ダンジョン・エクスプローラー
或日
第1話:冒険者たち
フォラミ大森林の奥地に設けられたベースキャンプを出発してからどれだけの時間がたっただろうか。前日に確認していたアウルベアの巣穴まで、途中の木々に目印として結びつけたひもを見失わないように気をつけながら、下草の密集したルートを慎重に進んでいた。深い森ではあったが、なたで切り開いてあるので視界が遮られてどうしようもないということもない。ただ暑さと飛び交う虫が邪魔だった。
クリストの視線の先で、先行しているフリアの背中がちらちらと見えている。とにかくこのままルートを見失わずに進むことが今は重要だった。ザザザ、ザザザと葉擦れの音が絶えず聞こえてくる。キキキ、カカカ、ピピピ、どこかで動物の鳴く声が絶えず聞こえている。朝早くに出発したはずだがすでに太陽は高く、ジメジメとした湿気と足元を覆う草に体力を奪われていく。
視線の先でフリアが姿勢を低くし、後続に止まるようにと手で合図をした。どうやら目的地にたどり着けたようだ。クリストたちが立ち止まったところでフリアが一度振り返り、うなずくと一人アウルベアの巣穴を確かめるために移動を始める。それを待つ間に荷物を降ろし、巣穴に乗り込むための準備を進めていく。
しばらくするとカサカサという小さな音をさせてフリアが戻ってきた。
「いた。昨日見たやつだと思う。数は1」
「予定どおりだな。周囲は問題なさそうか? よし、カリーナは入り口で補助魔法、姿が確認できたところでサイレンス。エディは首、俺は腹、フェリクスはフロストバイト。フリアはこのまま警戒」
目当てのアウルベアが巣穴で寝ているだろう今が好機だった。事前の打ち合わせをもう一度確認すると入り口まで移動を開始する。崖の地面が露出している場所には大きな洞窟が口を開けていて、中は薄闇に覆われて見通せない。その手前に到達したところでクリストは用意しておいたランタンに火をともし、カリーナが前衛にブレスの魔法を使う。準備ができたところでエディが盾と槍を構え直し、洞窟の中に足を踏み入れた。
ゴツゴツとした岩肌を見せる洞窟には動物の骨が散乱し、中にはまだ肉がこびりついているような新しいものもあった。すでにフゴーという寝息も聞こえている。シェードを絞ったランタンの薄明かりが洞窟の奥で眠るアウルベアの背中を照らし出したところで、クリストはランタンを壁際に置くと剣を両手で握って構え直した。寝ていることが確認できたことでエディは盾を背に回し槍を両手で構え、そして洞窟内の音を消すためにカリーナがサイレンスを使用した。
アウルベアの寝息が消える。音が消えたことで移動の自由度を増したクリストがそのままアウルベアの頭の側を通り抜け洞窟の奥へと回り込み、エディは首の位置を確かめて槍を突き立てるために構える。
「フロストバイト」
サイレンスの範囲から外れて通路に待機していたフェリクスが氷結の魔法を使い、そのダメージを受けてようやく目を覚ましたアウルベアの首へ、エディが思いきり槍を突き立てると刃は根元まで潜り込み、ストッパーの位置でようやく止まる。これで放っておいても死ぬだろうが、暴れられて毛皮が傷だらけになるのを避けるために、腹の方へと回り込んでいたクリストが頭を上げようとしたことで露出した首元目がけて、こちらも思い切り剣を突き刺した。
白目をむき、口からはぶくぶくと赤いものの混じった泡、伸ばした足はピクピクとけいれんしている。念のため武器から手を離して、エディは盾を、クリストは腰のショートソードを抜いてそれぞれ構えていたが、アウルベアは再び目を覚ますことはなく、そのまま足も地面へとバタリと落ちた。
「よし、こんなもんだな。傷を凍らせてくれ、さっさと運ぼう」
ここからはこのアウルベアの、体長が3メートルはあろうかという巨体をベースキャンプまで運ぶ作業が待っている。フリアとエディが先行して警戒、フェリクスは血をまき散らすことのないように傷口を凍らせ、クリストが前足を担ぎ、カリーナがフローティング・ディスクの魔法の円盤に腰から後ろを乗せて押していくのだ。
散乱する骨を踏み砕きながら洞窟を出ると太陽はすでに頭上、これからまだまだ暑くなるだろう。草の生い茂った歩きにくいルートを戻ってくると、待ちかねていたギルドの職員がアウルベアを引き取り荷車に乗せ、大急ぎで町までの道を馬に引かせて帰って行く。
