第5話

グリスにとって最後ともいえる日、彼は非常にめずらしく直々に第一王宮に呼びだされた。

他でもない、彼の立場を今後永久に凍結するためである。

しかしグリス本人は、そんなことには全く気付いていない様子…。


「よしよし、エルクが直接僕を呼び出してきたということは、きっと今回の対立を手打ちにしたいという申し出だろう。なんだ、なら素直に最初からそう言えばいいものを。まぁ僕たち二人は腐っても兄弟なのだから、決して仲違いをしたいわけではないのだからな…♪」


通された部屋の中で一人、グリスはそう言葉をつぶやいている。

今日中に自分自身が王でなくなることなど全く知る由もないその姿は、一周回ってどこか哀れにさえ思えてくる…。


「グリス様、エルク様からお声がけがございました。一緒に来ていただけますか?」

「あぁ、分かった」


案内に訪れた使用人の言葉にそう答えると、グリスはそのままその後ろに付いていく。

広い王宮の廊下をしばらく歩いていき、いよいよエルクの待つ部屋の前まで到着する。


「それでは、私の方から挨拶を…」

「そんなものいらない。僕が直接会いに行く」


グリスは使用人の言葉を途中で遮ると、そのまま勝手に扉を開け放って部屋の中に足を踏み入れていく。


「エルク様、僕に話があるのでしょう?」

「グリス…。お前は本当にどこまでも…」


礼儀など微塵も感じさせないグリスの姿に、エルクは呆れを通り越して笑いさえ浮かべてみせる。

しかし、こうして足を引っ張られるのももうあと少しの間だけ。

そう心に思うことで、エルクは胸の中に湧き出る怒りの感情とうまく付き合っていた。


「まぁいい。今日はお前に言うべきことがあって来てもらった」

「聞かずともわかりますよ、僕が最近勢いを持っているから喧嘩をしたくないというお話なのでしょう?」

「………」


どこまでも自分本位な行動をとり続けるグリス。

エルクはそんなグリスに対し、速攻で王子としての立場のはく奪を宣告することはできたものの、あえてこのままグリスを泳がせてみることとした。


「僕がソフィアとの婚約関係を破棄したこと、やはりかなり気にされているのでしょう?それはそうですよね、だってエルク様はソフィアの事を好いていましたものね。でも残念、彼女が選んだのはエルク様ではなくこの僕だったのです。まぁしかし、僕にしてみれば彼女の魅力は僕が見込んだほどのものではありませんでしたから、こうして婚約破棄をすることになったのですけれどね」

「……」

「そして次がエミリー様でしょう?誰にだってわかりますよエルク様、彼女の事を僕に横取りされて面白くないのでしょう?でもそれは仕方がないことだとは思いませんか?だって向こうの方から僕の事を選んでくれているのですよ?それは裏を返せば、エルク様よりも僕の事をより魅力的な相手であると思ってくれているということでしょう?それを認められずにこうして僕の事を呼び出すことの方が、僕はかっこの悪い事ではないかなと思うのですよ」

「……」


どこからそれだけの自信が湧き出てくるのかはわからないものの、止めなければこのまま一生話を続けていきそうな雰囲気を発しているグリス。

エルクはさすがにもう飽きてきたのか、グリスに向けて本題に移るような仕草を見せた。


「じゃあ、そんなお前にここまで呼び出した本当の理由を話すことにしよう」

「まぁ、聞かずともわかりますが…」

「グリス、今日をもってお前は第二王子の座から降りてもらうことになった。その決定を伝える事だけが今日の要件だ。分かったならとっとと帰ってもらおうか」

「…は?」

「おっと、もうお前は第二王子ではなくなったから、第二王宮はもうすでにお前の者ではない。あそこには今後ソフィアと、ソフィアの事を良く理解している人物に入ってもらうことにしている」

「はぁぁ!?!?」


言われた言葉の一つたりとも聞き入れれない様子のグリス。

しかし、もうすでに彼に言い逃れをするだけの権利はなく、ただ宣告された罰を受け入れることした許されない。


「ちょっとまて!!そんなの横暴だ!!お前だけの意見でそんなことをできるはずが!」

「だからきちんと貴族会からの通知書を送っただろう。もうすでに全員がこの処罰に賛同してくれている。幸か不幸か、この決定に反対をしてくる人間は誰一人いなかったよ。お前の慕われなさがこれほどうれしかったことはないね」

「!?!?!?」

「ここまで嫌われる王子というのもめずらしい。大抵は誰か一人くらいは味方をする人間がいるのだが、お前に限れば全方から敵対視されていたようだ。…まぁ、もう第二王子でもなんでもないのだから関係のない話か」


今までは自分の方が一方的な振る舞いを繰り返してきたグリス。

しかし、最後の瞬間だけはこうしてエルクから一方的な言葉を告げられ、それに返す言葉などなにひとつ聞き入れられることはないのだった…。

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