第12話:地下2階3

水が足首程度の深さと分かるのは、そこに何かがいたからだ。

背はそれほど高くはない。小太りな体格で頭部が大きい。壁の照明の光に照らされて、銀灰色の体、恐らくうろこで覆われているのだろう、それをてらてらと輝かせている。

手には槍のように長いものを持ち、その先端はハサミのような形をしていた。腰には何かつぼのようなものをぶら下げている。

「マーマンか‥‥」

すでに目が合っていた。左の通路にいるのも同じマーマンだろうか。うまく立ち回らなければ挟み撃ちになってしまう。

「左のはまだ遠いと思う。どうする?」

「マーマンに背中を見せるわけにはいかないだろう。どう考えても襲われるからな。やるしかないだろうよ。エディ、左の通路を埋めてくれ。俺とフリアが正面に詰める、フェリクス、カリーナ、援護だ」

言うとクリストが剣を抜く。

それに反応したのか正面のマーマンが手に持った棒を構えた。

クリストが激しい水しぶきを上げてマーマンまでの距離を詰める。そしてフェリクスからはファイアー・ボルトが放たれ、マーマンの顔の辺りに炎の矢が命中する。

続けてカリーナも魔法を使おうとするが、その前にマーマンの周囲に光る板のようなものが発生し、マーマンを守るかのようにゆっくりと回り始めた。

「え、こいつ魔法を使うの!?」

驚いたカリーナが準備していた魔法を止め、別の魔法に切り替える。

「サイレンス! よし入った!」

音が消えたことが分かったのか、マーマンが驚いたような顔をする。

そこへ迫っていたクリストが剣を振るうが、手に持つ棒に遮られて大きくは傷つけることはできない。迎え撃つマーマンも口を開けてかみつこうとするが、クリストはそれを横へ跳ぶようにしてかわした。

そこへ放たれたフェリクスのマジック・ミサイルが立て続けに顔に命中し、嫌がったマーマンが大きく棒を振り、さらにクリストにかみつこうとする。

そのクリストは相手の動きを利用するようにして間合いを詰め、マーマンに切りつけるが、これは浅い。

それまでサイレンスのために精神を集中させていたカリーナが部屋の隅をちらりと見る。

今度はマーマンが先に仕掛け、クリストに向かってハサミの大きく開いた棒を振るう。それを切り払う形でかわし、再度間合いを詰めたクリストがかみつこうとする顔に向かって剣を振るい、顔面に大きな傷を付けることに成功する。

「マイナー・イリュージョン!」

カリーナが魔法を発動する。このタイミングでサイレンスは切ったのか。

よろめいたマーマンのすぐ近くて激しい爆発音が響き、これに驚いたのか傷ついていた顔を思わず向けて動きが止まってしまう。

「‥‥とどめ」

そしてその背後から、心臓に向かって深くフリアのナイフが突き刺さる。今まで壁際を気配を消して移動していたフリアが、ここで急所に向かって一突きを入れたのだ。


崩れるように倒れるマーマンを確認すると、クリストはすぐに通路に戻り、エディの援護に向かう。この状態だ、通路の何者かも気がつくだろう。

戻ってみるとまさにエディと別のマーマンが戦闘を開始していた。ガン、ガンと何かを盾にたたきつける音が響く。

「すまん待たせた」

「ああ、こいつはそこまでの相手じゃない。防ぎきれる」

マーマンは手に持った槍を突き入れるが、エディの盾の前に意味をなさない。

「槍ごと押し込むぞ、左に入ってくれ」

エディがマーマンの槍をそらすように盾を動かすと、そのまま前進して間合いを詰める。槍が完全に右側に流れてしまったためにマーマンの体勢も崩れ、体の右側が開いてしまっていた。

そこへクリストが踏み込むと強い一撃を入れる。胴体が大きく切り裂かれ、マーマンが膝を着く。まだ抵抗する意思があるのか口を開けてかみつこうという姿勢を見せたが、そこへエディが抜いた剣を突き入れてマーマンの動きは止まった。


「よし、いいな。フリア、気配は他にあるか、大丈夫か? よし、休憩だ。そこの扉のところなら地面もぬれていないだろう」

マーマンが完全に動かなくなっていることを確認したクリストが宣言する。

一方通行の扉の前は地面が水でぬれていない。そこに集まって一時休憩となった。

「どう考えても2階の脅威度じゃないだろう」

「1階があれで2階がこれだ。冒険者が入るとしてEかDか。Dでもどうかと思うような場所だな」

「あの動く鎧を突破できるパーティーならここも大丈夫っていうことじゃないの? そうなら適正な気もするわよ」

ここはまだ地下2階だ。1階でラットばかり狩って下りてきたらこれでは目も当てられない結果になる。今のマーマンの所まで来なくてもいい、アニメイテッド・アーマーとフライング・ソードの時点で十分に危険だ。

