第18話 繋がった心



希春先輩と友達になってから、数日が過ぎた。学校は文化祭の準備で一気に忙しくなり、私もその準備に「一応は」追われている。一応は……と言った理由は……



「あの〜小野宮さん、この段ボールに色を塗るの、一緒に手伝ってくれないかなあ?」

「わ、私……っ?」

「あ、小野宮さんが忙しかったら、無理にとは言わないからね!」



という感じで、クラスの人が少しずつ私に話しかけてくれているから。そのおかげで、私も微力ながら文化祭の準備に参加出来てるの。でも、皆がどこかオドオドしている感じもして……なんだか変な気分……。その理由を中島くんに聞いたら、



「そりゃ神野が小野宮さんに告白したからだよ。なんたって、あの神野だよ?学校で王子って言われてる神野に告白された小野宮さんを無下に扱おうなんて恐れ多いし、小野宮さんに無礼を働くのは神野が許さないだろうしね。だからみんな緊張してるんじゃないかな?でも人の噂も七十五日だから!その内普通になるってー」

「あ、あはは……」



その理由を喜んでいいのか悪いのか……でもどんな理由であれ、みんなが私を見る目は変わった。興味本位で話かけてくれる人、怖いもの見たさから挨拶をしてくれる人――色々だ。それに、



「莉子ちゃ~ん」

「あ、希春先輩っ」



あの希春先輩が、私の教室にたまに顔を出してくれるようになった。



「莉子ちゃん、これ。交通委員の資料だよ~」

「わ、わざわざ!ありがとう、ございますっ」

「いいんだよー俺が莉子ちゃんに会いたかったんだからね!」



変わらずに私に優しい笑みを向けてくれる希春先輩。そして、その先輩と話す私。もちろん、クラスの人から注目されるわけで……。



「神野くんのお兄さんよ~王子に似てカッコいいわ~」

「そのお兄さんとも仲がいいなんて……小野宮さん何者!?」



クラスの人はますます私を特別視するようになったけど、でも、比例するように私に話かけてくれる人は多くなった。初めはただ興味本位から話しかけてくれた人も、一緒に文化祭の手伝いをしているうちに、こんな事まで話せるようになった。



「小野宮さん、手先が器用なんだねぇ!」

「本当~!あっという間に綺麗に塗れたよー!ありがとうね」

「そ、そんな……っ。でも、お役に立てたのなら、よかった……っ」


「「……」」



自分の思いを、怖がらずに口に出していく。すると、返事が返ってくる。それは、私が想像していた何倍も、優しい返事だった。



「小野宮さんって、もっと話しかけずらい人かと思ってた……今まで話しかけなくてごめんね」

「や、わ、私こそ……みんなと話したいなら、私から、話しかければよかったのに……ごめん、なさい……」


「謝らないでよ~小野宮さん、見た目もだけど性格もかわいいねぇ!」

「本当~肌も白いし、お化粧してなくてその綺麗さでしょ~?羨ましいよ~」

「お、お化粧を、全然知らなくて……っ」


「じゃあ今度、私たちと放課後に買い物行こうよ~」

「そうそう!私たちで良ければ、小野宮さんのお化粧探しに手伝うよ~!」

「あ……ありがとう……っ」



私が勇気を出すと、ずっと思い描いていた学校生活が返ってくる。憧れの高校生活……私が何度も夢に見た「日常」。その日常の中に、私は今、自分の足で立っている。それがすごく、すごくすごく、嬉しくてたまらない。


だけど、ただ一つ――



「そういや、王子っていつ戻ってくるの~?」

「ほんと、それ!もう二週間も神野くんの姿を見れなくて、目がカサカサになってきてるよー」

「でも、たまに教室に戻ってきてるんでしょ?すぐまた行っちゃうけど」

「そうそう、私は昨日、この教室で王子見たよ~」

「えー、ずるーい」


「(神野くん……)」



クラスの数人の女子達と裁縫をしながら、神野くんの話をする。裁縫といっても、大きな白い布の端と端を縫い合わせているだけなんだけど……それが何枚もある。残念ながらこの学校にミシンはないらしく、みんなと協力しながら、手縫いでせっせと縫っていく。


そんな中で話題にのぼる、神野くんの帰還説。私は副委員長から下駄箱で「期間は二週間」と聞いたけど、皆は詳しい内容を知らないのかな……?



「神野くんは、何も言わずに、行っちゃったの?」



思い切って尋ねると、みんな「ウンウン」と頷いた。



「確か小野宮さんは風邪で休みだったんだよね」

「神野くんね、朝来たらすぐに机と椅子を持って出て行っちゃったんだよ~。皆にどうしたの?って聞かれても”ちょっと行ってくる”だけ言ってね」

「(ちょっと行ってくるって……)」



かなり言葉足らずだけど、なんだか神野くんらしくて笑ってしまう。副委員長も「机と椅子を運ぶのは大変そうだった」って言ってたし、その時の神野くんのしかめっ面が浮かんできそう。すると、一人の子が「あ」と思い出したように口にした。



「でも王子、中島くんにだけは何か言ってたよねぇ?」

「そうそう、急いで何か書いてて……その紙を中島くんに渡してたよね」

「え……」



紙って……。まさか、あの紙?スマホカバーに差していた紙のことを思い出す。あの紙は、中島くんが「神野から預かった」と私にくれたものだ。中身は、放課後の秘密の特訓について。



『さすがに予習復習しねーとついていけねーから、俺が戻るまで特訓はオアズケ』



飛び級の初日で忙しかったのに、そんな時まで私の事を考えてくれていたのかな……。しかもクラスの人には何も説明しなかったのに、中島くんには私のことでたくさんの伝言を残して――



『実は、神野に言われたんだよ。小野宮さんが登校してきたら話しかけてみろって。良いもんが見れるからって』

『小野宮さん来たら渡してくれって頼まれた。あと、困ってたら助けてやってくれって。あ、それから』

『小野宮さんに絶対惚れんじゃねぇって、そう言われた。俺のだからって』



「っ!」



思い出して、顔が赤くなる。体温も急上昇して、外の暑さも手伝って、一気に汗が出てきた。



「(だって……神野くんはズルいよ……っ)」



そう――神野くんは、いつもズルい。私の前だと、私の事を考えずに強引な事ばかりするくせに、私がいないところだと、まるでお姫様みたいに大事に扱ってくれている。


私が知らないところで私を大事にされても、私自身には分からないんだよ神野くん……。自分が損してるって気づいてる?神野くんがどれだけ不器用なのか、自分で分かってる?



