第39話 悲劇は繰り返す
夢咲は僕に、自分がこれまで背負い続けてきたその過去を明かしてくれた。
その姿はまるで懺悔する罪人のようで、今まで彼女がどれほどの重圧に耐えてきたのかその片鱗を垣間見た気がした。
そしてさらに、僕がある日助けた女性が彼女であったことも教えてくれた。
もちろん僕もその出来事自体は覚えている。でもその時は咄嗟の事だったし、すぐにその場を立ち去ってしまったから正直その人が夢咲だったというのは今こうして言われるまでまったく分からなかった。
これで今まで謎に包まれていた、夢咲が僕を助ける理由とについてはなんとなく理解できた。
しかしそれでも僕はまだ釈然としなかった。
というのも、彼女が抱えてきた弟の事故、一緒にいる資格がないという言葉、彼女自身の『終活』というそれぞれがいまいちリンクしなかったからだ。
でもまずは過去を打ち明けてくれた夢咲に対してかける言葉は他にある。
「ごめん。辛かったよな」
「いえ。今まで黙っててすみませんでした」
「それは構わないって。むしろ話してくれてありがとう」
夢咲の表情はまだ曇ったままだ。
こういう時なんて声をかけていいのか僕にはまだわからない。
でもきっとドラマや映画のお話のように彼女を今すぐ笑顔に変えることのできる魔法の言葉なんてありはしない。
そんなものが存在するようであれば、夢咲はきっとここまで自分を追い詰めたりはしていないし、とうに自らの力で立ち直っているはずだ。
だから僕は無遠慮に話を進める他なかった。
きっと今ここで綺麗な言葉をかけたところで、それは問題の本質から目を背けることにしかならないだろうから。
「夢咲、ひとつ聞いてもいい?」
「はい」
「夢咲が話してくれたことと、僕を騙してるとか『終活』してるってのはどう関係してるんだ?」
「それは――」
夢咲は先ほどまでと同じように淡々と説明を続ける。
彼女は僕に会ってお礼がしたいという名目で僕と同じ会社に就職した。
そうすることで一時的にでも孝太くんの事故のことから意識を逸らす大義名分ができるから。
しかし実際に会社に入ったら入ったで、僕に対して何をしたらいいかわからなくてずっと考え続けていたそうだ。
大義名分に使われたとはいえ、僕へのお礼の気持ち自体は本物のようで直接話さずともずっと陰から気にかけてくれていたようだ。そしてある日僕の様子がおかしいことをどこかで聞きつけた夢咲は、僕の後を追ってビルの屋上まで来てくれた、というのがこれまでの経緯だった。
「でもそれじゃ別に騙していることにもならないよね?」
「いえ、私は先輩を騙してました」
「それは僕を就職活動の理由に使ったこと?」
「いいえ、ちがいます。私は先輩に取り入るためにずっとあのキャラを演じてたんです」
「あのキャラってのは……」
「いつも私が先輩の前で振る舞っていた姿。それは全て私が演じてたキャラです」
正直ショックだった。
僕は夢咲のあの腑抜けたような笑顔やすぐに膨らむ頬、たまに照れて泳ぐその視線が好きだった。
もちろん夢咲が静かな一面を持っていることは既に知っているし、誰だって人によって態度や接し方を変えるのは普通のことだ。
しかしその全てが演技だと言われてしまっては、彼女と過ごした日々の中にあった感情や想い出までもが全部偽の作り物だと告げられたようで、僕は徐々に自分を理性で抑えることが難しくなっていく。
「なんでわざわざキャラなんか作ったんだよ」
「先輩、あざとい子が好きなんですよね。先輩は覚えてなかったですが、私と先輩が参加してた飲み会で酔っ払った先輩はそう言ってました」
「そりゃ……好きだけどさ。でもなんでそこまでする必要があったんだよ」
「先輩を助けることが私の『終活』の一つだったからです」
夢咲は僕と同じ会社に入ってからは明確な目標を失ってしまっていた。
そんな時、ちょうど僕が死にたいのに死ねないという状況に陥ってたのだ。
「先輩にお礼ができないままでは私に未練が残ってしまいます。だからあの場で先輩に気に入られる必要があったんです。死なれてしまってはもう恩返しもできなくなりますから」
「ちょっと待った。そしたら恩返しが終わったら夢咲は死んじゃうの?」
「いえ、それはありません。あくまでいつか死ぬその時に後悔なく死にたいと思ってるだけです。だから『終活』と言ってもかなり長期視点での『終活』です。それに私にはこれから孝太を支えていくという使命がありますので簡単には死ねません」
「だから最近資格の勉強したり転職したのか」
「そうです。いつか孝太が困った時に私が助けられるようにならなきゃいけないんです」
なんとなく状況が整理できてきた。
つまり夢咲は僕を生きる理由に仕立て上げてきたけど、僕に死なれてはそれがなくなってしまうから必死にキャラまで作って僕と一緒にいた。
そして今度は僕が終活をする必要がなくなった、つまり恩返しが終わったから僕の元を離れたと。
そっか、それなら仕方ない。
これからは孝太くんのためだけを考えて頑張ってあげてほしい。
僕はそれを遠くから応援してあげたい。
なんて思えるわけないだろ。
「………………るなよ」
「え?」
「ふざけるなよ! 一方的に僕のことを助けておいてあとはさよならなんてあまりにも酷すぎるだろ」
気付けば僕は言葉を選ぶことも忘れて爆発したその感情をただぶつけていた。
「それをいうなら先輩だって私を助けてそのままいなくなったじゃないですか。なんであの時助けたんですか!」
「死にそうになってるやつを見て放っておけるわけないだろ」
「そのセリフ、そのままお返しさせて頂きます!」
「しかもなんだよ、わざわざキャラまで作ってさ。あの照れた表情も僕をその気にさせるような態度も全部嘘だったのかよ」
「そう……ですよ。全部が嘘ってわけじゃないですけど……そういう先輩だって私のそのキャラ割と気に入ってたじゃないですか」
「そうだよ! あざとくて煩くて鬱陶しくて表情も態度もコロコロ変わってさ。そんなのドキドキするに決まってんだろ。好きになるなって方が無理なんだよ!」
「……ダメですよ」
「何が」
「好きになんてならないでください。こんな私のことは早く忘れてくださいよ……」
「忘れられるわけないだろ。だって僕はもうどうしようもなく夢咲のことが好きなんだから!」
「……」
「もちろんすぐに答えを出さなくたっていいし、これまで通り先輩と後輩のままがいいって返事だって構わない」
「……先輩」
「でも、頼むから黙って僕の前からいなくならないでほしいんだ!」
「……やっぱりダメです。ダメなんですよ。だって……だって、私に幸せになる資格なんてないんですから!」
「資格、資格って……そんなの勝手に決めつけるなよ! それに孝太くんを自分が幸せになっちゃいけないって思い込むための理由にするなよ。彼だって望んじゃいないだろ!」
「先輩に何が分かるんですか!!」
夢咲はそう言い残して交差点の向こう側へと脇目も振らず一目散に走り出す。
「危ないっ」
僕は駆け出すと同時に車道に飛び出しかけた夢咲の手を思いっきり引っ張る。
そう。僕が夢咲と初めて出会ったあの日と同じように。
ただ、あの時と違うのは僕自身が身代わりになるようにそのまま勢いよく飛び出してしまったことだろう。
気づいた時には僕は体を動かすことも喋ることもできず、次第に意識が薄れゆく。近くには絶えず泣き叫ぶ夢咲の声が聞こえる。
そして遠くにサイレンの音が聞こえた頃を最後に僕の記憶は途絶えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます