第6話こっくりさん その参

 翌日の放課後、従吾が高等部の生徒会室に入ると菊子たちが待っていた。

 机が片付けられていて、中央にぽつんと置かれていた椅子には女子が座っている。その離れたところで菊子と不安そうな女子が見守っていた。


「おう。遅くなったな……おいおい。何してんだよ」


 驚きよりも呆れが強い声になる従吾――それもそのはずだ。椅子に座っている女子はよく見ると縛られていた。背もたれに縄をかけられて、腕もしっかりと拘束されている。しかも暴れたのか髪が乱れていてぐったりとしていた。


「狐を祓うって言ったら暴れたのよ。だから拘束したの」

「あんたは口より手が出るタイプなんだな……そんで、そいつが白岡か」


 女子――白岡美優は従吾に「助けて……」と消え入りそうな声で懇願した。

 なるほど、確かに美を追求するくらいは綺麗だなと従吾は思った。


「岩崎さん、頭がおかしい……私には、狐なんてとり憑いていない……」

「だろうな。それで――そっちの人は?」


 縛られていない女子に水を向けると「この人は雨沢さん」と菊子が手で示した。

 雨沢は「お願いだから、美優を助けて!」と従吾に泣きついた。


「あなたなら、なんとかしてくれるって! 早く美優を元に戻して!」

「私には! 狐なんてとり憑いていないわ!」


 従吾は面倒そうにそのやりとりを見つつ「そんじゃさっさとやるか」と二つの勾玉を取り出した。

 赤黒くて禍々しいそれを「あまりいいものではないわね」と菊子は嫌な顔をした。


「呪いのグッズと変わりねえからな。あ、そうだ。一つ確認したいことがあったんだ」

「なによ? 言っておくけどあまり時間がないわ。先生に見つかったら退学処分になるし」

「分かってるよ。えっと、白岡だっけ」


 従吾は近くまで寄って――白岡は怯えている――その目を見た。

 正気を保っていると従吾には思えた。

 だけど、とり憑いている。


「いくつか質問に答えてもらうぜ。あんたはこっくりさんをやったか?」

「ええ。それは認めるわ。だけどね、こんな仕打ち受ける意味が分からない!」

「それで、狐にとり憑かれていないと」

「そうよ! だからこれを――」


 言葉を遮るように従吾は「次の質問なんだけど」と言う。


「両親の名前、言えるか?」

「…………」

「家族の名前だよ。言えねえわけねえだろ」


 涙目になった顔を俯く白岡。

 その様子を見た雨沢は「やっぱり……」と言う。


「狐にとり憑かれているから、こんなことに――」

「いや。狐にはとり憑かれていないぜ」


 従吾は雨沢を指差した。

 戸惑う彼女に対して――言い放つ。


「あんただよ。とり憑かれていたのは」

「……何を言っているの?」

「分かるように言い直してやろうか。あんたは――」


 従吾はひかげから教えられた真実を話す。


「あんたが白岡で、縛られているのが雨沢だ」

「……望月くん。意味が分からないのだけれど」


 何も聞かされていなかった菊子も戸惑っている。


「ひかげさん曰く、二人の魂は入れ替わっているんだとよ。こっくりさん――いや、こっくりさんに見せかけた呪いでな」

「ちゃんと説明してくれるかな」

「ああ。俺も聞いた話だからちゃんと説明できるか保証はできねえ。だから聞いたままのことを言う」


 従吾は黙ったままの白岡や呆然とする雨沢、そして突然のことに動揺している菊子に語り出す。


「雨沢は心優しい女の子らしい。ひかげさんはそう言っていた。だけど美にとり憑かれた白岡はそうでもなかった。外見は美しくても、心が清らかじゃなかった。ある日それに気づいたんだろうな。だから雨沢の心の美しさを手に入れようとした」

