第33話 先輩、ババ抜き対決です!
「こうして一緒にお出かけしてるとなんだか旅行感がありますね」
「まぁ日帰りとはいえ小旅行と言えば小旅行だしな」
「それもそうですね」
僕と夢咲は今、私鉄の特急列車のシートに二人並んで座っている。
雨の多いシーズンにも関わらず見事に晴れた六月中旬の土曜日。約束通り僕と夢咲は水着で入れる温泉施設に行くため、箱根へと向かっている途中だ。
水着で一緒に入れる温泉といえば東北にあるハワイ風の施設も有名だが、関東南西部に住む僕らにとっては箱根の方がアクセスが良いという理由からこっちを選んだ。
「それにしても同じ神奈川なのに全然雰囲気が違うんですね」
「よく考えれば横浜みたいな都会もあれば、温泉やビーチもあったり結構幅広いよな、神奈川って」
「そうでしょそうでしょ?」
得意げに胸を張る夢咲の向こうにはガラス越しに山並みとその麓に広がる平野が見える。
こうしてゆっくりと二人で旅行気分に浸っていることに思わず頬が緩んでしまいそうだ。
「せっかくですしトランプでもします?」
「え、持ってるの?」
「はい、旅といえばトランプかと思いまして!」
それって修学旅行とか学生旅のイメージが強すぎない?
「じゃあババ抜きでもやるか」
「はいっ」
定番だが電車内で二人で簡単にできるトランプといえばこれくらいだろう。
早速僕がカードをシャッフルして配ると勝負が始まった。
「じゃあ先輩からどうぞ?」
しかし余裕の表情とは裏腹に夢咲はとても弱かった。
あれだけオンとオフを切り替えられるのに、なんでババを引いた時はあんなにわかりやすいリアクションをするのか不思議でならない。
「ほら、そろそろ着くぞ」
「えー。私まだ勝ってないです」
「夢咲じゃまだまだ僕には勝てないぞ?」
「そ、そんな……」
夢咲が勝つ頃にはきっと新宿と箱根を何往復かしてしまいそうだ。
*
「すごい、本当に観光地って感じですね」
「そうだな」
箱根湯本の駅を降りた僕らは昼食を求めて駅前の商店街をぶらついていた。
やはり土曜の箱根だ。家族連れやカップル、外国人観光客など多くの人で賑わっていた。
「何か食べたいものある?」
「そうですね……箱根っぽいものがいいですね」
そういえば箱根って何が有名なんだ?
「ちょっと調べてみるか」
「私も見てみますね」
二人で箱根の観光情報サイトを調べる。
「お、これなんかお洒落で美味そうだな」
「ほんとですね。そこ行ってみます?」
「え、ここからめちゃくちゃ遠いじゃん」
「じゃあこっちは……ってここも離れてますね」
色々調べた結果、箱根は僕らが想像していたよりも格段に広いということを初めて知った。
「これはちゃんと来る前に調べておくべきでしたね」
「だな。ごめん」
「いえいえ、謝らないでください。誘ったのは私ですし」
「まぁ僕はそんなにグルメじゃないし、ここら辺で適当に食べるのでも全然構わないよ」
「あ、先輩。ここなんてどうです? 割と近そうですよ」
「おぉ、いいな。確かに美味そうだ」
結局僕らは夢咲が調べてくれた駅前から少し歩いたところにある和食屋でとろろ定食を堪能することにした。
とろろって普段あまり食べないけど結構美味いんだよなぁ。
さっきまで丘の上にある洋食レストランだとか、湖畔にあるカフェだとかお洒落なところばかり気になっていたけど、やっぱり温泉地で食べる和食はなんか特別感があって良いものだ。
「美味しいですね」
「あぁ、ここで正解だったな」
夢咲は食事中ずっと笑顔でご飯を頬張っていた。
普段なら僕の方が先に食べ終わるのに、今日はその姿を見ていたくてつい食べるスピードがゆっくりになってしまった。
課長は早飯も営業のスキルの一つだなんて言ってたけど、休みの日くらいこうして好きな人の姿を見ながらゆっくり食事を楽しんでもバチは当たらないだろう。
「先輩? どうかしましたか?」
僕の視線に気づいたのか、夢咲が首を傾げながら尋ねてくる。
「いや、なんでも……」
「あ、もしかして先輩。また変なこと考えてました?」
「そんなことないよ」
「怪しいです。水着ならもうすぐ見れるんですからちょっと我慢してください」
そういえば今日は水着になるんだった。
もはやこのまったりとした幸せに浸ってすっかり満足してしまっていた。
「違うって。夢咲って本当に幸せそうに食べるなぁって思って見てただけだよ」
「そうなんですか!? それはそれで恥ずかしんですけど……」
「仕方ないでしょ。すごく可愛いかったんだから」
「……先輩、最近チャラいです」
「えっ?」
僕は思ったことを素直に言っただけなのに。心外だ!
「だって私のことすごく褒めるじゃないですか」
「いや、本当に思ってる事しか言ってないから」
「困ります……」
「……ごめん、嫌だったよな」
「嫌、じゃないですよ……むしろ嬉しいからどうしていいか困るんです」
ここ最近、夢咲はこうしてアンニュイな表情を見せることが増えた。
それは少なからず僕のことを意識してくれているからなのだろうか。
しかし彼女はすぐにいつもの満面の笑みを取り戻した。
「まぁせっかく先輩が褒めてくれたので、今は素直に喜ぶことにしますね!」
「あぁ。そうしてくれると僕も嬉しい」
「はい、ありがとうございます。先輩っ!」
その笑顔に夢咲の言葉が少しわかってしまった。
解釈が同じかどうかは別として、僕も昂る気持ちを今この場でどう扱っていいのかわからなくなってしまった。
結局僕はただにやけることしか出来ず、夢咲に「今からそんな顔してたらこれから一緒に温泉なんて入れませんよ?」と諭されなんとか平常心を取り戻すのであった。
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