「(神野くんは不器用。だけど、真っすぐな人)」



中島くんにたくさんの伝言を残す神野くんを想像してみる。どんな顔で、どんな気持ちで、どんな風に私のことを考えながら……?



「あれ、小野宮さん?顔赤いけど大丈夫?」

「へ、あ、うんっ」



いけないいけない、呆けちゃった。急いで針仕事に戻る。だけど手に汗をかいちゃって、針がうまく持てない。ツルツル滑る針に何とか布を通そうと躍起になった、その瞬間――


プスッ



「あ、痛……」



指に針がささっちゃった……。風船みたいに、丸みを帯びた血が私の指の上で膨らんでいく。垂れないように急いでハンカチで抑えてると、周りの子が心配してくれた。



「わ、小野宮さん!血が出てるね、私絆創膏持ってるから貼ってあげるよ!」

「あ、ありがとう……」



隣にいた子が、慣れた手つきで私に絆創膏を貼ってくれた。それは、猫の絆創膏だった。



「猫……」



猫の絆創膏って……瞬時に、神野くんに口で絆創膏をはがされたことを思い出す。



「~っ!」



しっかりして、私……っ。最近は何をしてても神野くんのことを思い出してしまう。これがいわゆる「好き」っていう事なのかな……?じーっと猫の絆創膏を見る私に、貼ってくれた子が心配そうに尋ねてく来た。



「ごめん、猫の絆創膏イヤだったかな?これしか持ってなくて……」

「え!?う、ううん、すっごく、すっごく可愛い……っ。私には、もったいないくらい……どうもありがとうっ」

「……ぷ、あはは!」



すると、お礼を言ったはずなのに何故か笑われる。あ、あれ?私何か変な事言っちゃったのかな……?



「あ、あの……」



心配そうな顔をした私に、その人は「ごめんごめん」と尚も笑いながら言った。



「小野宮さんがあまりにも純粋で可愛くて……なんか、気が抜けちゃった」

「き、気が……?」



気が抜けるって、なんだろう……?すると周りの子も「わかる~」とウンウンと頷き始めた。



「正直、やっぱ最初はさ、王子に告白された小野宮さんに思うところがあったかなぁ。それまで皆の王子だったから――その王子が誰か一人の女の子を好きになるって考えてなかったし、私たちも衝撃でさ」

「(や、やっぱそうだよね……)」



私でさえビックリしたんだから、皆が困惑するのも当たり前だと思う……。



「だから最初は話しかけるのもちょっと躊躇ったけど、最近小野宮さんが頑張って話そうとしてるのわかるし、話かけてみようかなって……で、話したら、こんな純粋ないい子なんて思わなかった!」

「そうそう、すごく優しいよね小野宮さんって」

「そ、そんな……っ」



手をブンブン振って否定する私に、周りの子は「本当だよ」とか「信じて」と言ってくれる。私は恥ずかしくなって、少々俯いて、続きを聞いた。



「だから、最初こそモヤッとしたけど、今は王子との恋を応援したいなって思ってるんだ私!」

「え」


「あ、私もそう思ってたー!」

「私も~。王子が小野宮さんに惹かれる理由も分かったし、友達として応援したいなって素直に思えるんだよね」

「……っ!」



「友達」――そんな贅沢な響きを、私が聞いてしまっていいんだろうか……。神野くんとの恋も応援してくれると言ってくれ、その理由は友達だからと言ってくれ……



「(喋る事を頑張って、本当に良かった……っ)」



神野くん、希春先輩。やっぱり二人には、いくら感謝してもしきれないよ……。



「あ、あり……ありが、とう……っ」

「え!?小野宮さんが泣いてる!?」

「わ~どうしたのー!ちょ、ティッシュティッシュ!」



周りの子は誰も持っていなかったらしく、シーンとした空気がその場に流れる。だから私がポケットからオズオズとポケットティッシュを出すと、「ぷっ」という一人の笑い声につられて皆が大きな口を開けて笑った。



「結局、小野宮さんしかもってないんじゃーん!」

「さすが小野宮さん!今度私が必要になったら貸してね~」

「あ、絆創膏は私が持ってるからね!猫ちゃんマーク付きだけど」

「あはは~!」


「……ふふ、あははっ」



楽しい、たのしい!学校って、友達と話すのって、こんなに楽しい事だったんだっ。



「見て、小野宮さんが笑ってるよ!」

「じゃあこの流れのついでに、小野宮さんに何て呼んでもらうか自己紹介も兼ねて発表しようよ」

「流れ的には意味不明だけど、いーねー!」

「トップバッターは、私こと――」



楽しい時間はあっという間にすぎる。気が重かった裁縫も皆いつの間にか完成していて……「さすが私たちだね」なんて言い合って、また笑った。私は、今日のことを一生忘れないと思う。一生、ずっと、私の心の中に残り続けてほしいって、そう思った。


