第19話 配達員・夢咲奏絵

 〈ごめん、体調崩した。今日はまっすぐ帰るよ〉


 《え、大丈夫ですか!?》


 〈今家に帰ってきた。38℃ちょっと熱ある〉 


 《結構な高熱じゃないですか!》

 《そしたら明日の温泉もまた今度にしましょう》

 《まずはゆっくり休んでください》


 〈ごめん、ありがとう〉


 とりあえず必要最低限の連絡を夢咲に入れた僕は、夕飯も食べずそのままベッドで横になった。

 夢咲との水着温泉デートが延期になっちゃったのは残念だけど、正直今はそれを惜しむ余裕すらないくらいにこの体調の悪さにやられている。



 もうすぐ五月だというのに布団にくるまっても寒くて仕方がない。

 腹も減っているはずなのに、もはや動く気力すらない。


 意識が朦朧としては、覚醒を繰り返す。

 もはや今自分が寝ているのか起きているのかすらよくわからない感覚だ。


 しばらくそんな状態を繰り返してから、ふとスマホを手繰り寄せてみると時刻はまだ深夜2時だった。


 なんとか重たいその体を起こして冷蔵庫の中にあったスポーツドリンクを流し込む。

 普段よりも甘味が薄く酸味が強く感じたその液体だが、体の内側から冷やされていく感覚は少しだけ気持ちがよかった。


 大人になって一人暮らしを始めてからは何度目かの風邪。

 それでもやっぱりこのしんどさは慣れるもんじゃない。


 再びベッドに入った僕はまたしばらくスマホでSNSや動画を観たが、結局ぼーっとした頭では内容があまり入ってこなかったので、諦めて目を瞑った。


 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。カーテンの隙間から差し込む光で夜が明けたことを悟る。


 とりあえず起きてもう一度スポーツドリンクを流し込む。

 寝る前よりもやや酸味が弱くなった気がするが、それでも自分の体が異常に熱い感覚は残っている。


 熱を測ると依然として38℃以上をキープしていた。


 (てか今何時だ……?)


 時間感覚がすっかり無くなった頭でスマホを見ると時刻よりも先にメッセージが目に入る。


 《先輩、住所教えてください!》

 《ムーバーイーツで何か送りますから》

 《コンビニでもご飯やさんでも、リクエストしてくださいね!》


 そっか、ムーバーイーツって今はフードだけじゃなくてコンビニの商品も配達してくれるんだっけか。

 正直腹も減ってきてるし薬も飲まなきゃいけないけど、生憎昨日は何も買わずに帰ってきてしまったから、この家には病人が食べるにはちょっとヘビーなカップ麺と冷凍食品しかない。

 普段の僕の好みがいかにこってりに寄っていたかを嫌でもわからされてしまう。


 いつもだったら「そんな気にしなくていいよ」なんて言えるんだろうけど、今の僕にはそんな体力も気力も残されていなかった。


 わずかに残っていた意地を捨て去り、僕は「何かさっぱりしたものが食べたい。できれば汁物系」というざっくりとしたリクエストとともに住所を記したメッセージを夢咲に送った。


*


 ピンポーン。


 しばらく横になって目を瞑っているとインターホンの音が聞こえる。きっと夢咲が頼んでくれたムーバーイーツだろう。


 ベッドからゆっくりと立ち上がると壁に取り付けられたドアホンのボタンを押して応答する。

 

 「はい」

 「川崎さんのお宅ですか? イーツのお届けです」

 「……そういうことかい」


 ドアホンのモニターに写っていたのは配達員ではなくて夢咲だった。

 とりあえずそのまま立たせておくわけにもいかないから玄関に向かいドアを開ける。


 「なんで来たんだよ」

 「そりゃ先輩が倒れたらサポートするのも後輩の役目ですからっ」

 

 夢咲の中での後輩はなんとも守備範囲が広いことで。きっと野球部の上下関係ですらここまでするかどうかだぞ。


 「ささっ、かわいい後輩が来たんですから早く中に入れてください」

 「来てくれたところ悪いけどすぐ帰ってくれ」

 「そんな、ここまで来た私をすぐに追い返さないでくださいよー」


 夢咲は当たり前のようにそういうけど、こっちは病人とはいえ男の一人暮らしだぞ?

 しかも熱のせいでかなり汗もかいてるし部屋の中も全然片付けてない。

 夢咲を上げるならせめてちゃんと準備してからにしたい。


 しかし、彼女の両手を塞いでいるエコバッグの中には食材やら薬らしきものがビッシリと入っていた。


 「夢咲、もしかしてそれ全部買ってきてくれたの?」


 「はい。先輩のお家に何があるかわからなかったので、とりあえず必要そうなものは一通り……」


 その言葉を聞いた瞬間、それまで僕が考えていたことがいかに自分勝手だったかを思い知らされた気がした。


 「……ごめん、すぐに追い返そうとして。それ重かったよな?」

 「いえ、こちらも急に押しかけてしまいましたから。先輩が体調悪くて辛いのにちょっとふざけちゃったのは反省です。すみません」


 (そんな顔されたらもう何もいえないじゃないか)


 「ちょっとだぞ。風邪移すといけないから」

 「え、いいんですか?」

 「早くしないと閉めるよ?」

 「わ、わかりましたっ! お邪魔します」


 結局夢咲を部屋に上げてしまった。

 汚いし汗臭いし幻滅しても知らないからな。


 「こういう時でも私のこと心配してくれるんですね。やっぱり先輩は優しいです」


 どうやら夢咲は相変わらず僕のことを買い被るのが好きなようだ。

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