3-3 列車座席への来訪者
「わたくしもそれなりに魔法には自信がございますので、大抵のことはわたくしにも対処できますのよ。それに、もしシヅクに何かが起きるようでしたら、いざとなればわたくしの護衛を呼んで安全な場所までお連れするつもりです」
「ありがとうコルン。姫殿下の護衛がいるのなら、危険なことにもかなりの安心材料になりそうでよかった。ナーミア嬢にもシヅクのことを頼みます」
「ユー教えて。そんなに心配するなら、なんでヅッキーと別グループなの?」
「シヅクにそうしたいって言われてしまって……僕は一緒のグループになる気満々だったんだけどね……それで、頼めるかな?」
「ヅッキーを見守るなんてユーに頼まれる必要もない当然のこと」
「それならよかった。じゃあ、ナーミア嬢にはちょっと別のことを頼めるかな?コルンには内緒の任務を、ね」
「なにそれ面白そう。ミーだけの極秘任務?」
「そう、極秘任務。それはね……まず……で……ってことを……」
「……ふむふむ……ユー、楽しそうなこと計画してる。今度マティにも試してみる」
「あはは、レオスに?どうなるのか少しだけ気になるから、よかったら結果だけ教えてよ」
「この遊びを教えてくれたお礼に上手くいったら教えてあげなくもない。それで、ミーはそれについて何をしたらいい?」
「……れたら任務は成功。カギは……が握ってる。どう?いけそう?」
「ふっふっふー。ミーのこと見くびらないで。余裕に決まってる」
――
貴族社会ならではの高級列車には広めの化粧室も複数個完備されている。
その一つから自分の座席に一旦戻る。同席の二人にちょっとアキラを探しに行ってくるって伝えてからじゃないと心配をかけても悪いもの。
けれど、戻ってきた私の座席にはすでに探しに行こうとしていたはずのアキラの姿があった。
あろうことか私の飲んでいた紅茶のカップもアキラの手にあった。
「やあシヅク。おかえり」
「アキラ、どうしてここに?」
「君を待っていたのさ。それで少し喉が乾いたから、君の紅茶をいただいてしまったよ。それよりシヅク。もうお昼になるけど、約束は覚えているよね?」
「それは……覚えていますよ。ですからもう少しで席を探さないとって思っていたところです」
本当に探しに行こうとしていたし、その前に少し息を整える必要があったので席を外しただけ……
アキラが誰かと何をしていようと……私以外と楽しそうにしていたとしても……アキラが楽しくしているのは喜ばしい事……そうしてなんとか鎮めてきたところ。
「それはよかった。でも、女の子が揺れる列車の中を訪ね歩くのはなかなか大変だろうと思ってね。今回はこうして僕から出向いてあげたよ」
「……ありがとうございます。でもいいんですか?せっかく可愛らしい方をグループに誘ったのに、一緒にいてあげなくて」
「可愛らしい方、か。もしかしてクリスのことかな?レオスなわけないしね」
アキラは余裕の態度だった。
まあ、アキラが余裕を崩す理由がないのだから実際に余裕なのでしょう。
可愛い子と一緒に楽しくやっているのでしょうし……
「別にいいんですよ、アキラは好きなように過ごしていてください。私にはそれを止める様な権利もないですし、理由もありませんから。アキラに約束させているわけでもありませんから」
「ふふっ」
「どうしてそこで笑うんですか?」
「いや、ごめん。君には少し悪い気もするけど、やっぱりクリスをグループに誘ってよかったなって思ってね」
「……はぁ……それは、本当に良かったですね」
アキラが楽しいと思っているのなら……いい事のはずなのに、すんなりとは喜べない……
喜べないけど、自分から言い出した別行動なのにアキラが誰と過ごそうとも、私から不満を言うのは間違ってるよね……やっぱりもっと離れて過ごした方がいいのでしょう……
「もし今のグループが気に入っているのでしたら、学園に戻ってからもそのまま授業を受けられては?アキラはその方が楽しそうですから……」
「そうはいかないよ。僕だって君から別行動をしたいなんて言われなければ好き好んで
「本当にそうでしょうか……?この1週間でお考えが変わるかもしれません」
