世界のバグ

稲垣コウ

魔王誕生

第1話

 雷鳴と目を焼くような閃光に叩き起こされた。

 感じるのは全身に打ち付ける激しい雨と、背中に感じる硬い岩の感触だけだったけど、だんだんと意識がはっきりしてくると周囲の騒々しさに顔を顰めた。


 どうやら魔王に転生したらしい。


 どうしてわかるかと言えば、魔王だからだ。


 身体を起こせば周りを囲んでいたバケモノどもがどよめいた。何をか喋っているようだが、雷雨と強風が煩過ぎて聞こえない。

 辺りを見回せば、たぶん天然ではない舞台のような大岩の上に寝そべっていたようだ。自分の手を見下ろせば、記憶にある通り人間の手の形をしている。記憶よりも小さくなっているだけだ。

 そう、記憶がある。生まれたばかりなのに何十年か生きていた記憶がある。だから転生したことがわかる。

 霞がかかったような記憶だが、令和という時代に日本という国で平々凡々働いていた覚えがある。記憶が曖昧なのは、特筆するような激動の人生ではなかったからなのかもしれない。迫りくるトラックを目の前にして「死んだわ」と思ったのが最後の記憶だから、たぶんあの時死んだのだろう。


 そして、この地に魔王として誕生した。


 なんかすごいエネルギーがビックバンして俺が爆誕したことはわかる。魔王なので。

 事故の後遺症でイタイ思い込みに囚われているわけでないことも確かだ。だって、周りにいるバケモノどもが「魔王様誕生バンザーイ!! バンザーイ!!」と騒いでいるのが聞こえてきたから。

 魔王に生まれたからには魔界を治めるべきだが、魔王でも現状の詳しいことはよくわからない。なにせ生後0日だ。


 わからないことは周りに聞けばいい。

「鏡」

 魔王の第一声だ。

「こちらに」

 大岩のすぐそばにいた見るからに黒魔導士っぽいやつが、ずざざっと土下座するように大きな板を差し出して来た。諂い過ぎて変な動きになっている。

 ピカピカに磨かれた金属の板を覗けば、予想通り見た目はほとんど人間だった。

 黒い髪、貧相でもなく逞しくもない身体、外見年齢は十二か十三歳くらいだろうか。生まれたてなのに赤ん坊じゃないのは、きっと魔王だからだ。自立歩行できるのは有難いから細かいことは気にしない。

 極々平凡な日本人の容姿だ。タレ目が唯一の特徴と言えるだろうか。魔王っぽさも瞳孔が縦割れの赤い瞳と尖がった耳くらいだから、魔物としてもこれと言って特徴がない。

 自分の姿は把握した。特に見惚れるところもないので鏡を放り投げる。


「なんで裸?」

 周囲がバケモノばかりだから気にするのが遅れたが、今の俺は生まれたままの姿をしていた。そりゃあ生まれたばかりなのだから当然といえば当然だが、大嵐の中で素っ裸なのは全身びっちゃびちゃで落ち着かない。

「こちらを」

 再び黒魔導士っぽいやつがマントを差し出して来た。さっき鏡を差し出して来たやつと違う。何人も同じように黒いローブを纏って頭まですっぽり隠れているやつがいるけど、ローブの中は人だったり獣だったり様々のようだ。

 ただの布一枚ではあるが、羽織った瞬間びちょびちょだった身体が渇いたし、雨は降り続いているのに俺に雨粒は届かなくなった。布にそういう魔法が付与されているようだ。


 ちょっと感動したけど、相変わらず周りに打ち付ける暴風雨が騒々しくて、感動はすぐに薄れた。

「嵐、煩いんだけど」

 というかなんで吹き曝しなんだ。魔王誕生の場所は選べないのか。

 いいや、たぶん選べる。魔王だからわかる。ただ、ここ以外にこれと言って良い場所がなかったのだ。

 俺の声に黒魔導士たちが素早く動いて、大岩の周りに結界を張った。雨と風を通さない結界、たぶん音も防いでいる。

 結界を見上げただけで魔法が読み解けた。ついでに、俺はたぶん魔法が使えるということもわかった。

 気が付いたら使ってみるしかない。マントに付与されている魔法を読み解いて、びっちゃびちゃになっている大岩に同じ魔法を施した。あっという間に岩肌は雨に打たれていたことなど忘れたように乾燥した。


