第16話:後半 エジソン的ひらめき?

「ふうん、コレが予言の古龍眼なのね。こんな大きなのは初めて見たわ。それに、魔力の流れの経路がとんでもなく繊細…………」


 水晶の間に入るや、メイティールは物珍しそうに水晶を見る。ちょっとは立場を考えて欲しい。


 ルィーツアは表情を変えないが、クラウディアが緊張しているのがわかる。これまでの災厄の内、二回半が帝国絡みだったしな。当の本人は気にしていないと言うよりも、好奇心優先だろうけど。


「すぐ始められるのかしら」

「はい、ほぼ常にシグナルが来ている状態ですから」


 アルフィーナが答えた。そして、俺が準備するイーリスを見た。


「リカルドくんの実験にも役に立てるのですよね」


 本当に嬉しそうだ。その微笑みが俺には不安である。


「短期間テストするだけですぐに終わります。ですから、その……くれぐれも無理は……」


 俺は空の魔結晶を持ち上げていった。


「一つだけで良いのですか?」

「はい、それでも十分に重要な実験ですから」


 充填テスト用の深紅の魔結晶は最初から一つしか持ってきてない。アルフィーナを充電器代わりにするつもりなどない。あくまで、来たるべき深紅の魔結晶充填の可能性をテストするだけ。


 そして、極めて重要な実験であることは本当だ。俺はアルフィーナに、来たるべき戦いで”大規模”な深紅の魔結晶の充填が出来ることの意味を説明する。アルフィーナはしっかり頷きながら聞いてくれる。


 イーリスの準備をする。水晶に向けると、感魔紙の代わりに負の魔結晶で魔力を放出した深紅の魔結晶を設置する。


「お願いします」


 俺が言うと、アルフィーナが水晶に向かった。メイティールがびくっと体を震わせた。次の瞬間、魔力の渦が水晶から立ち上った。気のせいか前よりも強くないか……。


 少しでも早く終わらせることを考えないと。俺は慌ててプリズムに向かう光路の蓋を開け、紫の波長を深紅の魔結晶に当てる。砂時計を反転させる。


 メイティールも自分の実験を開始している。サンプルの魔力回路に紫の魔力を流す実験らしい。赤い魔力よりも深紅の方が演算が速くなる。紫なら更にという予想の検証だ。


 砂が落ちる一粒一粒がいらだたしい。決めていた時間が終わると、すぐに光路の蓋を閉じた。普通の魔結晶なら回復していることが十分解る時間はたった。メイティールも俺に頷いた。


「実験は終わりました。もう止めて大丈夫ですから」


 アルフィーナは素直に水晶から離れる。額には僅かに汗が滲んでいるが、少なくとも表情や足取りに変化は無い。むしろもう良いのかと首を傾げている。


 いやまあ、過保護と言われようと心配なんだよ。


「すごい出力ね。想像以上だったわ。十分効果はあるわ。ただ、回路の方が持つかが問題ね……」


 メイティールはやたらと感心している。


「それよりも。こっちのテストを頼む」


 俺は少し低い声で言った。アルフィーナは平気そうだが、俺の心臓に悪い。


「解ってるわよ。じゃあ、深紅の回復具合を見ましょうか」


 メイティールがイーリスの前に来た。俺は結晶をメイティールに渡す。メイティールはそれを手に乗せると目をつぶった。一秒、二秒と時間が経過する。……普通なら俺にも光が漏れるのは解るはずなんだが……。


「おかしいわね」


 メイティールが目を開いた。まじまじと掌中の珠を見る。そう言えば、少し気になることがあった、魔力の光が魔結晶を素通りしていたみたいな気がしたのだ。俺に見えるのは魔力そのものではなくて、間接的に引き起こされる光だから気にしなかったが。


「紫の魔力で深紅の魔結晶は充填できないってことか」


 俺は尋ねた。メイティールが首を縦に振った。当てが外れた格好だ。魔結晶の充填は魔力の波長が純粋であるほど効率が良い。水晶からの紫の魔力はその点理想的なのだ。それで駄目だと言うことは……。


