指同士で潰せるような心
匸凵
滅紫と幻と嬉々と
彼の名前はない。
ただ一つ言えるのは、自分の昔からの、いちばんの『友人』であったということ。
彼の顔が見れなくなって、随分経った。
刹那、金属音が鳴る。
甲高い、耳障りな音。
心の痛みなど知らず、響き渡る音。
途端に脳内を埋め尽くす、彼の名前。
黒い文字の中心に、現れた透明な水。
それは一瞬で喉に甘さを行き渡らせ、呼吸が落ち着いていることに気づかせてくれた。
それは自分の声も、自分の体力も蘇らせた。
すがる気持ちで放った声に重なるように彼の声が聴こえる。
此処には、もう、いない。それはわかっている。
わかっているのに、一歩一歩と踏み出した足は止まらない。
彼の声に耳を傾けたときが、最後だ。
彼の顔を見つけたときが、最後だ。
彼の腕の中に飛び込んだときが、最後だ。
自分という意識を繋ぎとめるために、最後の線を引くけれど。
それはどんどん更新されていくばかり。
撫でてくれる彼の手があると知ってしまった。
隣を歩いてくれる彼の足があると知ってしまった。
消え去っていく正気と、ぼんやりとした意識の中で。
ただ淡々と彼に謝った。そこに感情などなかった。
今の時間に嬉しさを全て注ぎ込みたいほど、謝る気持ちはどうでもよかったのだから!
彼の名前はない。
ただ一つ言えるのは、自分の昔からの、いちばんの『友人』であるということ。
彼の顔が見れるようになって、随分経った。
ほら、木の下から彼の声がする。
そんな驚いた顔をするのも当たり前か。
彼はいたんだ。
ではまた、あとで。
指同士で潰せるような心 匸凵 @kamikirez
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。指同士で潰せるような心の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます