子…だったんですか。」アルノアは驚いた。まさかあの厳格な教官の下で、アリシアのような天才が修行していたとは思いもしなかった。
授業が始まり、グレゴールはいつもの厳しい調子で攻撃魔法について解説を始めたが、アルノアの心はどこか落ち着かずに揺れていた。特待生で、学園の象徴のようなアリシアが自分に興味を持っている理由は一体何なのだろうか?
アリシアの気持ち――――――――――――
アリシアは自室の窓辺に立ちながら、外の景色に目をやっていた。フレスガドル学園の広大な敷地が広がり、遠くにはダンジョンの塔がそびえ立つ。その威容を眺めているはずなのに、彼女の心は落ち着かず、頭の中はアルノアのことでいっぱいだった。
「このままじゃ、まずいかもしれない……」
アリシアはそう呟くと、手に持っていた書物を机に置いた。
アルノアの学園編入が決まったときから、アリシアの心には微妙な焦りが芽生えていた。グレゴール教官から「試験で負けた」という話を聞いたときは驚きもしたが、それ以上に、彼の成長可能性に期待を抱いた。だからこそ、自分が直接声をかけ、対抗戦でパーティーを組む提案をしたのだ。
だが、アルノアが学園生活を送るにつれ、事態は思った以上に複雑になってきている。彼は白髪という珍しい外見に加え、その端正な容姿と控えめながらも誠実そうな態度で、周囲の生徒たちに強い印象を与えていた。さらに、グレゴール教官が彼の実力を公言したことで、特に上級クラスの強者たちからの注目を一身に集めるようになっている。
「このままだと、他の生徒たちが彼を自分たちのパーティーに引き入れようとするかもしれない……」
そう考えると、アリシアは胸の奥がざわつくのを感じた。対抗戦はチーム戦だ。誰と組むかが勝敗を左右する重要な要素であり、強者たちがこぞってアルノアを引き込もうとするのは当然だ。
アリシアは机に腰掛け、考えを巡らせた。自分は特待生であり、誰ともパーティーを組む必要がない立場だ。むしろ「一人でも十分に戦える」と周囲から見られている。しかし、今回ばかりは違う。アルノアと二人で出場するという提案は、彼女なりの賭けだった。
「……でも、二人で出るって言ったのに、もし他の生徒に引っ張られたら?」
そう思うと、アリシアは落ち着かなくなった。アルノアが他の生徒たちと親しくなり、彼女以外の誰かとパーティーを組む光景が脳裏に浮かぶ。彼の性格からして、断るのも苦手そうだ。
「それに……」
アリシアは小さく息をつき、顔を赤らめた。
彼の容姿は誰の目にも魅力的だ。普段は控えめだが、笑顔を見せたときの柔らかい表情は、どこか安心感を与える。それを知った生徒たちが彼に話しかけ始めれば、彼はあっという間に人気者になるだろう。そして、もし彼が他の誰かと――そんな考えが浮かぶたび、胸の中に小さな棘が刺さるような感覚がした。
「私が……組むんだから……」
アリシアは小さく呟いた。その言葉には、どこか乙女心が滲んでいる。
彼と過ごす時間を増やす必要がある。学園生活に慣れ始めた彼の周りには、すでに強者たちが集まり始めている。だからこそ、彼が他の生徒に取られてしまう前に、自分との絆を深めなければならない。アルノアにとって、誰よりも信頼できる存在として認識される必要があるのだ。
アリシアは立ち上がり、決意を固めた。
「よし。次の授業、顔を出してみよう。」
学園にいる頻度が少ない彼女が授業に出席するだけでも、生徒たちは驚くだろう。しかし、それくらいの行動を取らなければ、アルノアとの距離を縮めることは難しい。アリシアは自分の計画を胸に抱き、大講義室へと足を運ぶことにしたのだ。
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