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「あ、そうだ」


 アイの額を撫でながら顔を上げる。


「ユーグ、ちょっと、頼みたいことがあるんだけど」

「なんだ」

「あの、わたしとアイの着替えが欲しくて。別にわたしが今着てるようなものじゃなくてもいいから、体に巻ける布とかでも」


 琴子もアイも、お互いにぼろぼろの服を着ていた。

 至る所がほつれ、土埃で汚れている。もちろん服だけではなく体もだ。一度、服も体もまるごと洗濯をする必要がある。

 封印とやらのせいで、これまで水場を見つけることができなかったが、果物が実ってきているように、水場もどこかには戻っているかもしれない。


「着替えだな。承知した。持って来よう」


 滑らかに飛行し木々の向こうへ消えていく毛玉を見送る。ユーグの家はあのりんごの木らしいから、そこに戻ったのだろう。


「着替え、あるんだ……」


 正直なところ、まともなものは期待していなかった。服を着ていない生物に服を用意させるほうが馬鹿だ。とりあえず今着ているものを洗濯する間だけ体を覆えるものがあれば十分だった。


「さて」


 ユーグが戻ってくるまで、琴子は余った大量の果物をせっせと消費しながら、アイに果物の名前を教えることにした。


「この赤いのは、りんご」

「りんご」

「そう。この黒い粒粒したのはブドウ」

「ぶどー」

「ブドウね。で、これはバナナもどきで、こっちはマンゴーもどき」


 果物の種類はたくさんあった。

 知っている果物はそのままの名前で、知らないものは適当に名前を付けて覚えさせた。

 アイは、言葉が多少覚束ないところがあるけれど、記憶力はいいようだった。一度教えたことは、繰り返さなくてもしっかりと記憶した。


「アイが、食べたのは、バナナもどき」

「正解。バナナもどきは皮を剥いて食べます」


 琴子が実際に皮を剥いてみせると、アイは興味深げにそれを眺めていた。

 それから自分でも手に取って、同じように拙い手つきで皮を丁寧に剥いていた。

 バナナとは似ても似つかないゼリー状の中身を齧って、こうして食べるのだと教えてあげる。アイは、綺麗に剥けた自分の実をじっと見つめながら頷いて、満腹な自分の代わりに琴子の口へとそれを突っ込んだ。

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