そして帰り際――



「じゃあお疲れ様~また明日……は、土曜だから、また月曜だね」

「うん。じゃあまた月曜ね~」



散り散りになって、みんな校門から出ていく。私の家の方向と一人だけ同じ子がいて、名前をみゆきちゃんという。みゆきちゃんは、私に絆創膏をくれた子だ。



「あー楽しかったねぇ」

「うん、本当に、楽しかったっ」



そう答えると、みゆきちゃんは私の顔を見て「ふふ」と笑った。「何かついてる?」と思って顔をペタペタさせると、みゆきちゃんは「んーん」と頭を振った。



「莉子ちゃんが本当に楽しそうにしてるなーって思って、嬉しくなっただけ」

「そ、そんなに顔に、出てる……?」

「出てる出てる~」



ほっぺたに手を当てて、少し熱を冷ます。すると、その手の指に貼られていた絆創膏を見て、みゆきちゃんが「それさ」と指をさす。



「絆創膏、もし良かったら貰ってくれない?」

「え、貰う……?」

「そーそー。うちの親が猫好きでさぁ。何個も猫の絆創膏があるの。もう困っちゃって」



本当に困った様子のあかりちゃん。これは、貰った方が喜んでくれるのかな?そう思って「じゃあ……」と両手をオズオズと差し出す。するとみゆきちゃんは「あ、今じゃなくて」と訂正した。



「今は持ってなくて、家にあるんだー。だから莉子ちゃんが時間ある時に、また家にきてくれると嬉しいな。遊びついでに!」

「そ、それって……」


「休みの日に一緒に遊ぼうってことだよー!」

「!」



そっか、今までずっと一人で休みの日を過ごしてきたからピンとこなかった。友達がいると、休みの日でも友達と会って遊ぶことが出来るんだ……!



「い、行くいく……行きたい!」

「あはは!OKーどうせだから他の皆も誘っちゃおうね!また招集かけるからSNS見てね~」


「う、うん!」

「じゃあ私こっちだから、またね~」


「うん、ま、またっ」



手を振って、颯爽と帰っていくみゆきちゃん。す、すごくスマートだったな……一瞬、何を言われてるのか分からなかったよ……。



「家に誘うときって、ああやって誘えば、いいんだ……」



はぁ、とため息が出る。もちろん、みゆきちゃんたちと遊ぶのが嫌でってわけでは絶対ない。問題は、私にあって……。



「あ~結局、神野くん、誘えなかったよ……」



道の端で項垂れる。明日は土曜日……お母さんから指定された日も、同じく土曜日だった。



「お母さん、怒るだろうなぁ……」



実は、希春先輩と友達になった日の夜。家では、こんな提案がお母さんから発表されていた――



『ねえ莉子、あなた前、熱で倒れて学校を早退した日あったじゃない?』

『うん』


『その時にクラスの子がわざわざ莉子をおぶって、この家まで連れてきてくれたんでしょう?』

『そ、そうだよ……』



恥ずかしくて小さな声になる。この時お母さんはキッチンで洗い物をしていて、その横のL字型のソファで、私とおばあちゃんはくつろいでいた。



『お、お父さん、遅いね。まだお仕事、なのかな?』



照れ臭くて話題を変えようとしたけど、素早くお母さんに悟られる。



『こら、話をすり替えないの。あの時、私もお父さんも携帯に出られなくて本当にごめんね。不安にさせて、迷惑もかけたわ……。それで、そのクラスの子にも謝りたくてね。あと、お礼もしたいし。だから莉子、次の土曜日に、その子をうちに呼んでちょうだい』

『へ?』


『一緒に食事でもどうですかって聞いてみて。両親がお礼をしたがってるって。無理にとは言わないからね。他人の料理が嫌いな人もいらっしゃるし……でも、もしも来るって言われたら、好きなものを聞いといてほしいの』

『え、え、あのっ』


『分かったわね?あら、パパから電話だわ』

『ちょ、お、お母さん……!』



私の話は、無残にもお父さんの電話によって遮られる。一人真っ青になる私を、横にいるおばあちゃんがチラチラみていた。


そして結局――お母さんの話を覆せないまま、現在に至る……。



「明日は、その土曜日……神野くん、誘えなかったなぁ……」



今週、何度か神野くんがクラスに来てくれ私を探していたのは知ってる。でも、私は……神野くんを好きだと気づいてから、どうやって本人の前に現れればいいのか分からなくて、ついつい隠れてしまった……。せっかくの神野くんの好意を、無下にしてしまった……。



「(もう逃げないって決めたのに……本当、私の意志って弱い……)」



神野くんを誘えなくてお母さんからは怒られるだろうし、自分の意気地のなさには辟易するし……「はぁ」と重苦しいため息が何度も出る。同時に、神野くんはやっぱりすごいと再認識した。だって――



「好きな人を相手に、あんなに、グイグイいける神野くんって……本当にすごい。拒否されて怖いとか、目が合って恥ずかしいとか、思わないのかな……」



私は、思う。私はこれから神野くんの一挙手一投足を見て、喜怒哀楽を繰り返すんだと思う。この前神野くんが副委員長とキスをしたと勘違いした時みたいに、自分が自分じゃないくらい怒って乱れたりして……そんな私を神野くんに晒して、それでも好きでいてくれるのか分からなくて……それがとっても、怖い。


意気地なしで、怖がりで……そんな私を知られるのさえ、怖い。好きな人ができるってことは、楽しくて心地がいいだけじゃないのだと、初めて知った。



「でも神野くんが教室に来てくれた時、私が隠れて居留守を使ったのは、神野くんにはバレてるよね、絶対……」



その時点で、もう呆れられているのかもしれない――



「あぁ~……私のバカ……」



私は悪循環を繰り返しながら家に着く。その日はあまりに思い詰めていたらしく、「ただいま」を言うのも「神野くんを誘えてないから明日はキャンセルで」とお母さんに伝えるのも、すっかり忘れてしまっていた。


だから私は、翌日になって「とんでもないことになった」と気づく。




ジュージュー




現在、土曜日のお昼12時。


課題をやり終え、そろそろお昼ご飯かなと、一階に下りた私の目に飛び込んできたのは、精一杯のおめかしをして、張り切ってご飯を作っているお母さんの姿だった。それを見た瞬間、視界がひっくり返りそうになる。と同時に、自分がとんでもないミスを犯してしまった事にも気づいた。慌ててキッチンに駆け寄り、お母さんに尋ねる。



「あ、あの、その料理って……?」



するとお母さんはニコッとして「決まってるでしょ」と笑った。いつもの笑顔じゃない、これは外用の笑顔……この時点で、返ってくる答えは決まってる……よね。



「莉子の恩人に振る舞う料理よ~もう、とぼけちゃって!それより課題終わったの?なら手伝ってほしいのよ~ちょっと料理を作りすぎちゃって」

「ふ、フルコース……?」



ちょっと、という料理の数ではない気がする……。キッチンテーブルにも、リビングテーブルにも、おかずというおかずが、ひしめき合って並んでいる。朝ごはんを食べていた時は、料理をする様子何て微塵も感じなかったのに……!どうしよう、絶対怒られるよ……っ!



