2-16 男の子


 食堂でみんなとレポートをまとめ終えてから、コルネは用事があって王城へと向かうようで、ナーミアさんはいつの間にか消えていて、レオスも自分の同寮生にレポートを見せるために帰っていった。

 今はアキラと二人で学園から出てきたところだ。


「さて、シヅク。やっと2人きりになれたね?」

「え……と、アキラ?何か怒っていらっしゃいます?」

「当然だよ。もちろん、心当たりはあるんだよね?」

「心当たり……う〜ん」

「待って、本気で言ってるの?なやでエルノルドとかいうやつと話をしてたのかって事なんだけど」

「え?でも、その事なら、先輩のお誘いはちゃんと断ったよ?」

「どうしてその時にすぐに呼んでくれなかったの!?どうしてエルノルドとかいうやつがシヅクに!?私が隣にいたら絶対あんなやつをシヅクに近づけさせなかったのに!あんなのとシヅクが話してただけでも嫌なのに……シヅクは嫌じゃなかったの!? Convocation歓迎会 の時も思ったけど、シヅクって年上がいいとかある?もしそうだとしても、間違ってもあいつのことかっこいいなんて思ってないよね!?私の方がイケメンでかっこいいよね!?」


 どこかでアキラの地雷を踏んでしまっていたらしい。突然早口でまくし立ててくる。

 最後の方はよく分からないことを言っていたけれど、どうやら相当にあの先輩のことが嫌いらしい。

 今のアキラをどうやってなだめればいいのか……


「確かにアキラの方がイケメンで、もちろんアキラの方がかっこいいよ?でも……」

「でも、じゃあなに?それならあんなやつともう二度と話さないって誓ってよ!私が男として毎日エスコートしてあげてるのにそれだけじゃ足りないの?あんなやつが湧いてでてくるなら、あの時君の隣から離れるべきじゃなかったな。それかあの時に私が言った通り、君にも前に出てもらって二人で仕切ればよかった。でもそれだと不躾な男どもの視線が君に……ああ、もう!どうするのが正解だったんだろうね?いっそのこと、……(首輪でもつけて僕のものだってみんなに分からせようか)……でもそれじゃただの……(クズDV野郎だよね)……?やっぱシヅクのこと、もっとちゃんと……(躾ておかないと)……いけないな」


 アキラは『いっそのこと、』の後も何か言葉を続けていたけれど、こちらに聞かせるような声量ではなかった。


「とりあえず、ちょっとだけでいいから落ち着こう、ね?」

「私は落ち着いてるよ!」


 全然落ち着いてない。肩で息をしているし、繋いだ手にも力が入ってしまっている。

 顔つきからも……

 ちょっと不穏な気配を感じる……

 アキラの力がこもった手に負けないように必死で握り返しながら、アキラの体勢を傾けるように下に引っ張った。


「ごめんね、ちょっと耳貸して……アキラ、外なのに『私』って言っちゃってるよ」

「そ……!あ……」


 アキラの手から力が抜けていくのがわかる。腕がプルプルしていたので助かった。


「ごめん、シヅク。僕……あ、れ?」

「ちょっと落ち着くまでの間、私の胸板むないたを貸してあげる。こっちの方が背が低いから屈んでもらう感じであんまり居心地はよくないかもだけど……ごめんね。先輩と話してたって聞いてびっくりさせちゃったんだよね?それもごめん」

「ちょ、シ、シヅク?あの、胸が僕の顔に、ダメだよ、こんなことしちゃ、女の子なんだよ?」

「ん?でも、アキラだって元は女子だったでしょ?それに、前に私が怖かった時、アキラだってこうしてくれたじゃん」

「それは男だからで、女の子は男にこういうことしちゃダメなんだってば」

「アキラにだけ、特別だから。他の男子には絶対やらないし、ほら、こうしてると落ち着く気がしない?アキラにもらった香水もつけてるんだよ?おんなじにおいだから、ほ~ら落ち着いてくるでしょう?この前駆けつけてくれた時のお返しですから、今だけは男とか女とかそういうことは考えなくていいですからね?」

「お、落ち着かないってば!というか、なんか、シヅクのにおいとか、柔らかいのとか、待って、ごめん、なんかヤバいかも」

「ん?……ヤバい、かも?って……あ……あー……あれですか、アキラさん?」

「いや、ちが、何も!変なこと考えてたわけじゃなくて!勝手にこうなったというか……ぜんぜんそういうのじゃなくて、というか自分の意思じゃなくって……!」

「ん~……まあ、そのうち鎮まるでしょう。生理現象生理現象。ドンマイ、アキラ」

「そういうものなの、これって?朝とかもちょっと困ってるんだけど……」


 このままではいろいろとマズいので、とりあえずアキラから身を離す。

 周りを見渡すと、下校する生徒もちらほらいた。視線を集めてしまう前に、念のため杖を取り出した。


「う~ん。まあ、そういうものだよね。それか、いや、さすがにここではマズいし、このままってわけにもいかないし……とりあえず、ミラージュ」


 二人が普通に話し込んでいるように見えるようミラージュで誤魔化しておく。

 改めてアキラの姿を見ると、予想通りというか……


「シヅク、どうしよう。全然おさまらないし、むしろなんか……ちょっと引っ張られてる感じで、苦しい、かも」

「え……?こんなので……そうなるなら、相当……てる?もしかして、アキラ……ー……たことない?」


 男子にはおなじみのと言うか……


「しないよそんなの!ふしだらなこと言わないでよ!」

「いや、違う違う、ふしだらとかそういうのじゃなくて……あのさ、全然男子なら普通というか、むしろしないとヤバいんだってば……」

「は!?意味わかんないし!も、もしも、それをしないとどうなるの!?」

「そりゃあ……起きた時にひどいことになってたりとか……昼でも意思とは無関係にちょっとしたことで……とか」

「……あ……あー……もしかして、朝のあれのこと……?私、あれは男の子の生理か何かかと思ってたんだけど……」

「あ、ああ。うん、そうではある。朝のはあったんだ……?というか、おめでとう。おめでとうでいいのかな?親にはそう言われたけど、思春期男子の仲間入りというかなんというか、大人の階段的なものだから、そういう意味ではそういう認識で合ってはいるのかも」


