5.こんなこと、二人はしたことないよね?
なんか以前にもこんなことがあったな、と思いながら、試着室の前で奏が出てくるのを待っていた。
「二人も選んで来たら?」という奏の発言に謎の闘争心を燃やした美心とマナちゃんは、それぞれ店内を散り散りに見て回っている。メンバーこそ奈乃とマナちゃんで違っているが、いつぞやのファッションショーの再戦ということか。
テナントスペースの問題もあるのか、試着室は一つしかなくこの前のように三人同時にお披露目とはいかないらしく、結構な長丁場になりそうだ。
手持無沙汰になり、なんとなく目についたマネキンが着ているシンプルなシャツの値札を見てみる。どれどれ……いち、じゅう、ひゃく、せん……い、いちまんえん!? 正直言ってユニグロのTシャツと何が違うのかわからないのに、値段は倍じゃすまないというのはなんとも恐ろしい。やはり素材や縫製が違うんだろうか。それともブランド料? いずれにせよ、一介の高校生に手が出せるシロモノではない。どうしよう、美心にねだられても買ってやれないぞ……。
財布を開いて中身を確認してみると、女性が一人、メガネのおじさんが三人……小銭を合わせても帽子すら買えない。うん、それ無理。
僕が住む世界のあまりの違いに目を回していると、試着室のカーテンの向こうから、奏の声が聞こえてきた。
「蓮人君、ちょっと」
「? どうしたの?」
カーテンから手だけを出して、くいくいと手招きをされたので、「開けるよ?」と確認をとってカーテンを少しだけ開いた。シャッと小気味よい音を立ててカーテンが開かれると、次の瞬間腕を掴まれて試着室の中に引っ張り込まれた。突然の事で抵抗もできず、力の加わるまま電話ボックスより少し広いくらいのサイズの半個室に足を踏み入れる。咄嗟に靴を脱ぐのが精いっぱいだった。
「か、奏、いきなりどうしたの」
「この服、どう?」
「僕の質問に答える気はないの?」
返事の代わりに、僕の再びの質問をスルーした奏は、狭い試着室の中で器用に両手をは広げて全身ルックを見せた。
さっきのマネキンが着ていたものと同じ白いシンプルなシャツの上から、わずかに色味の違う同じく白いパーカーを羽織っている。フロントが開いているのでシャツの胸元に刺しゅうされたブランドロゴがちらっと見えていて、きっとそれがポイントなんだろう、いい感じ(適当)。デニムのズボン(パンツというらしい。じゃあ下着のパンツのことはなんていうんだ?)は少しタイトで、オーバーサイズの上半身とバランスが取れている、と思う(手探り)。そんな気がする、うん(不安)。少なくとも似合ってる。
それにしても、奏は肉付きが良いからタイトなパンツ(吸収力)はきつそうだと思っていたけれど、そんなことは全然ないらしい。女の子って不思議。
「うん、どこがどうというのは正直わからないんだけど、すごい可愛いよ」
「えへへ……ありがと。それだけで充分だよ」
奏は照れくさそうに萌え袖のパーカーで口元を覆い隠し、のぞく目元からは嬉しそうな表情が伝わる。
「あれ、お兄ちゃん? 奏さん?」
「二人ともいないね?」
と、カーテンの外からよく知る声が聞こえてきた。もちろん姿が見えているわけではないが、間違いなく美心とマナちゃんだ。やましいことがあるわけではないけど、なんとなくこの状況を見られるのがマズいということを本能で感じて、僕は焦ってしまう。どうにかしてここからバレずに出ないと、とは思うものの、二人が試着室の前にいる以上は不可能だろう。
「入れ違いになったのかなあ? 美心ちゃん、探しに行こうか」
「そうですね、テナント内にはいるはずですし」
二人の足音が離れていき、ホッと胸をなでおろす。あとは頃合いを見てここから出ればいい。万事解決だ。
と、思ったのに。
「蓮人君!」
「ちょ!? 奏、声が大きいって!」
奏が突然、僕の名前を呼んだ。声を潜めるでもなく、それどころか、むしろ敢えて大きな声を出したようにも見えた。まるで、離れていく二人に
「今お兄ちゃんの声がしました!」
離れていったはずの美心の少しだけ弾んだ声が
カーテンから顔だけ出して対応すれば誤魔化せるだろうかと考え、しかし試着室の前には僕の靴のほかに奏の靴もあるわけだから明らかに不自然だしというか戻ってこられた時点で――ああダメだ考えがまとまらない。
「美心ちゃん、試着室の中だよ!よく見たら靴が二足あるもん――って、二足?」
「ま、まさか! お兄ちゃん、開けますね!」
もう誤魔化しようがない。別に本当に変なことをしてたわけじゃない、堂々としていようか。そう開き直って考えを切り替えようとしたその刹那、再び僕の右腕は引っ張られて、思わず体が前のめりに突っ込む。転びそうになるのを、奏に抱き留められて――
「お兄ちゃん、奏さん! 二人で一体なにをし……て?」
「せ、先輩……?」
――唇を、塞がれた。ちょうどカーテンが開かれた瞬間。二人に見せつけるかのように、僕の顔を両手で抑えて、貪るような、口腔を蹂躙するような、そんなキスだった。
「こんなこと、二人はしたことないよね?」
深く繋がれた唇を解くと、奏は上気させた顔で美心とマナちゃんに向けて、恍惚とした表情で笑った。
驚いたような、絶望したような、あるいは悲しんでいるような。そんな表情を両手で覆い隠す二人に、奏は目尻をとろんと下げ、僕の唾液で濡れた唇を小さく開いた。
ね、蓮人君はわたしのものだからさ――
「――ごめんね? あげられないんだ」
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