「(で、でも、言わなきゃ……っ)」



意を決してお母さんに「実はね」と打ち明ける。お母さんはフライパンから目が離せないらしくて「どうしたの?」と急ぎ気味で答えた。



「あの、実は……」



その時だった。


ピンポーン



「あら、来られたわ!莉子、ちょっと出てちょうだい」

「え、うん……」



なんだろ?荷物の配達?


慌ててキッチンから廊下に出ると、おばあちゃんが立っていた。そして「これを羽織れ」とエプロンを渡してくる。



「エプロン……?」

「そんな部屋着のまま出ると、いくら何でも恥ずかしいだろい」

「あ、なるほど……」



確かに、思い切り部屋着っていうのもね。いくら荷物を受け取るだけとは言っても、一応、女子高生だし……。でも――



「な、なんか妙にフリフリしてない?このエプロン……」

「ほほほ」



おばあちゃんから手渡されたエプロンはピンク色で、裾にはレースが施されていて……って、あれ?こんなエプロンあったかな……?



「四の五の言ってると、帰ってしまうぞ」

「そ、そうだったっ」



廊下をパタパタ走り、カギを開ける。そして「お待たせしました」と言いながら、少し重たいドアを開けた。


ガチャ


すると――



「……よ」

「か、神野くん!?」



思わず尻もちをつきそうになる。腰がぬけるって、きっとこういうことを言うんだと思う……!



「ど、どど、どどうして、ここに……?」

「どうしてって、呼ばれたからな」

「誰に……っ!?」



すると、私の後ろで声がした。



「おー斗真。よく来たな、入りんさいな」

「よ、ばーちゃん」

「……へ?」



お、おばあちゃんと神野くんが、すごく親しげに話している……?ど、どういうこと……!?


混乱する私をよそに、おばあちゃんはスリッパを用意して、神野くんは「お邪魔します」と律儀に礼をして玄関から上がる。私だけが状況を呑み込めずにボーっとその場に突っ立っていると、神野くんが私に近寄って小さな声で囁いた。



「そのエプロン、俺のために用意してくれたとか?」

「え、エプロン……あっ!」


「早く脱がねーと、襲うからな」

「~っき、着替えて、くる!」



急いで会談を上がり、自分の部屋に入る。そうだった……おばあちゃんが用意してくれたエプロン、ピンク色でレースのフリフリがついていてるんだった!



「も~よりによって、どうして、こんな時に……あっ」



私の中で、ようやく繋がる。



「おばあちゃんと神野くん、グルだったんだ……!」



今日神野くんを呼んだのも、きっとおばあちゃんだ。じゃないと、説明がつかないもん。お母さんから怒られなくて助かったけど、でも……家に神野くんがいるって、それはそれで困るよ……っ!だって、神野くんを好きだって気づいて、初めて会うんだもん……!



「どんな顔して、会えばいいんだろう……っ」



脱いだエプロンに顔を押し付けていると、下から「莉子ー!」とお母さんが私を呼ぶ声が聞こえる。そうだ、行かなきゃ!


だけど――



「ふ、服……何を着よう……っ?」



あ~もう、おばあちゃん、後で一言だけ文句を言うからね……!!


結局、上下セパレートの服を選ぶ時間はなかったから、一枚で決まるワンピースを着て下に降りる。このワンピースもフワフワしてるけど、でもさっきのエプロンよりは百倍マシだと思う……!



「お、お待たせ、しました……」

「もう~莉子遅いわよ。神野くんを放っておいて……あら、可愛いワンピースじゃない。ねえ、神野くん?」

「(え)」



お母さんが、無謀にも神野くんに話を振る。神野くんはすでにキッチンテーブルに着席していて、お母さんがせっせと料理を継ぎ分けている所だった。料理から目を離して、私を見る神野くん。上から下まで、じっくりとゆっくりとみられて……そしてニコッと笑った。


ん?笑った?



「本当ですね、色白の莉子さんに、深い青色がよく似合ってます」

「まあ神野くんったら!ほめ上手ね」

「いえいえ、本心を言っただけですよ」


「……」



誰?

というのが正直な感想だけど、目の前にいるのは確かに神野くんで……そしてニコニコ笑って穏やかな話し方をしているのも、やっぱり神野くんで……



「(猫かぶってる……ものすごい、猫かぶってる……!)」



すると同じことを思ったのか、おばあちゃんも「やれやれ」と私の横でため息をついた。



「あいつ、ママに気に入られようと必死じゃの」

「き、気に入られる?」


「なんだ、お前ら結婚しないのかい?」

「け……っ!?」


「結婚するなら、まずは相手の両親に気に入られないといけないぞ。ほほほ」

「~っ」



は、恥ずかしくて火が出そう……!大体、私と神野くんは付き合っていないし、私の想いをまだ打ち明けていないし……!それに、まだ神野くんが私のことを好きって、そう決まってるわけじゃ――