 こっちの世界に召喚されてから、日中は常にアキラと一緒にいる。その中で、下関係の話をしている姿など一度もなかった。男子としては少し不自然なまでに一度もそういう話をしていない。


「でも、そうなら定期的に、頻度としては少ない人でも週1回くらいは……と今みたいに困ったことになったりするし、なんだったらそのやり方的なのを私から教えようか?」


 いや、アキラ相手に自分は何を口走っているのだろうか。しかもこんな公共の場で……これってたぶんけっこうセクハラだよね?

 今の自分は女子なわけで、ヤバいことを言っているという自覚はある。だけど……


「……」

「わかるなら、いいけど……こっちってほら、ネットもないし、本とかもそういうの今のところ身近では見たことないし?参考になるような資料もまったく無いとなかなか手間取るだろうし、やり方がわかるまでに時間がめちゃくちゃかかるかもしれないから、それはそれで悩んじゃう男子もいるものだし、私が知ってることで良ければなんだけれど……」


 だけど、アキラのことだから、まったくそういうの詳しくなさそう。そうなると前情報が何もなしとか、結構無理ゲーというか。

 そもそも、アキラはそういう話に耐性も知識もないのだと思う。アキラの話じゃ小中学校は女子校だったわけで、普通の男子がどういう会話をするのかもわかっていないのだから。当然そういうことにも無知なわけで……


 だからせめて、言葉で伝わる事だけでも教えてあげた方がいいのかなって思った。

 というか、むしろこの世界の男子たちは普段どうしているんだろう?


「……お……お?」

「どうしたの、アキラ?目がぐるぐるしてるよ?大丈夫?」


 もしかしたら、今の話にアキラは脳の処理が追い付いていないのかもしれない。


「シ……シヅクに……おしえ……お、おねが……い、します……?」

「うん。OK。たぶんその様子だと早い方がいいよね?今日の夜まで我慢できそ?」

「ちょっと待って、やっぱダメだよそんなの!」

「いや、正直困ってるなら助けたいし放っておけないよ。自分が知っていることでアキラの助けになるならさ。ほら、これまでもアキラがメイクとか着替えとかいろいろ教えてくれたのと同じだよ?これからずっと男でいることになるなら、そういうのは避けては通れないわけだし……」

「その……引いたりとか……笑ったりとか……避けたりとか……しない?僕のそういう話……嫌じゃ……ない?イケメンっぽくないし……」


 その態度でなんとなく、アキラの精神はどうしようもなく女の子なんだろうな、と思ってしまった。

 男子がもし女子にそういう話が聞けるとなったら、たぶんきっとニヤけてしまう。悪い気はしない。そういうものだと思う。

 けれど、アキラにとってはすごく抵抗のあることで、怖いって思う方が先に来るのだろう。

 それに最後の『イケメンっぽくないし』っていうのは、アキラの中のイメージなんだと思う。

 私の中のイケメンのイメージでは、そう、たぶん普通のイケメンならこういう反応はせず、しれっと話に乗ってきていると思う。


「さっきも言ったけど、それは生理現象だからね?男子ならそういう悩みの一つや二つなんて誰しも通る道だし、だから大丈夫。もしかしたら普通の女子だったら引かれてたり諸々したのかもしれないけど、私は元男子だし!そういうことに悪い感情持ってたりしないから安心して」


 アキラの手を両手ガッチリ包んで大丈夫だってことを力説する。女の子ってよく友達同士で手を取り合ってなんか話したりしてるよね?とりあえず、アキラを安心させたくて女子の仲間意識的なものでうったえかけてみる。


「……シヅク……ありがと……けど、実は今も全然おさまらなくて……どうしたらいいの、これ?」

「そかそか、う~ん。幸い、私のミラージュで視覚的には問題ないはず、香水もあるからにおいもなんとかできるでしょ。だから寮まではなんとか我慢して、というか、できる?」

「……うん。たぶん。いや、我慢はする。ごめん、頼っちゃって……」

「こんなの頼った内に入らないから。よし、じゃあ早く行こ、アキラ」


 さすがに涙がこらえきれていないアキラは不憫だったので、ミラージュをかけ続けたままアキラの手を引いて寮へと急ぐ。

 アキラにとっては未知のことで、どうしたらいいのかわからないのもしょうがないことだし。むしろ、他の人、例えばコルネやナーミアさん、メルロー侯爵令嬢とか、他の女子たちの前ではなくて幸運だったと思う。かといって他の男子にアキラがどうすればいいのか聞くのも、アキラにとってはけっこうハードルが高そうだ。こんなにところを誰かに見られるのって思春期の男子ならトラウマものだよね。

 しかも、普通は女子の前でそういう状態になってしまったら……さっきのアキラの反応がまさにそれで、悪い噂とか陰口とか、避けられたりとか、少なくとも本人に嫌われたりとか、良い事にはなりそうにもない。十中八九、なにかとトラブルになっていたことだろう。


 あと……アキラにとっては私も異性に見えなくもないのかもしれない。いや、厳密には同性であったことなんて一度もないわけで、私に見られたことを苦にストレスを抱え込まないといいんだけど……そうならないために、この後全力でアキラの心を労わろう。

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