第22話 彼女の住む街

 仕事を定時で切り上げると早速夢咲の住む街であるセンター北へと向かった。


 物珍しい僕の定時退社に「今夜は雪でも降るのか」なんて同僚の声も聞こえるけど、今は気にしている暇はない。


 普段はあまり使うことのない電車を乗り継いでいくと、暫くして車内のアナウンスが目的地であるその駅名を告げる。


 こうして知らない街へ来るのはやっぱりどこか心許なく、ついそわそわと周囲を見渡してしまう。


 センター北という場所が横浜にあるということだけは知ってたけど、実際に来てみるといわゆる横浜のイメージとはかけ離れていた。

 海も高層ビルもない。でもいくつかのショッピングモールや広場、公園のあるちょっと雰囲気のいい新興住宅地。それが改札を抜けてからの感想だ。


 人間は初めて見るものや経験するものを自然と脳内のデータベースと結び付けて「○○っぽい」と関連付けてしまうそうなのだが、この街はそのどれとも関連付かなかったらしい。ちょっと不思議な感覚の街だ。


 (駅前のデパートの屋上から生えてるあの観覧車のインパクトが強すぎるんだろうな)


 とりあえず最寄り駅まで来たはいいものの、夢咲の家の住所までは知らない。

 それでも何か行動に移したかった。


 僕はあの観覧車の下に広がる駅前広場のベンチに腰かけると、夢咲に〈住所教えてほしい〉とメッセージを送る。


 効率を考えれば仕事中やここへの移動中に連絡しておく方がなんだろうけど、それだと夢咲は絶対に誤魔化して教えてくれない。今までの経験から直感的にそう思った。


 だから僕はちょっとずるい気もするけど続けてこうメッセージを送る。


 〈今センター北にいる〉

 〈食べたいものとか必要なものがあったら何でも言って〉


 夢咲は決して僕を嫌ってはいない。

 むしろここ最近の距離感はきっとそれなりに近いはず。

 そして彼女は案外押しには弱い。

 

 だからこうすればきっと無下にはされないはずだ。

 いや、確実ではないけど少しでも確率は上がるはず。

 

 たぶん……


 (そうは言ったもののちょっと強引すぎたよな……これで引かれたらどうしよう)


 それからしばらくスマホでSNSを見たり、駅前を行きかう人たちを観察したり、広場で遊ぶ男の子の縄跳びの回数をカウントしたりして、結局連絡が返ってきたのは僕がメッセージを送ってから30分後だった。


 《先輩、どうしても私に会いたくなっちゃったんですか?》

 《もう仕方ないですねー》


 そのメッセージに続けて、夢咲から家の住所が送られてくる。

 そして最後には「必要なものは先輩の元気な姿ですっ」というリクエストが添えられていた。


 (いや嬉しいけど、もっと具体的に必要なものリクエストをしてよ)


 そんな思いとは裏腹にふと笑ってしまう。

 仕方がないからレトルトのおかゆやフルーツゼリー、スポーツドリンクなどをコンビニで買うと夢咲の住む場所をスマホのマップに入力して歩き出す。


*


 (というかこれ地図見る必要ないな)


 デパート横のデッキを歩きながら僕はスマホを一旦ポケットにしまった。

 何故ならここから夢咲の家までは一本道で所要時間も数分程度だったからだ。


 少し時間が掛かったとはいえ、夢咲からは無事に住所を聞き出せた。

 ここまでは作戦通りだ。


 しかしその時の僕の頭からはある重要なことが抜けていたのだ。

 むしろ地図で調べたときにその違和感に早く気づくべきだったのかもしれない。


 駅からそのまま繋がる大通りを跨ぐ橋を渡る最中で徐々に嫌な予感がしてくる。

 そして橋を渡り家に近づく頃にはその予感が確信に変わった。


 (これって……どう見てもファミリー向けのマンションだよな)


 僕の目の前に広がるのは勝手に想像してた単身者向けのマンションやアパートではなかった。入口から奥まで一直線に敷かれた通路の真ん中には噴水と水路が流れ、それを囲むように両側に立派なつくりの中層レジデンスが連なる。


 『駅からフラットなアクセス。都心の喧騒を離れたニュータウンに臨む私の庭園プライベートガーデン』というキャッチフレーズが似合いそうな、どこからどう見ても富裕層向けのファミリーマンションだった。


 そう、僕は夢咲が実家暮らしかもしれないという、その重要な発想が完全に抜け落ちていたのだ。


 (実家暮らしだったら僕が来る意味なかった? むしろ誰コイツってなるよな……)


 ここまで来ちゃったし、夢咲には僕が行くことを伝えちゃってるから、もう引くに引けない。でも親御さんに夢咲との関係を聞かれたらどう答えればいいんだろう?


 終活を手伝ってもらってるなんて言えないし……じゃあ友達?

 それともいっそのこと恋人だって嘘をつく?


 (いや、普通に『会社の先輩』でいいのか)


 でも会社の先輩が風邪を引いた後輩の為にわざわざ家まで訪ねてくるか?

 

 (考えてても仕方ない。こうなりゃ出たとこ勝負だ)


 最悪この近くに取引先があって……とかなんとでも誤魔化せばいい。

 今大事なのは夢咲に会って少しでも支えてあげることだ。


 僕はエントランスへと向かい、気付けば額を伝っていた汗をデオドラントシートで拭くとメッセージで伝えられた部屋番号を呼び出す。


 ピンポーンという電子音がエントランスに響き渡る。


 《はい……今開けますね》


 スピーカーから聞こえてきたのは少し濁ってるけど確かに夢咲の声だった。

 

 (よかった……)

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