でも、思い出す。クラスの皆が見ている中で、神野くんに抱きしめられながら言われたこと――



『好きだよ。俺はずっと、お前だけが』



「……っ」



そうだった、神野くんのは、私のことが本気で好きって……そう言ってくれたんだった……!もう、何を思い出しても顔が赤くなるばかりで、一向に頭が働かないよ……っ。



「莉子、こっちに来て座りなさい。あなたは神野くんの隣」

「あ、うん……」



神野くんの隣まで移動する。そこで改めて、今日の神野くんをじっくりと見た。スラッとした長い足がよくわかる黒のパンツ。上は白のシャツ。いつもの制服と似ているようで、でも違う。神野くんがすごく大人っぽく見えた。



「(家では、そういう服着てるんだな……なんか私がすごく、幼く見せちゃうな……)」



なんだか恥ずかしくなって、座る前に「私ちょっと」と言って部屋に戻ろうとした。今ならまだ間に合うよね?着替えたいよ……。


だけど――


パシッ


神野君に、手を握られる。そして皆がいる前で、私をグイッと……いつもより弱い力で引き寄せた。だけど、抱きしめない。空いている椅子に、ゆっくりと座らせてくれた。



「あ、あぶな、いよ、神野くん……」

「うん、ごめん」

「(うん、ごめん?あの神野くんが素直に謝った……!?)」



なんだか夢でも見ているかのような、変な気分になる。いつもの神野くんじゃないの、調子狂うなぁ……。ワンピースがシワにならないように座り直すおす。もう自分の部屋に帰るのは諦めよう……。そう思っていたときだった。



「うん。やっぱりそのワンピース、よく似合う」

「っ!」



恥ずかしげもなく、スラスラと喋る神野くん。ご飯をついでいたお母さんも、眼鏡をはずそうとしたおばあちゃんも、私たちを見てニヤニヤと笑っている。



「あ、あり、ありが、とう……っ」



恥ずかしいのは、私一人だけ。あ、あとで覚えててよね、みんな……っ。神野くんも……!


しばらくして全ての準備が整って、お昼ご飯を食べ始める。神野くんは嫌いな物がないのか、パクパクと食べていた。だけど、すごくお上品だ。背筋はシャンと伸びて、お箸の使い方も、コップで水を飲むその所作までもが、全て型どおりで綺麗に見える。そんな神野くんを見てたまらず声を出したのは、お母さんだった。



「はぁ~神野くんって、本当に王子様みたいな人よねぇ……」



神野くんは、眉を下げて否定した。



「いえ、俺は全然ですよ」

「学校で王子って言われるでしょ?」


「まぁ……でも周りが勝手にそう呼んでいるだけです」

「そりゃこんなカッコいい子を王子って呼ばないわけにはいかないわ~ねぇ、莉子」


「う、うん……っ」



私に話を振らないで……っ。


だけど神野くんって、本当に自分のことを「王子」と思ってないよね。学校でも「王子」って呼ばれるの鬱陶しそうだし、女子からキャーキャー言われても大抵スルーしてるし……。モテることに無関心なのかな?


お母さんも同じことを思ったのか、こんなことを聞いた。



「神野くんは恋愛に興味はないの?その感じじゃ、かなりモテるんじゃないの~?」

「あはは、買い被りすぎですよ」

「またまた~」



二人がそう話す横で、実のところ、私はかなり気になっていた。確かに、今まで神野くんの浮いた話を聞かないけれど……一体何人に告白されたんだろう……。



「(気になる……)」



チラッと神野くんを見る。顔は動かさずに、目線だけ。すると神野くんも同じように私を見て、思い切り視線がぶつかった。瞬間、神野くんがニヤリと笑う。それは、私にしか見えなかった「いつもの笑み」だった。



「お母さんはお綺麗ですから、さぞ男性に言い寄られたんじゃないですか?」

「え~そんな事ないわよぉ。でも一番モテたころ、五人の人に同じ時期に言い寄られたことがあって……若いっていいわよねぇ~。でも神野くんの足元にも及ばないわよね。ちょっとでいいから教えてくれない?何人の人に告白されたの?」

「も、もう、お母さん……っ」



恥ずかしいからやめてよ、と制止する私をよそに、今まで謙遜たっぷりだった神野くんが急に考え出して、指で数字を作った。それは――「3」。



「これくらいだった気が……いや、どうだったかな」



するとお母さんが「三人?最近の女の子は消極的なのねぇ」と頬に手を添える。申し訳なさそうに笑ったのは、神野くんだ。



「いえ、三十人くらいかなって」

「ご、三十人!?」



予想を遥かに上回る予想に、聞いたお母さん本人も私も、そしてお茶を飲んでいたおばあちゃんでさえ驚いて嫌な顔をした。お母さんは開いた口がふさがらないのか、しばらく固まっている。私もビックリしてしまって……と同時に、やっぱりそんなけモテてたんだ、という、モヤモヤした気持ちが生まれて……。



「(神野くんを好きになる子がそんなにいるなんて……嫌、だな……)」



途端に料理が口に入らなくなった。こんなに美味しい料理なのに、一気に食欲がなくなっちゃった……。そんな私をチラリと見た神野くん。箸をおいた私の手を、テーブルの下で握る。



「っ!?」



それは、皆からは見えない、秘密の事――



「(も、もしも皆にバレたら……っ)」



焦る私とは反対に、神野くんは力強く握ったまま放そうとしない。私は何とかごまかそうと、握られていない手で箸を持ち必死に食べ続けた。だけど――



「でも俺は、莉子さん一筋ですから」

「!?」



いきなり、そんな事を言ってのけた神野くん。もちろん私の頭は真っ白になった。だけど神野くんは、そんな私を知ってか知らずか、話を続ける。



「他の女性は眼中にないので、例え何人に告白されようと同じです。俺には、莉子さんだけですから」

「(な……)」



何を言ってんの、神野くん……っ!