「うん、よしよし、じゃあちょっと話を聞きたいんだけど」

 俺が渇いた大岩の上に胡坐を掻くと、黒魔導士たちは大袈裟に膝をついて首を垂れた。

 でも、そうゆうのは今いらないので、俺は黒魔導士以外に目を向けた。

 とは言え、いるのはバケモノばかりだ。二足歩行の牛みたいなやつとか、腕が何本もある虫みたいな猿とか、フワフワ浮いているやつもいれば、モヤモヤしていて姿のはっきりしないやつもいる。どいつもこいつも何族とも知れないやつらだから、バケモノとしか呼びようがない。

 たぶん、魔王なので頑張ればそれぞれ何者なのか、個体名や種族名もわかると思うが、いちいち判定するのも面倒になった。


「そこの小さい女の子」

 外見的特徴が言いやすいやつから呼んでみる。十歳くらいの人間の女の子、の姿をしているやつだ。たぶんサキュバスだろう。

「はい、魔王様、なんなりと」

 女の子はにっこり笑って、俺の前にやってきて膝をついた。黒いヒラヒラのドレスを着て、黒くて長い髪を赤いリボンで結んでいる。見た目はお人形さんみたいに可愛らしい。

 この子を最初に選んだのは、単純に服を着ていたからだ。他の奴らはほぼ全裸だ。黒魔導士たちも黒いローブこそ着ているけれど、たぶんローブの下は裸だろうと思われるものが大半だ。

 それと、可愛らしい顔に「媚びへつらって甘い汁吸ってやる」と大きく書いてある。なにせ、俺が起き上がる時は確かに彼女はセクシー系のオネエチャンだった。

「さっきまでと姿違くない?」

「魔王様はどちらがお好み?」

 やはり、俺が人間の子供の姿だとわかった瞬間、俺に合わせて人間の少女の姿になったらしい。こういう明け透けな狡猾さは嫌いじゃない。

 まあ、子供は恋愛対象外だし、どっちかというとセクシー系の方が好きだけど、ここで誘惑されても面倒だから言わんどこ。

「おまえは何で服着てるの?」

「人間を騙すには人間のふりをするのが一番ですもの」

 よかった、人間は服を着ているらしい。原始時代じゃないことがわかっただけ有益な情報だ。

「わかった下がれ」

 しっしっと虫を払うように手を振れば、サキュバスはぷくっと可愛らしく膨れながら離れていく。だから、いくら可愛くても子供に動く食指はない。


「次、そこの鳥男」

 次に呼びつけたのは、緑色の羽毛に身を包んだひょろりと背の高い男だ。形こそ人に近いけれど、羽毛塗れだし、両腕は羽になっているし、足も鱗に包まれて鋭いかぎ爪がある。まんま鳥男だ。

 こいつも俺が生まれる直前までは恐竜にも似た大きな鳥の姿をしていたが、俺を見た瞬間、中途半端な人型になった。

「おまえもさっきと姿違うよな」

「魔王様のお姿をリスペクトしました」

 鳥男はヘラヘラと元気よく答えた。軽薄そうな顔に「虎の威を借りて旨い汁吸ってやる」と大きく書いてある。

「売るね~媚」

「魔王様だけっす!」

「あっそう、でも俺は小鳥の方が好きかな」

 そう言ってやった瞬間、鳥男は小さくなった。ヨウムくらいの大きさだから小鳥というには大きいけれど、緑色の羽に包まれた鳥は、つぶらな瞳できゅるるんっと俺を見上げてきた。

「売るね~媚」

「恐縮っす!」

 褒めてはいないのだが、どうやらここでは媚を売るのは悪いことではないようだ。さっきのサキュバスと言いこの鳥男と言い、あからさまに媚まくっているけれど、周囲の反応は特にない。これはこれで有益な情報だ。


 そして俺は二名呼び出して気が付いた。一匹ずつ呼んで話しを聞くのは非効率だ。

「もういいや、みんな近う寄れ」

 一応王様っぽい態度を心掛けていたが、それも面倒になって来た。王様っぽくしなくても俺が魔王なことに変わりはない。


「どうしておまえらは服着てないの?」

 単刀直入に一番気になっていることを聞いてみる。

 確かに、鳥男みたいに毛に覆われたやつに服はいらないかもしれない。図体が大きいやつや手足がたくさんあるやつ、逆に小さいやつや手足のない芋虫みたいなやつは、自分に合った服をこしらえるのは大変だろう。

