第2話 葛藤

夜が更け、静寂が訪れても、ミラクルの心は休まることがなかった。彼女は無意識のうちにシャワールームに足を運び、熱い水を浴びながら深く息をつく。流れ落ちる湯が彼女の肩や背中を温めるが、その心は冷たいままだった。


「どうして……どうして私は……」彼女の囁きは、やがて怒りのこもった叫びに変わる。濡れたこぶしで壁を強く叩きつけると、その衝撃が自分の心にも響くようだった。水滴が肩や胸を滑り落ち、蒸気が視界を曇らせる中で、彼女は自分の中で湧き上がる感情と向き合っていた。


 マスターへの信頼と忠誠、それに対する反発と疑念──2つの相反する感情が彼女の心を引き裂いていた。かつては、彼の理想に共鳴し、共に未来を築くことに疑いを持ったことはなかった。しかし、数光年先の平和な街を破壊するという命令を聞いてから、彼女の中に芽生えた違和感は消えることなく、むしろ彼の「冷酷さ」に触れるたびに募る一方だった。


 シャワーを終え、部屋に戻ったミラクルは、一晩中眠れずに過ごした。頭の中で何度も、マスターの言葉が反芻される。「感傷は捨てろ」「人類の未来のためには犠牲が必要だ」。それはまるで、彼女が信じてきた平和や自然の価値を否定されるかのようだった。彼女の中に残っていた忠誠心は、少しずつ、憎しみへと変わり始めていた。


 翌朝、ミラクルはふらつく足取りでマスターと向き合うことになった。彼の顔をまともに見ることができない。それに気づいたマスターが、心配そうに声をかける。「ミラクル、大丈夫か? 何か悩んでいることがあるなら話してくれ。」


 彼の優しい声を聞くと、ミラクルの心には再び葛藤が生まれた。しかし、彼の言葉が心に響くたびに、その裏にある冷酷さが脳裏をよぎる。「……あなたに私の気持ちがわかるわけがない。」彼女の声には、鋭い棘が含まれていた。


 マスターの表情が変わった。「何を言っているんだ、ミラクル。これは人類の未来のための使命だ。お前もそれを理解しているはずだろう?」


「そんな未来なんて、私はいらない!」ミラクルは思わず叫び、睨みつける。「あなたの理想は、人々の平和を破壊し、自然を犠牲にしている。そんなものを守るために、私はここにいるんじゃない!」


 その瞬間、二人の間には深い溝ができたことが、誰の目にも明らかだった。ミラクルの言葉に、マスターの顔には冷たい怒りが浮かんでいた。「それならば、お前は作戦をボイコットするというのか?」


「そうよ、私は行かない。」彼女は毅然として言い放った。彼の理想がどれだけ崇高であっても、それが自然や無関係な人々の命を犠牲にするものであるなら、彼女には受け入れられない。彼女は、もはやかつての従順な仲間ではなかった。


 マスターは静かに息を吸い込み、怒りを内に秘めた目で彼女を見つめた。「ミラクル…お前は変わってしまったな。」その言葉には失望がにじんでいたが、同時に、彼の理想を壊されることへの苛立ちも滲んでいた。


「変わったのは、あなたのほうよ。」ミラクルは鋭い言葉を返す。「私が守りたいものは、あなたの未来じゃない。私は平和を守るためにここにいるの!」


 マスターは一瞬目を伏せたが、再び彼女に冷たい視線を向けた。「ならば、私の道を邪魔する者として、お前を排除するまでだ。」


 その言葉が合図となり、二人の間で戦いが始まった。かつての仲間が、今や互いに憎しみと対立の象徴となり、理想と信念をぶつけ合う戦闘へと突き進んでいく。


 ミラクルの目の前に、かつての仲間であるマスターが立ちふさがっていた。彼女の心の中ではまだ迷いが渦巻いていたが、マスターの冷たい視線がその躊躇を打ち砕いた。「もう後戻りはできないのか……」


 マスターの目には、確固たる信念とともに、決して折れることのない意志が映っていた。「ミラクル、私を止めるつもりか? その先に待つのは、人類の未来だ。それを犠牲にする覚悟があるのか?」


 その言葉に、ミラクルの胸が一瞬だけ痛んだ。だが、彼女もまた自分の信念を守るため、譲るつもりはなかった。「私が守りたいのは、自然と平和。そして、その未来を奪うあなたの計画を、私は認められない!」


 その瞬間、二人は互いの力を解き放った。ミラクルは手にした魔法の杖から光の矢を放ち、マスターに向かって全力で突き進む。彼女の一撃は大地を震わせ、光が辺りを包み込む。しかし、マスターもまた鋭い剣を構え、その矢を寸分違わずに弾き返した。


「理想だけで未来は守れない、ミラクル!」マスターの声が響くとともに、彼の剣が青い閃光を放ち、ミラクルの防御を打ち砕かんと迫る。だが彼女もまた、全身全霊でその一撃を受け止め、再び反撃の構えをとった。


 お互いの技と技が交錯し、空間が割れるほどの衝撃が広がっていく。二人の間には深い絆があったはずなのに、今はただ、譲れない信念と信念がぶつかり合うだけの存在だった。


 ミラクルは心の奥底で叫んでいた。「どうして、こうなってしまったの……?」それでも、彼女は戦いを止めることができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る