ナラティヴィノ短編集 ~語り部たちの物語~

飛鳥たぐい

「未来にはない」

 ある日、教授から過去へ行くように命じられた。


 過去の建物を研究して、レポートにまとめろというのだ。

 課題は居住用建築物。人々の生活が多様化したと言われる時代。その時代を象徴するような住居を取り上げ、建物の構造や生活様式などを調査するように、という話だった。


 その日のうちに荷造りをして、翌日には飛ぶこととなった。目的の時代のことは、教科書で読んだことがあり、少しは知っている。そうはいっても、初めての過去遠征だ。座学のように物事がうまく進むはずもなく、二日間を無駄に潰してしまった。


 三日目の朝、メモ帳を片手に街をぶらぶら歩いていたとき、それを発見した。

 その様式美に、私は一目惚れしてしまった。私の時代では考えられない形の建物だったのだ。


 まず、入り口が円形である。扉はとても重かった。軽い材質で扉が作れない時代ではない。何か意味があるはずだ。重くして厳重さを見せることが、もしかしたら防犯につながるのかもしれない。この時代ならではの考え方なのだろう。


 しかし、これでは重すぎないか。子供たちはどうしているのだろう。謎だ。


 建物には屋根から入る。建物の中枢はずっと下の奥底だ。ハシゴで降りていくなんて、ロマンのある建物ではないか。ただ、ちょっと薄暗くて湿っぽくて、音が重く響く。


 建物の名称もちょっと弱々しい。

 『ガンダム』くらいの硬さがあってもいいし、『セコム』くらいのスマートさがあってもいいのではないか。


 立て続けに、様々なことが頭を駆け巡ったが、これだけ異質な建築物だ。きっと、この時代にのみ見られる特殊なものに違いない。課題にうってつけの建物に出会えたことに感激し、私は宿に戻って一晩でレポートを仕上げてしまった。


 小躍りしながら今の時代に帰り、課題レポートを提出したところ、教授に突き返された。

「お前は何をやっているんだ」

「ふざけていないで課題のものをきちんと提出しろ」


 あらら、おかしいな。

 ええと、すみません。



 それなら、マンホールってなんなんですか?

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