第24話

 大樹は本当に大樹だった。空から見下ろしたら丘に木々が生えているのかと思えた場所が、どうやら丸ごと一本の木だったらしい。

 幹の太さは何メートルあるかわからない。ガンギランでも抱えきれないくらいの太さだ。何本かの木が絡まり合っているのかもしれない。それにしても高さが尋常ではない。一番低いところの枝までだって十メートル以上はある。だのに葉っぱの形が下からでも見えるくらいだから、きっと葉っぱもすごく大きい。


 流石は村の結界を支える一柱、見た目からして只者ではないし、湛える魔力量も凄まじい。御神木といった雰囲気だ。

 だが、ヤオレシアが言っていた通り流れ出る魔力にムラがある。

 自然の植物だから、今までも魔力が常に一定というわけではなかっただろうが、それでも、これだけ大きければ多少の強弱など気にならないはずだ。それが今はガス欠のようにぶすぶすと魔力に穴があいているように感じる。


 本当に魔力が枯渇寸前なのだろう。近付いてみたらわかった。ここの魔力は俺の持つ魔力に似ている。南の樹海の北東に位置するということは、樹海の中では俺の生まれた岩場に一番近い位置にある魔力元ということだ。

 つまり、俺が爆誕するためにこの大樹の魔力を使い切ってしまったらしい。

 そうでもなければ、まだ青々と葉が生い茂っている大樹からいきなり魔力が無くなるなんてあり得ない。魔力が減っていけば少しずつ木も枯れていくはずだ。


「あちゃー」

 ダークエルフの村の危機の原因は俺だったわけだが、これは誰にも言わないでおこう。交換条件が成り立たなくなる。これから俺が大樹の魔力を復活させれば問題解決なのだし、言わなければバレないはずだ。


 俺は素知らぬ顔でザランの背から降りた。やはりダークエルフたちにとっては御神木みたいな扱いのようで、頑なに木から降りなかった連中が、今は地面に下りて大樹に跪いている。獣たちも強大な魔力を感じているのか、これ以上大樹には近付こうとしない。

 だから、俺は一人で大樹に近付き、大き過ぎる木の根を登ってみた。根っこ一本でも俺より太い。幹に辿り着くだけでも一苦労、てっぺんまで登るのは無理そうだ。


 要するに、俺が使っちゃった魔力をもう一度大樹の中に戻せばいいだけだ。魔力が溜まっているのは葉っぱではなく幹から根にかけてのようだから、上まで登る必要はない。

 しかし、俺の持っている魔力を全部注ぐわけにはいかないし、かといって樹海の中から魔力を集めたら、また他の魔力元が枯渇するかもしれない。

 なので魔力が有り余っている山岳地帯と、お隣さんの海の方からこっそり魔力を拝借して、大樹に込められるだけぶち込んでやる。魔界を横断する大規模な魔力調整だが、魔王にかかればちょちょいのちょいだ。


 特に儀式的なことは何もしていないが、魔力量が膨大だから、俺が木の幹に手を付いてるだけなのに矢鱈と神々しく禍々しく大樹が光り輝いて見える。これはたぶん、魔力を視認できないやつでも只事じゃない雰囲気を感じ取れるレベルだ。


「ハッ! しまった」


 やっちゃってから思い付いたけれど、こうゆうことは勿体ぶって魔界のやつらをみんな集めて、それっぽい祭壇とかをこさえて、それっぽい儀式などをして、我が民を助けてやるぞ~魔王様ばんざーいばんざーいみたいな、魔王のすごさを大々的に演出するイベントを開催するべきだった。

 そういう小さな積み重ねが俺の力以外の支持率を高めていくのだろうに、今だって結構すごいことしてるんだけど、ホイホイ簡単にやっちゃったから、イマイチ凄さがアピールできていない。


 為政者としての知識が無さ過ぎる。でも悔いても遅い。もう大樹が自ら発光するくらいパンパンに魔力詰め終わっちゃったし、こんな神々しいアピールできそうな機会は早々ないだろう。

「あ~あ、次回に期待」

 俺は大仕事を終えたのに、ちょっと残念な気持ちで幹から手を離した。俺が離れても大樹は強大な魔力を湛えたままだ。


 振り返って終わったよーと言おうした俺だったが、大樹に向かって跪いていたダークエルフたちは、俺に対しても跪いたままだった。獣たちも首を垂れている。

「感謝いたします魔王ギルバンドラ様」

「これで我々の村は救われます」

「流石はギルバンドラ様」

「お見事でした」

 ダークエルフだけじゃなく獣たちも、感服したみたいに俺を褒め称えてくれる。


「え、それほどでも~あるけど、俺のすごさわかった?」

 今のテキトウなやり方でも、魔物たちは俺のすごさがわかってくれたらしい。さっきまでの残念な気持ちが吹っ飛んで俺は得意気に胸を張った。


 意気揚々とダークエルフの村に戻ったら、見るからに大樹復活の影響が出ていた。

 最初に村を隠す結界を見た時は、旨く誤魔化してはいるが目を凝らせば不自然さがわかる程度だった。でも、今は完全に景色に溶け込んでいる。出た時は迷彩服を着ていたものが、戻ってきたら周囲の森を映す鏡に覆われているようなもんだ。

 結界の強度も上がっているから、草原の獣たちが襲撃しても侵入は難しいだろう。というか、あからさまに草原の獣も入れないようにできている。ザランが本気になれば壊せそうだが、喧嘩するなという俺の言いつけを守って、こんな喧嘩売ってるみたいな結界を見ても獣たちは大人しくしている。


 俺は最早この結界を張る魔力元の一柱と言っても過言ではないので、結界の中には余裕で入れる。もしも、大樹を復活させるだけやらせといて俺まで拒む結界を張ってたら、ヤオレシアを引っ張り出して説教しているところだ。

 まあ、そんなあくどいことは心配していない。すっかり俺を重鎮扱いする案内役のダークエルフだけじゃなく、村の連中も俺への態度は一変していた。

 結界が強化されて安全が戻ったおかげか、子供たちも家から出てきている。木の上の回廊から落ちそうなくらい身を乗り出してこちらを見つめている。


 さて、これはもう宴会コースだろう。相撲はしていないけれど、村を救った魔王様を讃えてご馳走が用意されてしかるべきだ。ダークエルフの文化レベルの高さからすると、料理も期待できるし、酒もあるかもしれない。

 そうウッキウキで村長の家に向かおうとした俺だったが、途中でお茶を淹れてくれた長の側近に引き留められた。


「ヤオ様はお休みになられました」

「え~~」


 あいつ魔王である俺を働かせといて帰りも待たずに眠ってんじゃないよ、とは思ったけれど、三日も寝ずに結界の番をしていたことを考えると、安心して眠っちゃうのも仕方ないのかもしれない。

「三日後に御礼を用意して宴の席を設けるとのことです」

「あ、そう……わかった」

 ちゃんと準備をして宴をするというから、俺は今日のところは引き下がった。

 一方的に日程も決めてくるのは本当に太々しいやつだと思うけれど、ダークエルフたちには今後とも協力してほしいことがたくさんあるし、俺は多少の生意気は許せる心の広い魔王なのだ。


 しょうがないから今日のところは草原へ帰ることにする。宴会を待って三日間も村に居座ってもよかったのだが、魔王だって暇じゃない。

 村の結界を出て、来た時と同じようにザランの背に乗り、隊列を組む獣たちに任せて草原へ戻る。

 その途中で、俺は大きな気配を感じた。しかもそれは動いている。

「うおっ、なんだあれ」

 振り返れば後方にさっきまではなかった小山があった。大きな岩のようにも見えるけれど、よくよく観察すれば、それは巨大な生き物だった。


 たぶんダンゴムシのような生き物で、いくつもの目がこちらを眺めている。俺が観察するのと同じく、やつも俺を観察しているようだ。

「あれは虫の王だ、こちらが何もしなければそのうちどこかへ行く」

 ザランたちは特に気にした様子もない。確かに、敵意は感じられないが、とんでもない魔力を秘めているのはわかる。あんな奴がうろうろしているのも、樹海が魔力のごちゃ混ぜ状態になっている原因なのだろう。

 しかし、そんなことよりも、俺はあの巨大ダンゴムシに既視感があった。


「虫の王……大きなダンゴムシ……また記憶に靄が……何らかの規制がかかっているように……」


 前世の何か大きな力によって記憶を取り戻すのが阻まれている気がする。これは深追いしない方がいい気がするから、俺は思い出すことは諦めて、大きなダンゴムシに手を振っておいた。

 虫の王も気が済んだのか、ズモズモと巨体を軋ませながら森の奥へと帰っていった。

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