 しかし、中にはサキュバスと同じくらい人間に近い姿かたちのやつもいるが、みんなだいたい素っ裸だ。辛うじて、黒魔導士みたいにローブを被っていたり、腰布を巻いているやつはちらほらいるけれど、胸も股間も丸出しのやつが圧倒的多数だ。

 俺が訊ねた途端、答えるどころか、どいつもこいつも困惑した様子で首を傾げたり、キョロキョロと他の奴を見回して返答を押し付け合ったりしている。

 そもそもここに服を着るという概念がないということか。また一つ有益な情報が手に入った。

 俺は溜息を吐いて質問を変えた。

「人真似じゃなく服着るやついないの?」

「ダークエルフは服着てますけど、あいつら森に引き籠ってるからよくわかりません」

 黒魔導士の一匹がおずおずと答えてくれた。つまり、答えたおまえもローブを着ているのは人真似であって、羞恥心とか倫理観で身体を隠しているのではないのな。

 とりあえず、文明的な種族もいるというだけで今は満足しておこう。


「この岩は何? 天然でこんな平らなわけないよな」

 次に疑問に思っていたことを聞いてみる。

 俺が座り込んでいる大岩はほぼ真っ平だ。周りには種類は同じような岩はゴロゴロあるけれど、こんな平らな岩はこれだけだ。巨石を加工する技術があるのなら、石造りの建物とかもあるはずだ。

「先代の魔王様が岩を割って造りなさったのですじゃ」

 猿みたいな爺さんか爺さんみたいな猿かわからんが、物知り爺さんみたいな猿が教えてくれた。

 まさかの先代魔王のハンドメイドだった。加工技術というには力尽く過ぎる。

「家とか、建物とかは造らないの?」

 魔王の俺がこんな吹き曝しの時点でお察しだったが、希望を捨てずに聞いてみた。

「巣は作ります、枝でベッド造るの得意」

「建築とは言えんな~」

 鳥男が元気よく答えてくれて、俺は無事に希望が吹き飛んだ。鳥男以外に碌に答えるやつもいなかったから、たぶんみんな似たり寄ったりなのだろう。


「畑とか牧場とかやってるやつは? まず農業知ってる?」

 もうほとんど期待はしていなかったけれど、食糧事情は必須の情報だ。魔王として確認しておかないわけにいかない。

「食う獣を育ててるやつはいないけど、オーガには狩りに使う獣を飼ってるやつがいます」

「ゴブリンは食える草育ててるやつらがいたはず」

「文明っぽいものあった!!」

 思わず手を叩いて喜んでしまった。絶望的文化レベルの低い中にも一筋の光が見つかった。


 だがしかし、文化レベルが低過ぎる。


 俺は別に、魔王だからと言って贅沢三昧したいわけではないし、世界征服を目指す気もないけれど、だからと言って、岩の上で裸で生肉を貪るワイルドな生活はしたくない。

 最低限、服を着て屋根の下で料理を食べたい。もう少しいえば、快適な街で何不自由なく文化的な暮らしがしたい。これは贅沢ではないはずだ。

 ならば、一番手っ取り早いのは人間界に行くことだろう。服以外にも建築や農業という言葉が通じたということは、ここ以外では服を着て家を持ち畑を耕すような暮らしをしているはずだ。今の俺の力があれば人間に成りすますのも容易い。


 しかしながら、周りにいる多種多様なバケモノたち、姿かたちはてんでバラバラだが、唯一、俺に向けられる期待の視線だけはどいつもこいつも同じなのだ。


 この視線を裏切れないと思ってしまうのは、俺が魔王だからなのか。


「……しょうがない」

 俺は立ち上がって、ちょっと買い物行ってくるくらいのノリで言ったのだが、雷鳴轟く中で俺の声は異様に響き渡った。


「魔界を開拓する」


 その瞬間、バケモノどもが大地を割らんばかりの雄叫びを上げた。

 普通にしてても魔王の第一歩に相応しくなってしまう。魔王ギルバンドラの誕生だった。

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