ガタッ


恥ずかしさから、神野くんの手を振り払って席を立つ。そしてキッチンを飛び出して自分の部屋へ逃げるべく、階段を駆け上がった。



「あ、ちょっと、莉子!」



戻りなさい――と静止の声をあげたお母さんに、神野くんが「俺がいってもいいですか」と手を挙げた。お母さんは「お願いできる?」とニヤニヤしていて、おばあちゃんは「最初からそれが狙いだったんだろ」と完璧に神野くんを疑ってかかっていた。そんなことも知らない私は、自室に戻りベッドの隅で小さくなっていた。



「か、神野くんの、バカ……!親の前で、あんな事……っ」



ブツブツと一人で文句を言っていると、急に、後ろからギュっと抱きしめられる。



「やっと捕まえた」



猫をかぶっていない、いつもの神野くんの声だ。



「神野くん、ひ、ひどい……っ。なんで、あんな事、言うの……っ」

「なんでって、俺がどんな気持ちで小野宮の事を想ってるか言っただけだ。それが悪ぃのかよ」

「わ、悪いよ……っ!」



微塵も悪いと思っていない神野くんは、私を抱きしめる手に力を籠める。神野くんの左手が私の腰に、右手が私の首から頭にかけて這っている。改めて、動けない態勢でいることを実感し、更に恥ずかしくなった。



「ど、どいて、ください……っ」

「嫌だ。お前、俺がどれだけお前に会いたかったか分かってんのかよ」

「わ……か、ってる……」



そう、分かってる。神野くんが、私のためにわざわざ二年の教室から一年の教室に、何度も足を運んできたんだから。でも、それを拒否していた、私――



「なんで会いに行った時に隠れた、言えよ」

「だ、だって……っ」



言えない、神野くんの事を好きだって気づいたら、どう接すれば良いか分からなくなったって……そんな事はずかしくて言えないよ……!


だけど、ここで見逃してくれる神野くんではない。私の体をクルッと半回転させ、顔が見えるように抱きかかえられる。座っているけどお姫様抱っこをされている――その態勢が、私をますます混乱させた。



「や、やめて、どいてよ……っ」

「小野宮、しばらく会わなかった間に、すげー喋れるようになってんじゃねーか」


「そ、それは……が、頑張った、から」

「俺がいない間に?」


「か、神野くんがいない、から、こそ……頑張ったの……」



神野くんも二年の勉強を頑張ってるって思ったら、私も頑張ろうって思えた。神野くんが「すごいな」って「よく頑張ったな」って言ってくれるように、私なりに必死に頑張ってみた。その努力は全部、神野くんのため――



「神野くんが、私と特訓してくれたから……期待に、応えたいって、そう思って……」

「そーかよ」

「そ、そーかよって……」



必死に頑張ったのに、それだけ……っ?


ちょっと悲しくなって俯いていると、神野くんが私の顎を持ってクイッと上げた。急に視線がぶつかり、神野くんの真剣な顔が目に入る。



「俺のために頑張るなんて、そんな可愛いこと言うんじゃねぇ」

「え」

「もう、待ったは聞かねーからな」



そう言って、神野くんは私に近づいてくる。


あ、キス、されるんだ――神野君と久しぶりのキス、すごく胸が高鳴ってる……だけど……っ!



「ま、待って……」

「あ?だから待ったはきかねーって、」


「ま、まだ、私の想いを、伝えて、ない……っ」

「……」



息も絶え絶えに喋ると、神野くんは止まってくれた。でも近い距離はそのままだったから一旦離れてもらって、お互い座って話を始める。恥ずかしいからベッドから降りてというと神野くんは渋ったが、そこは従って貰い、机を挟まず座布団の上に座った。



「(ふう……)」



やっと少し落ち着けた……。呼吸を整えて、話す内容を頭に整理して――チラッと神野くんを見ると、キスを「待った」されたのが余程いやだったようで、さっきからずっとご機嫌斜めだ。雰囲気的にはすごく話にくいけど、言わなきゃ……。私の想いを、伝えるんだっ。



「あのね神野くん。い、言いたいことが、あって……。放課後にしてる秘密の特訓を、今日ここで、最後にしてほしいの」



そう言った時、神野くんの目が驚くくらいに見開かれた。そして、下唇をキュっと噛んで、悔しそうな表情になる。



「もう俺との関係をナシにしたいってことかよ」

「え?」



あれ?神野くん、何言って、



「兄貴か?」

「き、希春先輩?希春先輩が、どうしたの?」


「兄貴とお前……付き合うことにしたのかよ?」

「え、えぇ……!?」



な、なんでそういうことになるの……っ!?


また神野くんに「待った」をかけたいけど、神野くんは積もり積もった事を話したいのか、私の言葉を遮ってどんどん話を進める。



「兄貴が最近機嫌がいいのも、兄貴がお前に会いに教室に行くのも、二人が付き合うことにしたからじゃねーのかよ」

「え、そ、それは、」


「だから俺のことは避けてきたんじゃねーのか?もし兄貴と付き合ったなら、お前のことが好きっていう俺とは、会いたくねーもんな」

「っ!」



神野くんの止まらない口に、すごく腹が立った。怒りで手が震えるのがわかる。元凶は私だ。私が神野くんを避けてきたから、神野くんはこんな勘違いをしてる。そんな自分に、神野くん以上に腹が立っている。




「(私って本当、いつも肝心な時にダメだ……っ)」



思わず緩んだ涙腺から、涙があふれそうになる。


だけど、泣くな、私……今は泣く時じゃない、今は……神野くんの誤解を、解く時だ――



「神野くん……」

「あ?」



なんだよ――という言葉を言わせないまま、私は神野くんの服を掴んで、引き寄せる。案の定、ビクともしなかった神野くん。むしろ反動で私の体が動いてしまい、神野くんのあぐらをかいた足の上に「スポン」と座るような態勢になった。


だ、だけど怯まない……!次は神野くんの顔を両手で挟んで、怒った顔で神野くんを見る。そして「違うから!」と大声で否定したかったんだけど……



「(うわ……っ)」



神野くんの顔をこんなに近くでじっくりと見たことがなくて、思わず凝視してしまう。神野くんの顔を改めてみると……かっこよすぎて、言葉が出ない。


そう、本当に、言葉が出なくなってしまった。あれだけ意気込んで神野くんのそばに寄ったのに、いざ前にすると何も言葉が出てこない。これじゃあ、誤解は解けないまま……。



「何やってんだよ」

「っ!」



ついに神野くんにまで呆れられて、恥ずかしさで消えてしまいたくなる。



「~っ!」



もう、こうなったら……なるようになれ!!


