1-10 戦いのあと、焚き火を囲む
パチパチ、と焚き火の日が爆ぜる。森の暗闇のなか、焚き火のやわらかい、オレンジの炎が二人を照らしていた。
ルビィは、戦闘でアランが負った火傷の治療をしていた。
「創傷治癒促進≪メディケーション≫」
「…………っ」
「痛いよね、ごめん。無理やり治癒を促進しているから……これ以上は無理だから、薬を塗って包帯を巻いておくわね」
「助かる」
華麗に逃げおおせた二人ではあるが、アランは全くの無傷というわけではなかった。あれだけの数の敵を一度に相手したのだ。体のあちこちに、火傷を負っていた。
それでもルビィのほっそりした手に軟膏を塗られれば、心地よく思う。今までこんなアランに手当をしてくれたのは、ルビィと彼女のおばあさんだけだ。
「敵がべらべらとお喋りだったお陰で、助かったわね」
「ああ…………どうも相手は、統率に不安があるような印象だったな」
「過激派も、一枚岩ではないのでしょうね。貴族のしがらみもあるだろうし……」
「その弱点を見つけて、ついていくしかないな」
しばらくあちこちに軟膏を塗って、丁寧に包帯を巻いた後、ルビィは「終わったわよ」と告げた。アランが顔を上げる。彼の青い瞳は炎のゆらめきを反射して、少し不安に揺れているように見えた。
「お前は……どこも怪我をしていないか?」
ルビィの手を取って、指先から腕へと向かい、何度も慎重に撫でていくアラン。その声音が心底心配そうなので、ルビィは笑ってしまった。
「優しいオオカミさんが身を挺して守ってくれたお陰で、無傷よ?」
「なら良い」
しばらく無言が続く。パチパチと爆ぜる焚き火の炎を見ながら、アランはぽつりと呟いた。
「……お前、本当にいいのか?」
「何が?」
ルビィは全く心当たりがないという風に、きょとんとして聞き返す。
「今日は無事で済んだとはいえ、ようやく実感したんじゃないか……?俺と一緒にいるということは、かなり厄介な奴らに狙われることになると。いくらお前が強いとはいえ……嫌になったんじゃ、ないか?」
アランの声色は硬く、こわばっていた。そのタンザナイトの青い瞳は焚き火に固定され、ルビィの目を見もしない。
もしもルビィがここで拒絶したら、このオオカミさんはきっとひどく傷付くのだろう。それがわかって、ルビィはふふっと笑ってしまった。
「貴方、本当にお人よしね」
「…………はあ!?何でそうなる……」
「優しいのね」
「はああ!?優しくなんかない!!」
やっと目が合った。どぎまぎして顔を赤らめるアランを見て、ルビィはまた笑った。全く素直じゃない。捻くれているオオカミさんだ。一緒に来て欲しいなら来て欲しいと、はっきりそう言えばいいものを。
でも、彼のそんなところが――放っておけないと思うし、だからこそ彼にこんなに情が湧くのだと、ルビィは分かっている。
「私は全然大丈夫だし、一緒に行ってあげるわ。師匠であるおばあさまの命でもあるんだし、気にしないで」
「そ、そうか」
アランはあから様にほっとして、気の抜けた声を出した。ルビィはからからと笑う。
「ふふふ!だいたい危険が伴うったって、貴方のせいじゃないでしょう」
「は……?」
訳が分からないといったように、ぽかんとするアラン。
そんな彼にゆっくり言い聞かせるように、ルビィは言った。
「貴方は何にも悪いことはしてない。だから貴方のせいじゃない」
「!」
「生まれてきただけで罪になるなんて、そんなこと絶対にないわ」
アランは今度こそ、完全に放心した。
ずっと、お前が生まれてきたから悪いのだと言われてきた。お前が生きていることが罪なのだと。
だから――――そんな風に誰かに言われたのは、初めてだったのだ。
見つめてくるルビィの菫色の瞳は真っ直ぐで、そこに嘘の色なんてカケラもなかった。
アランは大声で泣き出しそうになる衝動を、眉間の皺を思い切り深めることでやり過ごす。それから吐き捨てるように、ぼつりと言った。
「…………変な女」
「あなたのそれは褒め言葉ね!もう私、分かってるんだから!」
「褒めてない!!」
この時声を荒げながらも、アランは先ほどの衝撃からまだ立ち直っていなかった。
アランは唐突に、自覚したのだ。
自分がルビィに惹かれていることは――――もはや否定できないと。
この気持ちは、いわゆる『恋慕』というものであると、ようやく理解したのだ。
彼はルビィの元から離れるため、中央教会を目指して旅しているというのに、皮肉なものである。
そして一方のルビィも、また。
アランの孤独と不器用さを、嫌いではないと――――むしろ好ましく、傍に着いていてあげたいと、思うようになっていた。
こうして、二人での夜は更けていったのだ。
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