エルクとソフィアが深いため息をついていた一方、当の本人であるグリスはエルクの幼馴染であるエミリーに対する手紙を差し出し、その返事を待っていた。

「エルクの奴、相当僕の事を下に見て馬鹿にしているようだが、これでそんななめた態度も取れなくなることだろう…♪」

グリスはこの行動が、エルクの心にダメージを与えられるものだと信じて疑わない。

「あいつはもともと、ソフィアとの婚約を心の中で夢に見ていたんだ。それを直前でこの僕に横取りされる形となった事で、今は相当にメンタルにダメージを与えられているに違いない。そしてそのソフィアが、今まるで役立たずになったかのような形で僕の元から追い出されたという事実も、その心に大きな傷を与えたことだろう。自分の愛している女性がそんな無下に扱われているという事を知って、落ち込まないはずがないからな♪」

グリスの中では、今回の婚約破棄の一件はエルクの心にダメージを与えるものとして行われたものだった。

そうすることで自分に対して反抗的な態度を改めさせ、自分とて彼に勝るとも劣らない立場である王子であることを思い知らせるというのが彼の目的だった。

…しかし、現実にはエルクはその心に全くダメージなど受けてはおらず、当のソフィアと合わせてただただ憐みの目を向けられているだけだという事に、グリスはまだ気づかない…。

「ソフィアとの関係を台無しにされ、今度は自分がひそかに思いを抱いているエミリーとの関係も粉々にされる………これほど痛快な話はないとも♪」

そもそも、グリスはエルクから見下されているような態度を取られていることに憤りを感じているわけであるが、現実に言えばどこからどう考えても彼の方が下であることに変わりはない。

それは第一王子と第二王子の立場もそうであるが、年齢を見ても、能力を見ても、実績を見ても、あるいは周囲からの評判や評価を見ても、そのどれひとつとしてグリスはエルクに勝っている点など持ち合わせてはいなかった。

にもかかわらずグリスがエルクの存在を受け売れられないのは、やはり彼には相応しくないだけの大きなプライドがそうさせてしまっているのだろう…。

「エミリー、はやく僕に手紙を返してこないだろうか♪」

待ちわびた手紙が彼のもとに届けられたのは、それから数日後の事だった。

――数日後――

「やけに遅かったな…。どうしてこんなに時間がかかったんだ？」

グリスはエミリーから自身の元に届けられた手紙を乱暴に開封すると、早速その内容に目を移していく。

しかし、そこには特にグリスの事を好いているといった内容の言葉は書かれておらず、ただひたすらに無難で当たり触りのない言葉だけが羅列されていた。

「お、おかしいな…。僕の事を好いているから返事の言葉に悩んで時間がかかっているものだと思っていたけれど、この内容を見るにそんなことはなさそう…」

その内容はむしろ、嫌いな上の人間から手紙を送られてきたことに嫌気がさし、仕方なく嫌々で形だけの手紙を返しているようにしか思えないものだった。

ただ、そんな感情をグリスが受け入れられるはずもなく…。

「まぁ、恥ずかしがっただけだという事にしておくか…。第二王子であるこの僕から求婚の手紙を送られて、うれしくない女などいるはずがない。言葉は無難なものばかりならべてはいるが、きっとその心の中では舞い上がる気持ちを抑えることに必死なのだろう。そうに決まっている」

勝手に自分の中でそう解釈することに決めたグリス。

その手紙は本当に形だけエミリーが送り返してきたものであるというのに、やはり彼にはそれを理解することはできなかった様子…。

「さて、それじゃあ返事を書くか…。でもまた同じようにはぐらかされるだけの手紙を返されても困るから、今度はもっと強い言葉で求婚の意思を示すべきだな…。やわらかい言葉だけじゃ、たぶん聞き流されて終わりになってしまう。だからつまり…」

グリスは返事用の手紙を机の上に準備しつつ、頭の中で返事の内容にふさわしい言葉を思い描いていく。

「婚約式典はいつにするか、子どもの名前は何にするか、そういう話をここで入れ込んだ方がいいかもしれないな。そして、僕の言葉を断るというのならそれ相応の罰を受けてもらうことになる、僕としてもそんなことはしたくはない、とも。それくらい強い言葉で思いを伝えなければ、きっと向こうも素直に言葉を返してはくれなさそうだ」

どこまでも一方的な態度を崩さない様子のグリス。

しかし、この時彼はまだ理解していなかった。

「少々強めに行っても問題はないはず、これは僕とエミリーの問題なのだから」

彼が最初に差し出したエミリーへの手紙、そしてこれから彼女に向けて差し出す二通目の手紙。

それこそが後に、彼を第二王子の立場から追い落とすものとなるという事を…。