ちゅっ


私は目をつむって顔を近づけ、神野くんの口にキスをする。言葉で伝えられないのなら、行動で示そう。それがキスだなんて、極端な話だけど……でも、これで私の想いが伝わればいいな……っ。


おそるおそる目を開けて、神野くんを見る。すると、目をつむってると思っていた神野くんと、バッチリ目が合ってしまった。



「っ!?」



なるようになれとは思ったけど、この状況はあまりにも恥ずかしい。恥ずかしくて、急いで離れて距離を取ろうとする。


だけど――



「足りねぇよ」



そのまま神野くんに押し倒されて、またキスをされた。今度は、前のキスみたいに当たるだけじゃない、まるで食べられるようなキスだった。



「あ、ま、待って……っ」



キスの合間をぬって喋ると、神野くんがやっと口を離してくれた。私の体に覆いかぶさったまま、態勢は変えないまま。そして「待って」という私の言葉に、眉を下げて、そして、切ない声でこう言った。



「もうさんざん待ったよ、俺は」

「っ!」



掠れた切なそうな声色に、思わず私の目から涙が出てきた。本当だ、そうだよね。私、神野くんを散々待たせちゃった……。



「か、神野くん……私、ずっと、聞いてほしくて……っ」

「うん、なんだよ」



今度は私の首にキスを落としながら、神野くんは私の言葉を待った。頬にあたる神野くんの髪の毛が思ったよりも柔らかくて、なんだか急に愛おしくなって……神野くんの頭を、体を、ギュっと抱きしめる。それに対し、神野くんは抵抗しなかった。ただ黙って、されるがままに私に抱きしめられていた。



「(今なら、言える……っ)」



神野くんの顔が見えない――今が、きっとその時なんだ。意を決して口を開く。「あのね」神野くんがピクッと反応したのが分かった。



「あのね、私――神野くんのことが、好き……大好きなの」



口に出すと、今まで私の中にあった感情が、一気にあふれ出てきた。涙が嗚咽に変わって、私は神野くんから手を離して、自分の顔を覆う。そんな私を、神野くんはまるでガラスでも触っているかのような優しい手つきで、私の頭を撫でた。そして、クスッと笑った声が聞こえ――



「やっと素直になったな、小野宮」

「え……っ」


「ずっと待ってた。お前の口から、好きって言われんのを」

「~っ」



神野くんは頭を撫でながら、私の手をゆっくりと動かして、私の目を見る。そして「ごめん、知ってた」と何に対してか分からない謝罪を、私にした。



「知ってたよ。お前と兄貴が付き合ってないことくらい」

「……へ?」


「怒るなよ?そもそも、小野宮が俺を避けるから悪ぃんだからな」

「そ、それは……っ」



悪かったと、思ってる……けど、



「私を、だ、騙したの……っ?演技までしてっ」

「こーでもしねーと、お前絶対俺の事好きって言わねーだろーが」

「な!」



それだけのために、あんな芝居めいたことして……信じられないっ。フンと怒って顔をそむけると、神野くんが「そんな顔もできるんだな」と、優しく笑った。



「お前と初めて会った時さ、本当に綺麗だと思ったよ。喋らねー綺麗な人形だってな」

「え……」


「でも、小野宮はきちんと心を持ってたんだよな。初めてお前がキラキラした目で兄貴を見ていた時、もっとお前の色んな表情を見てーって思ったよ。けど、小野宮にはなぜか避けられてたし、よりにもよって、俺の兄貴を好きだなんてそんなことぬかすんだもんな」

「ご、ごめん……なさい……」



謝る私に、神野くんは「ちげーよ」と言った。



「俺は嬉しいんだっての。これからは、お前の事を一番近くで見られる。お前のまだ見ない顔も、聞いてない話し方も、声も、全部俺が一番に受け止められると思ったら、すげー嬉しいんだよ」

「っ!」



決して恥ずかしがることなく、そして臆することなく堂々とした口ぶりで……神野くんは、私の目を見て話してくれる。神野くんからぶつけられるのは、いつも彼の心そのものだ。



「(あぁやっぱり、この人には叶わない)」



神野くんと一緒にいたら、私はもっと変われるかな?自分の気持ちを、もっともっと皆に伝えることが出来るかな?そう、なれたらいいな。もっと二人で、これから先も、ずっと一緒に過ごしたい――


すると「ところで」と神野くんが不満そうに私を見る。



「お前さ、なんでさっき秘密の特訓やめるなんて言ったんだよ」

「え……だって……」


「だって?」

「も、もう付き合えたら、秘密にしなくていいかなって、そう思って」


「は?」



だって、わざわざ隠れて特訓しなくていいでしょ?これからは皆の前で堂々と特訓してたっていいでしょ?あ、あれ?違うのかな?神野くんは、まだ私と付き合うことは秘密にしていたかったのかな?