「のぞき窓は中の鎧を見てよく考えろってことなんだろうね。勝てるのならこのエリアでも大丈夫、勝てないのならそれまで」

フェリクスの感想の通りなのだろう。

勝てるレベルだったら、このエリアのマイコニドを見ても対処できるだろう、マーマンとの戦闘もこなせるだろうということだ。

「マイコニドは知っていれば大丈夫だが、マーマンがきついかもしれんな。一方通行と罠のせいで撤退もできない」

部屋のマーマンと戦っているところへ通路のマーマンが横か背後から襲ってくるということは十分にあり得る。対応できるだけの余裕がある状態で挑んでいれば良いが、そうでなければ厳しい戦いになってしまう。

背後が完全にふさがれていて後退することはできないのだ。通路へ逃げ込んで何もいなければ逃げ切れる、そこに賭けるしかなくなる。

「さて、勝った俺たちは戦果を確認したいところだな。マーマンてのはエラを取ればいいんだったか」

「そうだな、それで種族が分かるはずだ。魔石は胸だったな。あとはあの武器か」

「よっし、俺たちが回収してくる。まだ休んでいていいぞ」

クリストとエディが立ち上がるとマーマンから戦果を確保するために移動する。マーマンのエラを切り落とし、魔石を胸を切り開いて取り出すと、持っていた槍とハサミの付いた棒、そして部屋にいたマーマンが腰に下げていたつぼを回収した。

「部屋は特に何もないんだよな。マイコニドが餌場を作っていたからこっちもと思ったんだが、何もない」

「もしかしたらそのうちいけすか何かができるかもしれないぞ」

「ああ、それもあり得そうだな」

一応、部屋の地面を満たしていた水を革袋にくんでから休憩場所に戻ると戦果を降ろす。エラと魔石などはギルド行きが確定として、武器とつぼだ。

「こいつは普通の槍だな。特に変わったところもない」

「こっちはハサミの部分が手元で動かせるのか。これで挟んで相手の動きを封じるのか? そんな形に見えるが」

ハサミの部分には突起があるだけで、それ自体に攻撃力はないように見えた。挟むことを目的とした機能なのだろうか。いずれにせよ珍しい武器ではあった。

「持って帰ってギルドに放り投げよう。それでこっちのつぼは何だ? 何か入っているのか?」

「うーん、空だね。何も入っていない。でも重いんだよね、どう考えても何か入っている重さなんだけど」

「どれ、ああ重いな。うん? 振ると音がするな。水が動く音だと思うぞ」

「周りに付いているのは魔石に見えるね。これは魔道具っていうことでいいんじゃないかな。ギルドに鑑定してもらったほうがいいよ」

中が空なのに水の入っている音がして、そして中身が入っているような重さがある。何かしらの使い道がありそうな魔道具に思えた。

「よし、こんなもんか。それでこの通路の先だが、左に曲がっていたな。地図を見る限りだと、何となくだが、この、さっきフリアが水があるって言っていた場所につながるんじゃないか」

「ああ、確かにそうだね。そんな感じの位置だ。そうすると最初の部屋に一方通行の扉を使って戻れるってことだね」

「よし、とにかくそこまで確認して地図を埋めてしまおう」

方針を決めると隊列を組み直し、通路を進む。

足元は相変わらず水浸しで歩きにくい。それでも照明のおかげで不安もなく進むことができ、そして追加のマーマンに出会うこともなかった。

マイコニドの場所から戻る時にも使った通路に出ると、一方通行の扉を通って最初の部屋に戻ることができた。

「さて、ここからどうするかだ。まだ魔法に余裕は? まだいけるか? 2階の最初の通路は魔物がジャイアント・ラットだった。あれが普通で、このエリアが特別だというのなら、他の扉の先はそこまでの難易度にはならないはずだ。もう1カ所どこかを調べて、そこ次第ってことにしよう」

このエリアの魔物は強すぎる。どう考えても地下2階の難易度ではなかった。

それに対して最初の通路に現れた魔物はジャイアント・ラットとノーマルのラットの組み合わせだった。これならば通常の地下2階と考えておかしくはない。

もう1カ所調べてそこの魔物が通常の範囲であれば、やはりこのエリアが特別だったということになる。

まずは階段に近い扉から調べてみることにした。


「鍵あり、罠なし、気配なし」

アニメイテッド・アーマーのいた広い部屋を通り、階段に続く長い通路を戻ると左の分かれ道へ入り、そして扉を確認した。

ランタンの明かりの下でフリアがカチャカチャと鍵穴を操作すると、カチリと小さな音がした。

「ん、開けるよ」

そっと扉を押し開ける。その先は四角い部屋になっていて、全ての壁に扉があった。

フリアが右側から順番に扉を調べていく。

「右から鍵なし、罠なし、気配あり、ジャイアント・ラットかなあ、動いているね。正面、鍵なし、罠なし、気配なし。左、鍵なし、罠なし、気配遠くにあり。遠ざかっていてよく分からなかった。脅威度としてはジャイアント・ラットくらいかも」

「やはりこのダンジョンの通常の2階ってのはこれくらいのようだな。それが分かっただけでも十分だろう」

あとはどの扉の先から調べるかだ。右と左は魔物あり。正面はなし。

「正面から行くか」

「分かった、開けるよ」

気配のない扉に張り付くとそっと開ける。その先は通路になっていた。フリアが慎重に通路に入り、他のメンバーもそれに続く。通路の先は右に曲がっていて、そして扉にたどり着いた。

