狂裂
しゔや りふかふ
第1話 狂裂
天易眞兮(あまやすまことや)くんが銅製のリヴェットで補強されたセルジュ・ドゥ・ニーム(ニームの綾織。いわゆるデニム)の尻のポケットから、『BLUES HARP』を抜き、一〇穴のうち二つを同時に窄めた唇で息吹いて金属リードを震わせ、即物な音を一秒と少し。
ちょっと耳ざわりで、少しかなしげな、ハーモニカのひびき。をかしくもあり、そこはかとなく懐かしき、乾いた日差しの、さらさらとあきらけくすみあけし、秋の寂び。孑(ぽつ)とありし金属音(かなおと)の、在りさま侘びし。
狂裂。
あたかも、ブリキ(錫で鍍金した鋼の板)の空き缶で、蓋があいたまま、からっぽの、時が止まっているかのように無表情な。
存在が炸裂であった。在るという、ただ、それ丈(だけ)で、狂奔裂(きょうほんれつ)である。
見境なき自在無礙(じざいむげ)、解放をも解き放つ狂解放、無際限をも遙かに超えた自由、タブーなく、定義なく、かたちなく、空をすらも絶する絶空に説明などあろうはずがない。何があってもおかしくない。
とてもかくても候(さふらふ)。(「どうなっても、よろしゅうございます」の意味。世の無常を想えば来世を願うのみ、現世のことは、どうなっても構わない、という趣。編者不詳『一言芳談抄』より)
「なぜ、非存在でなく、存在か」など問ふも愚か。
宇宙開闢の原因・理由・根拠・意味・意義など考えるまでもない。睿(あき)らか。
狂奔裂、乃(すなは)ち是(これ)狂奔裂をすらも牽き裂き千切り破り棄つ異屰(いげき)の窮み、却って、日常茶飯事。空前絶後の叛狂奔裂(はんきょうほんれつ)、寧ろ、凡事へ還る。静(せい)寂(じゃく)莫(まく)の裂帛たり。
仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺す勢い、狂い咲きて傾(かぶ)く、それ究竟(くきゃう)平常(びようじよう)道(だう)。
「いかにいたせば、平常道に至れるでしょうか」「為さんとすれば乖離してしまうであろう。とは言え、為そうとせずば何も為せず。又、為さぬと想うも為すのうちである」。
空、是れ空なれば非空(実存)。蕭々たる雨に濡れそぼる石彫りの、路傍の草叢に孑然(ぽつねん)とたたずむ道祖神、雫をつたわらせ、緑濃く苔生(む)したる。
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