「私はお役に立てなかったのでしょうか」

「いえ、そんなことはありません」


 俺は慌てて言った。


「ええ、喜ばしい結果ではないけれど、事前に上手くいかないことが分かったのは大きいわ」


 メイティールが言った。その通りだ、もし深紅の魔結晶をリサイクルできることを前提に戦略を立ていて、直前に駄目だとなったら大惨事になる。


「でも、ちょっと不思議ね。普通の魔結晶と何か条件が違うのかしら」


 メイティールが深紅の魔結晶を指先で転がした。


 可能性はある、魔力による魔結晶の重点が俺が想像するとおり”励起”だとしたら、丁度良いエネルギーを当てなければいけない。単に高いエネルギーの波長だったらという問題ではない可能性がある。前提として、電子と違って魔力のエネルギー準位はより単純だと思っていたのだが……。


「いや、待てよ。エネルギー準位? 電子の励起と同じ…………、あっ!」


 もしかしたら俺は根本的な考え違いをしていたのかも知れない。魔力は光で、魔導回路は電子回路というメタファーで理解していたが、考えてみればおかしい。魔導回路は光回路として理解しなければいけない。それはそれで問題ない。


 だがそうなると……。


「何か思いついたのねリカルド」

「ああ。いや、確証は無いんだ。ただ、一つ問題を思いついた。魔結晶の中で空になったのは何かだ」

「魔力……ではないのですか」

「ええ、もう一つ可能性がありました。魔結晶から負の魔結晶に流れたのが魔力じゃないとしたら……」


 俺の言葉にアルフィーナとメイティールが怪訝そうな顔になる。それはそうだろう、実際に魔力が流れているのだから。


「まずこれを試したい」


 論より証拠だ。俺は負の魔結晶とくず魔結晶を接触させた。光が出て収まる。コレでこの魔結晶は空になった。そして俺の予想なら……。


 魔力がちゃんと残っている深紅の魔結晶を手に取った。


「これで、空になったくず魔結晶を充填してくれ」


 そう言うとくず魔結晶をイーリスに設置する。


「……ただでさえ補充の見込みが外れたのにくず魔結晶の充魔に深紅を使うというのね」


 メイティールが納得いかなそうな顔で、深紅の魔結晶から魔力を引き出す。竜水晶によって純化された深紅の波長が、魔力を失ったくず魔結晶に当たる。しばらくして、俺はくず魔結晶を取り外し、メイティールに渡した。


「……あれ」


 メイティールは魔結晶をつまむとびっくりした顔になった。


「やっぱりそうか。魔力は充填されていない。そうだろ」

「…………え、ええ」


 メイティールは戸惑った顔になった。


「負の魔結晶が引き起こす現象の解釈、俺は完全に間違っていたんだ。流れてたのは魔力じゃない。魔結晶に閉じ込められている、魔力を引き起こす粒子だ」


 魔力というのは力の一種だ。前世だと重力、電磁気力、強い核力、弱い核力の4種類。そして、こちらの世界にはそれに加えて魔力だ。


 そして、前世の4つの力には全て共通の構造がある。それは力を”引き起こす”粒子と、引き起こされた力の粒子フォースキャリアが存在することだ。


 例えば電磁気力、電気の力の場合、光が力を媒介する力の粒子フォースキャリアだ。魔結晶から引き出される魔力も何らかの、前世の宇宙には存在しない種類の力の粒子によって担われている可能性が高い。


 そして、魔力が光子に対応するなら、”力の普遍的性質”から考えて魔結晶の中にあるのは……。


「要するに魔結晶はエジソンの電球と変わらないって事か……。じゃあ、負の魔結晶は負と言うよりも……」


 俺の頭の中で前世の概念がわき出し、全てを整理していく。


「リカルドくん?」

「多分大丈夫。ノエルも言ってたけど、リカルドがこういうおかしなことを言い出すと、きっと凄いことが出てくるの」

「そうなのですか? 私には分からないのに……」

「そうでしょうね。こっちの分野じゃ私とリカルドがどれだけ一緒に……」


 やっと前世で学んだ概念と繋がった。魔力は物理学の第5の力と以前から考えていて、しかも魔力の再充填が励起だと思っていながらこのザマだ。物理学徒なら一瞬で気がついた事だろうに。


 俺は自分に呆れながら、アルフィーナとメイティールを見た。何故か自慢げなメイティールと少しふくれたアルフィーナが対峙している。


 何があった?


 まあいい、説明はラボに帰ってからにしよう。俺の曖昧な理解だと言葉だけでは説明できないからな。

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