一人でオロオロしていると、神野くんが「ズリィ」と言って、少し離れていた顔の距離を、また近づけてきた。



「お前のそういうところ、ズリィんだよ……」

「え、なんのこ……んっ」



私に話す隙は与えず、神野くんは、また自分の心をぶつけてくる。



「好きだ……好きだよ、小野宮」

「~っ」



キスの嵐を受けながら、そんな嬉しい言葉まで聞こえてきて……幸せで、どうにかなりそうだった。だけど溶けそうな頭の中で、さっき一階で話していた単語を思い出す。王子様、告白、たくさんの子から――瞬間、胸が締め付けられるようになって、私は泣きながら、神野くんに尋ねる。



「神野くん……学校では、皆の王子様、だけど……二人で、いるときは、私だけの、神野くん、だよね……?」

「チッ……っ」



すると神野くんは舌打ちをして、私へのキスが激しくなる。



「んん……っ」

「小野宮が煽ったせーだからな」

「はっ……か、神野くん……っ」



い、息ができないっ……!二人の熱い息がまじりあって、お互いがじんわりと汗をかいてきた。そんな中、神野くんが言う。



「小野宮、口あけろ」

「ふぇ……?」



とろんとした目で神野くんを見る。神野くんは眉間にしわを寄せて、浅い呼吸を繰り返していた。神野くんがしんどそう……?私が口を開ければ楽になるの?――そう思い、言う通りに口を開けると、


パンッ


と私の口は、神野くんの手で押さえられた。



「……はんのふん?(神野くん?)」



不思議に思う私と、「はー……危ねぇ」と深呼吸をして何やら落ち着いた様子の神野くん。まず神野くんが起き上がり、次に、私を支えながら起こしてくれる。そして、なぜか始まる説教……



「お前なぁ、何でもホイホイ素直に言う事を聞くんじゃねぇ」

「か、神野くんが、言ったから……っ」


「俺が言ったとしてもだ」

「へ……?」



全然分かっていない私をしり目に、神野くんはもう一度深いため息をつく。そして「よく聞けよ」とまじめな顔で私に説明をした。



「男はオオカミなんだってことを、忘れずに覚えとけ」

「お、オオカミ……?」


「お前みたいに可愛いやつはすぐ食われるから、充分気をつけろってことだよ」

「っ!」



か、可愛いって……っ。ボンと音がつきそうなくらい瞬時に赤くなった私の顔。神野くんは「はは!タコみてーだな」と顔をクシャクシャにして笑った。



「で、俺は月曜からクラスに戻るわけだけど……教室で彼氏として、小野宮に接していいんだよな?」



頭を撫でながら聞かれる。そうだ、飛び級制度が終わって、神野くんは戻ってこれるんだ!嬉しい、また神野くんと授業が受けられる。また神野くんがいる教室で過ごすことが出来る。嬉しい、嬉しい……っ!


なかなか答えない私に、神野くんが「皆には言わないでおくか?」と提案する。



「お前が恥ずかしいってんなら、別に無理にとは、」

「じゃ、じゃあ……」

「あ?」



言うんだ。どんな時だって、言葉にしないと伝わらない。それを目の前にいる大切な人から、何度も教えてもらった。だから、勇気を出して、私。今ここが、頑張る時だよ――



「じゃあ、私は彼女として……神野くんに、話しかけて……いいの?」

「……っ、お前なぁ」

「え、えぇ?」



「お前なぁ」と言って項垂れた神野くん。「天然、マジ心臓に悪ぃ」と独り言をつぶやいている……な、何かいけないことを言ったかな?


だけど心配する私をよそに、立ち直ったらしい神野くんが、私の頭にポンと手を置く。そして笑ってこう言った。



「俺の彼女なんだから、当たり前だろ。何でも話しかけてこい」

「う、うんっ!」


「でも、小野宮は不用意に俺以外の男子に笑うんじゃねーぞ」

「へ?」


「何人の隠れファンがお前についてると思ってんだよ」

「ふぁ、ファン……?」



そんな話きいたことないし、第一、いるわけない。私はタカをくくって「そんな人いないよ」と笑った瞬間、


コンコン


部屋のノックが響いた。



「は、はい!」



神野くんと慌てて距離をとって、平常心を心がける。神野くんは……さすが、顔色一つ変えず、ドアを開けに立ち上がった。


ガチャ



「ごめんね~二人とも。話はまとまった?」

「はい。遅くなってすみません」


「いいのよ~それよりも莉子がごめんね。急にいなくなるんだから……莉子、もう大丈夫なの?」

「う、うん……ご、ごめんねお母さん」


「じゃあ二人、下に降りてきて。お昼ご飯の続きをしましょうよ」

「はい、向かいますね」


「待ってるわね」



パタン


猫をかぶった神野くんが、クルリと向きを変えて私の方を見る。行くぞ――と言われたようで、私も立ち上がり、ドアの方へ急いだ。だけど、



「おい、スルーすんな」

「へ?」



神野くんを追い抜いた瞬間、引き戻される。そして神野くんに思い切り抱きしめられた後、さっきとは違う、優しいキスを一度だけ私にした。



「ん……か、神野くん、キス多いよ……」

「はぁ?お前が俺にキス禁止って言った日からずっと我慢してたんだから、これくらい我慢しろよ」

「が、我慢、なんて……」



すると何を勘違いしたのか「キス嫌じゃねーのかよ?やらしい奴だなぁ」とニヤニヤ笑う神野くん。「もう!」膨らんだ私の頬を、神野くんがムギュッと掴んだ。


そして――



「これから毎日、覚悟しとけよ」



まるで脅迫めいた言葉……なのに、私の心臓はドキドキと高鳴っていて、思わず服をキュっと掴んだ。



「(いつから私、こんなはしたない子になっちゃったんだろう……っ!?)」



この気持ちは神野くんに気づかれてはいけないことを、何となく悟った私。なんか、バレたらもっと危ない事を神野くんにされそうで……今は胸の内にしまっておくことにする。


「よし」パンパンと顔をたたいて、緩んだ顔を元に戻す。そして「早くしろよ」と手を出してくれる神野くんを慌てて追いかけ、その手を握った。



「か、階段を、降りるまでだからね!皆に見つかる前に、離してね……っ」

「へーへー」



そんな私たちの会話を、下にいるお母さんとおばあちゃんがニヤニヤ聞いていたのを、私だけが知らないのだった――

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