AI介護ちゃん
ミコト楚良
決断すれば、窓ガラス割られる
「おはようございます」
午前10時前。母宅のインターホンを鳴らす。玄関を開けたコハルの母に、夫が挨拶した。
インターホンと連動した電話のドアホン機能で、来訪者のたしかめをすれば安全だが、母はしない。
玄関のロックも、ほぼ、かけていないようだ。
「おや、まぁ」
玄関ドアを開けた母が驚いた顔をする。
それはそうだ。コハルたちは今日来ることは、母に言っていない。言っても忘れてしまうからと開き直った。
行く日を言わないと決めたのは、以前、夏の訪問で20時頃に着いたら、玄関が全開してあったからだ。
高速道路を車を走らせて来るコハルたちは、何時何分に到着すると言えない。だから、着く30分前に車の中から、コハルが母宅に電話していた。
その日、宵闇に、こうこうと明かりをつけた玄関が全開だった。たとえ、30分でもだ。実家は通りに面した家である。
次の日、朝から実家を訪問すると、玄関は、またも全開(角度的には90度)してあった。
何故に、と、問うコハルたちに母が、恩着せがましく言った。
「あなたたちが来ると言ったから開けておいたのよ」
私たちのためにって? 独居の老人が戸締りしていないって、こちらの寿命、3分くらい、縮んだわ。誰のためにもなってない。
その前には。
その日は、実家にキーボックスを設置予定だった。
家の外に鍵を入れたボックス(暗証番号で開ける)を設置して欲しいと、契約しているセキュリティー会社に言われていた。それがないと、緊急時、窓ガラスをたたき割って、家の中に救助に入ることになると。
ゆえに、キーボックス設置をすることにした。
そして、そのときも、あと30分で実家に着くところで、コハルは母に電話を入れた。だが。出ない。時刻は18時を過ぎている。
16時ごろ、母から一回、夫の携帯に電話があって、たまたまSAで休憩中であったので、夫は出た。「いつ着くか」と問われ、「19時までには着くと思いますが」と答えている。
18時台に到着すると伝えている。
どうして出ないんだ。
3回めのコール辺りから、不穏な想像映像が、コハルの頭をよぎり出す。
「倒れた……?」
6回めのコールあたりで、「死んでいたら……」と考えはじめた。喪服ない状態で葬式するのか、という想像までした。
10回めのコールを過ぎたとき、コハルは自分が決断しなければならないのだと、追いつめられた。
母が電話に出ない。
セキュリティー会社に電話すれば、まちがいなく、30分以内に窓ガラスをたたき割られる。今、キーボックスを家につけようと向かっているのに。
夫は黙って車を走らせている。
(どうする)
窓ガラスを割られたら、コハルは実家留めになるだろう。割れた窓ガラスを、そのままで帰れない。その前に、母の息はあるか。入院か、葬式か。
(30分後には家に着く)
その30分で助かった人の話を思い出す。
(もう一度、コールして出なかったら……)
コハルは、その(もう一度)を3回くり返して、セキュリティー会社に通報することを決心しかけた――、とき、かちゃりと通話状態になり、「もーしもし」と母の呑気な声が、コハルの耳に響いた。
「どうしたの!」
「なんで⁉ もう6時過ぎてるじゃ! もう私たちが着くってわかってるのに⁉ 何べんも電話したん!」
興奮したコハルは、口がまわらなかった。
「すぐに出たじゃないの~」
母は、コハルの方がおかしなことを言っているという口振りだった。家に帰ってきたら電話が鳴っていた。それに、すぐ出たと言っているのだ。
「その前に、何べん電話したと思ってるの! 私たちが来るとわかっていて、18時台に買い物に出なくてもいいじゃない!」
コハルの怒りは収まらなかった。
それでなくても、行く前の週、「いつ来るの」、「何時に着くの」、「私、出かけられないじゃないの」と、電話がかかってきていた。
10時間、高速道路を使っての移動を、
怒気を含んだコハルに触発されるのだろう。
「昼は天気が荒れていたんだ! 夕方、収まったから、買い物に出るのは当たり前だ!!」
母は言い切った。
ごめんなさいを言わない人だ。
歩み寄りとしての、ごめんなさいも言わない人だ。
だから。
母宅に着く30分前に電話しないことにした。
私たちのために、玄関、開けっ放しになるなんて、ごめんだから。
「犯罪に巻き込まれるよ」と、三白眼でコハルが告げると、母は、「巻き込まれてもいい」と吐き捨てた。
いつか、三面記事に載るかもしれない。それ、うちの母。てへぺろ。
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