第5話

 なんとか午後の授業を終え、用意されたマンションの一室へと戻ってきたわけなんだが……。


「なんで朝比奈さんがいるの?」

「あら? それはもちろん近くで監視……こほん。何かあった時すぐ対応するためですよ」

「今監視って言ったよね?」


 誤魔化した朝比奈さんを追求しようにも笑みを浮かべて躱わされる。


「聞き間違いじゃないですか? まぁでも安心してください隣の部屋です。そして、11時以降なら寝てますし自家発電しても大丈夫ですよ」

「純粋な少年の心を弄ぶのはやめて!」


 朝比奈さんにそういういじられ方をされると、覚醒する人は覚醒しちゃうからね?


「冗談ですよ。まぁ何かあれば気軽に訪ねてください。黒鉄さんの身辺的なサポートを仕事のうちなので」

「女性の部屋に男が一人で行くのは世間的に不味くないですか?」


 そう尋ねると朝比奈さんは小悪魔的な笑みを浮かべる。


「あら。その時は責任とっていただければ問題ありませんよ?」

「お邪魔しました!」


 俺は逃げるように部屋の中へと駆け込んだ。

 まったく。朝比奈さんといると心臓に悪い。


 とりあえず一息つこうとネクタイを緩め、マスクを取る。そこで改めて周囲を見渡す。部屋は国が準備してくれたようで必要なものは揃っている。だが、趣味のものがないので生活感がないぐらいだろうか。まぁ後々私物も増えるだろうし、まぁいいか。


 部屋の探索を終え、近くにあったソファーに座り込む。すると、ポケットにしまっていたスマホが振動する。

 取り出して通知の相手を確認すると最愛の妹から電話だった。


「もしもし?」

『あ。お兄ちゃん。元気にやってる?』


 今日一日中接点のなかった妹からの電話だ。心に沁みる。


「あぁ。そっちはどうだ?」

『こっちはヤバ…‥ちょっと変な先生がいるけど副担任の人はマトモだから大丈夫だよ』


 誤魔化したが、そのヤバいって俺のことだよね? お兄ちゃん泣いちゃう……。


「そうか。何かあったらお兄ちゃんに言うんだぞ?」


 たとえ学校の先生としては頼られなくてもお兄ちゃんとして頼られたいのだ!

 電話越しに妹は笑っているのが感じ取れた。


『あはは。大袈裟だなぁお兄ちゃん。あとそれと私がいないからってピザだけじゃダメだからね?』

「あぁ。もちろん--」


 会話の途中でピンポーンと音が鳴った。


『もう言ったそばからピザ頼んでたの?』


 インターホンの音は電話越しにも聞こえていたようだ。


「いや。頼んでないはずなんだけど」


 俺はスマホを片手に確かめるように玄関に向かい扉を開けて確認する。

 そこには朝比奈さんが佇んでいた。


「黒鉄さん会いに来ましたよ」


 朝比奈さんは手に持った鍋を抱えて微笑む。

 耳元では最愛の妹の軽蔑した声が響く。


『私がいないからってソッコー女の人を連れ込むなんて……サイテー』


 プッと電話が切れた音がした。

 絶望感から膝を折ら、項垂れる。

 最愛の妹からの軽蔑の言葉……どうしてだよぉぉぉおおおお!!

 だが、そんなことより今気になるのは……。


「なぜ…‥今のタイミングで?」


 俺はそれが気になり、僅かに顔を上げて朝比奈さんの表情を盗み見る。

 朝比奈さんは小悪魔的な笑みを浮かべている。


「言ったじゃないですか、身辺的なサポートも私の仕事です。健康的なお食事をお持ちしました」


 なぜ……よりによって今のタイミングなんだ。

 俺は思わず玄関で泣いてしまった。


 ちなみに朝比奈さんの作った肉じゃがは涙の味もして美味しかったです。



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