ここは森で働く人々のためのキャンプ地でもあり、寝泊まりのできる小屋や休憩のためのあずまや、煮炊きするためのかまどもある。近くには小川も流れていて水の補給もできるのだ。クリストたちも水をくみ、ぬらした布で汗を拭き、先ほどまで職員が使っていたかまどの火をもう一度おこして湯を沸かして休憩を取る。これで地元の人々のアウルベアの討伐依頼と、領主のアウルベアを丸ごと欲しいという依頼の両方が片付き、ようやくこの地で受けていた全ての依頼を達成することができたところなのだ。慌てることはない、今は一休みという時間だった。
彼らは冒険者ギルドに登録しているBランクパーティーとして知られている。同じナヴァーラ国のウルクルという地方の出身、そして年齢の近い仲間で構成されているということもあってか注目され、ギルドや周囲の人々からは「ウルクルの希望(ウルクルズ・ホープ)」と呼ばれていた。本人たちは一度もその名を使ったことはなかったが、たかが冒険者が希望と呼ばれる程度にはウルクルは田舎で、否定する必要もないだろうとそう呼ばれることを受け入れていた。
クリストはまだ少年の頃に生まれ育った小さな町を出て戦士の育成を専門とする道場の門をたたき、それ以来バトルマスター一筋の戦士だ。いくつかのパーティーを渡り歩いたあとは同じウルクルの出身だというエディ、フェリクスと出会い組むようになった。
そのエディはクリストよりも体が大きく頑丈で、盾や長柄の武器にも長けていたこともあって役割分担がうまくできていた。フェリクスはクリストと同じ町の出身で顔見知りでもあり、力術系統を修めた魔法使いとして優秀だ。
カリーナ、フリアは同じウルクルの出身ではあるが町は違う。二人はナヴァーラの首都にあった学園で学んだ仲で、卒業後は一人でローグとして冒険者活動をしていたフリアが先にパーティーに加わり、すぐに知り合いだというカリーナを誘っている。カリーナは卒業後に幻術系統の師の元を出て別の系統を学び、実践の場を求めていた。
5人そろってからの活動期間もすでに長く、ナヴァーラだけでなく他の国でも害獣退治や未開拓地の調査、迷宮の探索などを請け負い、今のところ失敗もないことからBランクという高い評価を得ていた。ここクント・キーパ国に来たのもすでに一年前、ドゥミサの町に来てからも3カ月になろうとしていた。
ドゥミサのギルドに戻ると表に止められた荷車からはすでにアウルベアの死体は運び出された後だったようで、窓口ですぐに依頼達成の手続きが取られた。
「お疲れさまでした。これで討伐依頼も獲得依頼も達成ですね、ありがとうございました」
「もう持っていったのか?」
「はい、届いてすぐに連絡したところあっという間に。アウルベアを丸ごとなんてどうするのか知りませんが、こちらとしては十分な金額をいただけましたからね」
魔物を剥製にするのか毛皮にするのかは分からないが領主の趣味としてそうおかしなものでもなく、金持ちの道楽としてとくにそのことに感想もない。依頼が問題なく達成できたということが全てだ。
手続きも終わり、これでこの町でやることは今のところもうない。次はどうするかを話し合うかというタイミングで、一通の封書を持った別の職員に呼び止められた。
「こちらをご確認ください。別の支部からのものですが封蝋もされていますし公印も押されています。ギルドからの正式の依頼という形になると思いますよ」
受け取った封書には確かに封蝋と、そして見覚えのない地名の入ったギルド支部の公印が押されていた。この形はギルドが正式に依頼したいことがある場合に使う様式で、通常の依頼よりもより高い評価が得られるものだった。それだけに難易度の高いものも多く、そして機密性の高いものも多かった。
「ありがとさん、会議室を貸してもらえるか、中身を見たい」
ギルドの会議室であれば情報が外へ漏れないように作られている。こういった依頼の内容を確認するにはうってつけの場所だ。職員もうなずくとすぐに会議室の鍵を出してきた。そうなるだろうと事前に用意しておいたのだろうその鍵を受け取り、クリストたちは会議室へと入っていった。
「それで、どんな内容だい?」
クリストの向かいの席に座ったフェリクスが身を乗り出すようにして聞いてくる。
「待て待て、今から開けるんだぞ。というか、これはどこの支部だ? ミ、ミル、ト、ミルトか? この辺では見ない地名だな」
「ミルト? ミルトっていったら隣の国じゃない、そんなところから依頼してくるなんてどんな難題よ」
「知っているのか?」
「知っているのかもなにも、ヴェントヴェールじゃない。えーとね、確かリッカテッラの州都だったかな。麦の産地よ。ここに来るまでに通ってきたじゃないの」
