20
「偵察隊が、全滅──!?」
二週間ぶりにグランザムの血盟
ギルド本部となっている鋼鉄塔の上部、かつてヒースクリフとの会談に使われた
ヒースクリフは顔の前で骨ばった両手を組み合わせ、
「昨日のことだ。七十五層迷宮区のマッピング自体は、時間は掛かったがなんとか
それは俺も考えないではなかった。なぜなら、今まで攻略してきた無数のフロアのうち、二十五層と五十層のボスモンスターだけは抜きん出た巨体と
二十五層の双頭巨人型ボスモンスターには、軍の精鋭がほぼ全滅させられて現在の弱体化を招く原因となったし、五十層では、金属製の仏像めいた多腕型ボスの猛攻に
クォーター・ポイントごとに強力なボスが用意されているなら、七十五層も同様である可能性は高かった。
「……そこで、我々は五ギルド合同のパーティー二十人を偵察隊として送り込んだ」
ヒースクリフは抑揚の少ない声で続けた。半眼に閉じられた
「偵察は慎重を期して行われた。十人が後衛としてボス部屋入り口で待機し……最初の十人が部屋の中央に到達して、ボスが出現した
ヒースクリフの
「部屋の中には、何も無かったそうだ。十人の姿も、ボスも消えていた。転移脱出した形跡も無かった。彼らは帰ってこなかった……。念の
その先は言葉に出さず、首を左右に振った。
「十……人も……。なんでそんなことに……」
「結晶無効化空間……?」
俺の問いをヒースクリフは小さく首肯した。
「そうとしか考えられない。アスナ君の報告では七十四層もそうだったということだから、おそらく今後
「バカな……」
俺は嘆息した。
「いよいよ本格的なデスゲームになってきたわけだ……」
「だからと言って攻略を
ヒースクリフは目を閉じると、ささやくような、だがきっぱりとした声で言った。
「結晶による脱出が不可な上に、今回はボス出現と同時に背後の退路も絶たれてしまう構造らしい。ならば統制の取れる範囲で可能な限り大部隊をもって当たるしかない。新婚の君たちを召喚するのは本意ではなかったが、了解してくれ
俺は肩をすくめて答えた。
「協力はさせて
ヒースクリフはかすかな笑みを浮かべた。
「何かを守ろうとする人間は強いものだ。君の勇戦を期待するよ。攻略開始は三時間後。予定人数は君たちを入れて三十二人。七十五層コリニア市ゲートに午後一時集合だ。では解散」
それだけ言うと、紅衣の
「三時間かー。どうしよっか」
鋼鉄の長机にちょこんと腰掛けて、アスナが
いつまでも俺が視線を
「ど……どうしたのよ」
と照れくさそうに笑った。俺はためらいながら口を開いた。
「……アスナ……」
「なあに?」
「……怒らないで聞いてくれ。今日のボス攻略戦……参加しないで、ここで待っていてくれないか」
アスナは俺をじっと見つめると、少し悲しそうに
「……どうしてそんな事言うの……?」
「ヒースクリフにはああ言ったけど、クリスタルが使えない場所では何が起こるか
「……そんな危険な場所に、自分だけ行って、わたしには安全な場所で待ってろ、って言うの?」
アスナは立ち上がると、
「もしそれでキリト君が帰ってこなかったら、わたし自殺するよ。もう生きてる意味ないし、ただ待ってた自分が許せないもの。逃げるなら、二人で逃げよう。キリト君がそうしたいならわたしはそれでもいい」
言葉を切り、右手の指先を俺の胸の真ん中に当てた。瞳が柔らかくなる。口元にかすかな微笑が浮かぶ。
「でもね……。今日参加する人はみんな怖がってると思う。逃げ出したいと思う。なのに何十人も集まったのは、団長とキリト君、間違いなくこの世界で最強の二人が先頭に立ってくれるから……なんじゃないかな……。キリト君がそういうの
「……ごめん……俺、弱気になってる。本心では、二人で逃げたいと思ってるんだ。アスナにも死んで欲しくないし、俺も死にたくない。現実世界に……」
アスナの
「現実世界に、戻れなくてもいいから……あの森の家でいつまでも
アスナはもう片方の手で自分の胸元をぎゅっと
「ああ……夢みたいだね……。そうできたら、いいね……。毎日、一緒に……いつまでも……」
そこで言葉を切り、はかない希望を断ち切るように唇をきつく
「キリト君。考えたことある……? わたしたちの、本当の体がどうなってるか」
俺は虚を突かれて
「覚えてる? このゲームが始まった時の、あの人……
「……俺たちの体を、介護できる病院なり施設に移送するため……」
「それで、実際に何日か
確かにそういうことがあった。俺も眼前に浮かぶディスコネクション警告を見詰めながら、このまま二時間が経過してナーヴギアに焼き殺されるんじゃないかとはらはらしたものだ。
「わたし、多分あの時に、全プレイヤーが一斉にあちこちの病院に移されたんだと思う。ふつうの家で何年も植物状態の人間を介護するなんて無理だもの。病院に収容して、改めて回線を
「……うん。そうかもしれないな……」
「わたしたちの体が、病院のベッドの上で、いろんなコードに繫がれて、どうにか生かされてるって状況なんだとしたら……そんなの、何年も無事に続くとは思えない」
俺は不意に自分の全身が
「……つまり……ゲームをクリアできるにせよできないにせよ、それとは関係なくタイムリミットは存在する……ってことか……」
「……それも、個人差のある、ね……。ここじゃ《向こう》の話題はタブーだから、今までこの話を人としたことはないんだけど……キリト君は別だよ。わたし……わたし、一生キリト君の
その先は言葉にならなかった。アスナは
「だから……今は戦わなきゃいけないんだな……」
恐怖が消えたわけではなかった。だが、アスナが折れそうな心を必死に支えて運命を切り
胸の中に忍び込んでくる
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