「鍵なし、罠なし、気配、遠くにあり。右の方かな、これはさっき感じたジャイアント・ラットなような気がするよ」

「先を確認してみよう。慎重にな」

うなずくとフリアが音がしないようにそっと扉を開けてのぞき込んだ。

「部屋になっているね。右に通路、左に扉。待っていて」

クリストに扉を開けておくように告げると部屋の中へと滑り込む。

左の壁にある扉の所まで移動するとそれを調べて手招きをする。危険はないようだった。

先に扉を開けて中へと進んだフリアを追うようにして他のメンバーも続く。背後の通路からはまだ何も気配はしない。

「気配なしだよ。大丈夫」

扉に入ったところでフリアが告げる。

通路になっていて、すぐそこに左への分かれ道も見えた。

「ちょっと確認する。待って‥‥うん、正面の通路、行き止まり。左は先で右に曲がって左に曲がって、扉」

「分かった。扉だな、行こう」

通路を左の分かれ道へと入り、右、左と曲がると正面に扉があった。それにフリアが張り付くと、すぐに満面の笑みを見せた。

「やったね、大当たりだよ。鍵なし、罠なし、気配なし。中で水の音がする。これ、たぶん階段の部屋じゃないかな」

「ここがか。随分と近い場所にあるんだな。よし、入ってみよう」

扉を開けると正面には確かに下り階段があった。地下3階への階段だ。そして部屋に入った左側の隅には1階の階段室と同じように水場が設けられていた。

「決まりだと思っていいんじゃないか。このダンジョンの階段室には水場がある。ここで休憩をして、先に進んでほしいんだろう」

「そんな気がするな。やはり、このダンジョンには意図のようなものを感じる」

「冒険してほしいんだろう。鍵を開けて、罠をくぐり抜けて、魔物と戦って。そうしてここで一休みしたらまた先へ進め。報酬には宝を用意してあるぞ。そう言っているような気がしてくる」

魔物と戦い素材と魔石を持ち帰る、それだけのダンジョンではない。宝を求めて先へ進めと、そう言っているかのようなダンジョンに思えてきていた。


地下3階への階段室から戻る途中、扉を開けようかというところでフリアが制止する。

「気配あり。これはラットだね、数は2。雰囲気からするとジャイアントとノーマルなのかな」

「さっきはうまいことかわせたが今回は駄目か、まあそういうもんだな。ラットなら魔法はいらないだろう、さっさと片付けよう」

フリアが扉に手をかけ、エディとクリストが剣を用意して待つ。しばらく様子をうかがっていたフリアがそっと扉を開け、部屋の中を確認する。うなずくと大きく扉を開け、そのまま部屋へと侵入した。

部屋の中央付近にジャイアント・ラットの背中が見える。そしてその右側にはノーマルのラット。

先行して部屋へ侵入したフリアが右のラットを急襲、続けてエディとクリストも剣を構えるとジャイアント・ラットの背中へ向けて突撃した。ラットが急襲に耐えられるものではない。そしてジャイアント・ラットが2人の突撃に耐えられるものではなかった。不意を突けた時点で戦闘は終わっていた。

「よし、片付いたな。さすがに不意を突けば楽勝だ。通路を移動していたようだったのはこいつらか? 入ってきたときはこっちの扉だったよな。そして位置を見るとこの通路の先が部屋につながりそうってことか、よし、埋めていくか」

通路の先は少し先で左右に分かれ、左側はまた少し先で今度は右に曲がり、こちらは行き止まりになっていた。そしてもう一方、右側はその先で扉に突き当たり、そして扉の向こう側はスタート地点の近くにあった四方の壁が全て扉になっている部屋だった。

「これでこの部屋の扉のうち3枚は埋まったか。残り1枚、どうする、まだ行けるか? 体力は、魔法は。よし、行くか。今回はそこまでは埋めてみよう」

方針を決めたところでフリアが扉を確認する。

「鍵なし、罠なし、気配、あるね、遠ざかって行ってるかな。‥‥、よし、開けるよ」

気配が遠ざかるのを確認してから扉を開けると、その先は通路になっていた。クリストの掲げるランタンの明かりを頼りにフリアが先行する。

「左にたぶん部屋、扉なし。その先は右に曲がっていて、さっきの気配はそっちにいったね」

「まずは部屋か、気配次第だが、来ると思った方がいいだろうな。エディ、先頭頼む」

フリアが部屋の中へ、そしてエディが通路をふさぐような形で先頭に立つ。

「あれー、部屋の真ん中に踏むタイプの罠。あとは何もなし。これはもしかしたらあれかも、運が良かったら宝箱があったのかも」

「ああ、ありそうだな。それで部屋の中央に罠、箱に釣られて引っかかりそうだ」

部屋の入り口には扉がない。そうなると部屋の奥まで簡単に見通せて、宝箱があればそれはすぐに気がつくだろう。そして宝箱に意識が向いた結果、そのすぐ前に設置してある罠に引っかかるのだ。あり得そうな話だった。

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