カリーナは知っていたようだがクリストは地名を聞いてもピンとこなかった。ただ通ってきた麦の産地と聞いて何となくあの辺だったかと思えた程度だ。
「それで結局、どんな内容なんだ?」
エディにも言われ、そのまま封を開けガサガサと書類を引っ張り出す。中には正式な依頼であるといった文言と依頼者のサインの入った紙、そして依頼内容が書かれた紙とが入っている。そのサインを見たクリストがその紙をテーブルの中央へと放り出した。
「ヴェントヴェール王国の子爵様とギルドの支部長が連名で出してきている、すげーな。で、依頼内容は、と‥‥うん? 何だ‥‥?」
クリストが言いよどむような内容だったということに、サインの入った紙を見ていた他のメンバーの視線が集まった。
「これは、すごいな。新しく見つかったダンジョンの探索を依頼したいそうだ」
依頼内容の書かれた書類をテーブルへと放り出すと、全員の視線がそちらへ移った。
ダンジョン、それは世界のあちらこちらに突然出現する迷宮だ。だいたいは地下深くに潜っていく構造になっていて、見た目は石材を組み合わせた城や宮殿のような造りをしていることが多いく、時折洞窟のような形のものも見つかることがある。魔物の巣くう迷宮として知られ、その魔物を狩って魔石や素材を得るために冒険者が最も活躍できる場所ともなっている。
だが近年は新規のダンジョンが見つかることはなく、どこも探索はおおよそ終わっている状態だ。そこへ新しく見つかったというこの情報だった。
「リッカテッラ州の北部にある森の中にダンジョンが見つかったのでその探索を依頼したい。国内にもいくらでも冒険者はいるだろうに、わざわざ僕らに頼むのかい? うん? これは、ああ、なるほどね、確かにこれは僕ら向きだね」
「なるほどって何よ? 見せなさいよ、ふーん? ああ、なるほど、これはなるほどね、分かったわ。いいんじゃないかしらね、面白そうよ」
「どれ‥‥ああ、これはすごいな、見たことのないダンジョンだ。いいんじゃないか」
フェリクスもカリーナも、そしてエディも納得し、最後にフリアがそれを受け取って内容を見ていく。
「みんな納得? そうなの? ええと? 通路に罠? え? 扉に鍵? ええ? 宝箱が見つかった?」
フリアがえー? という顔を上げる。
「なかったよなあ、そんなダンジョン。罠、鍵、宝箱ときた。正直なんだそれはって気がするが、だが子爵と支部長の連名で正式の依頼だ、これでうそってことも考えにくい。新しいダンジョンてだけでも面白そうなのにな。フリア、どうだ、罠だ鍵だってことで俺たちに依頼してきたってことは、当然おまえの腕を見込んでってことだろう。俺たちもおまえがやれるかどうかで判断するぞ、どう思う」
世間ではローグというクラスがそもそもあまり評価されていない。どうしてもシーフやアサシンという後ろ暗いところのあるクラスとして見られているせいだ。だが危険な状況を見極め、魔物や人の気配を察知する能力を持ち、罠や鍵の解除に優れている、その技術は戦闘以外の場面ではとてつもなく役に立つ。それを分かっているからこそ、ギルドからの紹介もあったとはいえ、一人でこまごまとした依頼だけを受けていたフリアをパーティーに誘ったのだ。戦闘ならばクリスト、エディ、フェリクスの3人がいれば大概の状況をこなせるが、それ以外の面を受け持てる人材を求めていたのだ。
「うん、いいと思う。できるかって言われたら分からないけれど、でもいいと思うな。私たちにはちょうど良さそうじゃない?」
盾役を務められるファイター、機動力と破壊力に優れたファイター、攻撃力のあるウィザード、回復と補助ができるソーサラー、そして斥候役であり罠と鍵の解除も可能なローグがいる。依頼内容どおりのダンジョンだとしたら自分たちにはまさにちょうど良いだろうと考えられた。
「ここでの依頼も終わったところだしな、ヴェントヴェールでの依頼ってのはいつ以来だったか、ナヴァーラに戻るにしてもどうせ途中で通る場所だ。新しいダンジョンてのもいい。行ってみるか」
次の目的地は決まった。現在地であるクント・キーパ国と、出身地でもあり自分たちの拠点でもあるナヴァーラ国との中間になるだろうか。ヴェントヴェール王国リッカテッラ州ミルト。そこで新しく見つかったというダンジョンの探索依頼を受けることを決め、彼らはドゥミサの町を出発した。
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