「……酷いことを言うね……そこまで僕の気持ちを否定するんだ?」
「否定している訳では……ただ、アキラが義務的に私のことを守らなければと思っていらっしゃる部分があるでしょう?それが今回の実地訓練であまり必要ないことがわかっていただけるでしょうし、アキラの負担も軽くなるのではないかと考えております」
「……どうしてそんなことを……義務だなんて思ったことは1度たりともないのに、勝手に僕の気持ちを決めつけてほしくはないな……!」
ダンッと列車の肘掛を拳で叩くアキラ。
「やはり、私といるのはアキラに余計な負担だと思います……」
「そんなわけあるはずないだろう!?」
「お二人とも、いいかげんになさいませ……!」
「コルン……」「コルネ……?」
「わたくしには、今はお互いに不安なことがあるように見えます。ですから、もう少し時間を置いて冷静になれる時に、またお話くださればよろしいかと思いますわ。大丈夫ですわ、次の機会が必ず訪れると思えばその不安も幾分取り除かれます。シヅクのことは少しの間わたくしたちがお預かりしておりますから、そろそろアキラさんも自席にお戻りくださいませ」
「預かるってコルネ、私はアキラの
「シヅクはシヅク自身のものですけれど、シヅクにとってより良い居場所はアキラさん隣なのだと、わたくしは思っておりますわ」
「……ありがとう、コルン」
「どうしてそこでアキラがありがとうなんて……」
「シヅク……」
「何でしょうか、アキラ?」
席の通路側で立つ私は、私の席から立ち上がるアキラ。
呼びかけられた理由をその姿を目で追いながら待つ。
「名残惜しいけれど、そろそろ戻るよ。その前に……」
「……ぇ……ちょっ……ふゎっ!?」
チュッという短いリップ音と柔らかさと温かさのない交ぜになった感触が、前髪を軽く持ち上げられたおでこに当たる。
「……ちょっと……アキラ?」
その後すぐにアキラの首筋が私の視界を大きく占める。
アキラの腕が私の肩を抱き寄せたのだった。
「行く前に、少しだけ充電させて……」
「……充電って……」
「お揃いの香水……渡してよかった……今日もつけてくれてるんだね」
「……はい……いつも……つけてます……」
「ありがとう……シヅク、嬉しいよ」
「……どう……いたしまして……?」
「ふぅ……ありがとう、少しだけ充電できたよ……また夜に充電、させてね?」
「……ぁ……はい……どうぞ……」
「じゃあ、また後で」
いつの間にかぎゅっと繋がれていた手が、名残惜しそうに離れていく、そして小さく手を振る。
何が起きたのか脳の処理が追いつかなくて、されるがまま、口走ったこともほぼ何も考えられていなかった……ヤバいこと言ってなかったかなと今更焦るも、既に何を言ったのか全く覚えていない……今の何?夢?
夢と言うには心臓がやけにうるさくて、顔が熱い……先ほどとは別の息苦しさに襲われる。
座席に座ってからも頭がぼーっとして何も考えられない。
少しだけ紅茶の残ったカップとおでこを指が行き来していた。
――
列車は目的の駅に着き、車掌さんたちから荷物を受け取って馬車の乗り場へと向かう。そこではみんなと同じように馬車に乗る順番を待つ、のかと思っていたら、待つなんてことはなかった。
どうやら私とナーミアさんは、コルネの自家用馬車、つまり王家の乗る馬車へと案内された。
私たちだけが特別、ということでもないようで、上級貴族であればこの日のために馬車を先行させて待機させておくくらいわけがないらしい。他にも続々と家紋や旗のついた馬車に乗り込む姿が見えた。
列車の中でアキラと別れてからは、少しだけ息苦しさみたいなものも減って、馬車に揺られながらコルネとナーミアさんと楽しく話しながら過ごすことができていた。そのうち、あまり眠ることができなかったらしいコルネが私の膝の上でお昼寝をしはじめた。静かな寝息をたてるコルネに膝を貸している間に、現地に着いてからのことについて、ナーミアさんと打ち合わせすることができた。
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