「それが、魂の入れ替えにつながるの?」

「違うな。本来の目的は白岡の穢れを雨沢に押し付けるつもりだった――だけど失敗に終わった。理由は知らん。ひかげさんもそこまでは分からなかった」


 菊子は頭痛を抑えるように額に手を置いた。

 状況が意味不明過ぎるのだろう。


「じゃあ白岡さんと雨沢さんは入れ替わっている……ならなんでこっちの雨沢さんはどうして何も相談しなかったの?」


 こっちの雨沢とは縛られているほうだ。

 従吾は「ひかげさんの勝手な想像だけどよ」と答える。


「二人の魂が入れ替わっただなんて、誰が信じるんだ? 頭がおかしいとしか思われないだろ」

「……当たり前ね。すぐに病院送りだわ」

「だから言えなかった。いつかは解決するつもりだったけど、その方法は分からなかった。そうこうしているうちに――白岡があんたに相談した。狐にとり憑かれているって」

「そこも分からないのよ。どうして白岡さんは自分を雨沢さんだと思っているの? 私を騙す意味がないわ」

「それに関しては簡単なことだぜ」


 従吾は呆然と立ち尽くしている白岡に近づいた。

 彼女は逃げることはなかった。


「呪いの効力で魂が奇麗になって――その副作用で記憶を失っているんだ」

「記憶喪失……?」

「ああ。ひかげさんは魂の入れ替えで不具合が生じたってよ。でも白岡には自分の姿になった雨沢の違和感に気づいた。そりゃそうさ。なんてったって自分の挙動なんだから」


 従吾は「それじゃ、二人を戻すぜ」と勾玉を差し出した。


「二人が勾玉をもって同時に鳴らすことで元に戻るらしい」

「……ちょっと待って。じゃあ今の私はどうなるの?」


 白岡は勾玉を凝視しつつ従吾に問う。


「せっかく、魂が奇麗になった私は――どうなっちゃうのよ!」

「お。その様子だと記憶が戻ってきたようだな。えっとひかげさんは無くなるって言ってた」

「嫌よ! なくなるってことは、死んじゃうってことじゃない!」


 自分の身体を抱きしめて震え出す白岡。

 その様子を雨沢は悲しそうに見つめていた。

 菊子は「一生、入れ替わったままでいるのは駄目よ」と厳しく言う。


「それに魂が奇麗じゃなくなっても――」

「やだ! 私は綺麗でいたいの! 身体だけじゃなくて、心も綺麗でいたいのよ!」


 美にとり憑かれた女子高校生は魂が再び穢れることを怖れていた。

 そんな彼女に従吾は「俺、こんなんでも本が好きでよ――」と言う。


「昨日読んだ『真理先生』って本の冒頭に書かれていたんだ。どうして人を殺してはいけないのかって問いがな。それに対して作中人物はこう答えているんだ。あなたが殺されていい条件があれば、それを聞かせてくれ。どんな時でも殺されるのが嫌だったら、少なくともあなたは人殺しをしてはいけねえって」

「…………」

「あんたは死ぬことを怖れているけど、そのままでい続けるってことは、昔のあんたを殺すってことじゃねえのか? 人を殺したら魂が穢れちまう。せっかく綺麗になった魂がな」

「うう、うわああああああ!」


 白岡は泣き崩れてしまった。

 従吾はそれをじっと見つめていた。

 菊子は雨沢を縛っていた縄を静かに外した。


「さて。勾玉、持ってくれや。別に魂が穢れていてもいいじゃねえか。これから清く正しく美しく生きればいいんだからよ――」



◆◇◆◇



「望月氏! 上手くいったようですな!」

「まあな。結構面倒なことになっちまったけどな」


 後日にオカ研の部室にやってきた従吾は「確かに返したぜ」と勾玉をひかげに渡した。

 大切に引き出しの中に仕舞うひかげに対して従吾は何か言いたげだった。


「なあ。どうして雨沢は入れ替わりを言わなかったんだ?」

「先日、説明したでしょう」

「違う。こっくりさんの直後だ。そんときに言えばこじれることはなかったじゃねえか」


 ひかげは「鋭いですなあ、ふひひひ」と不気味に笑った。


「本人に訊いたらどうですか?」

「訊いたけど答えてくれなかった」

「ならば僕の想像ですが――雨沢さんもまた、白岡さんになりたかったのでしょう」

「はあ? どういう意味だ?」

「傍にいる美人な同性。憧れないわけはありませんよ」

「なら誰にも相談しなかったのは――」

「これはあくまでも僕の想像です」


 従吾は面倒くさそうに「あんたが言ったんだぜ。雨沢は優しいって」と愚痴った。


「なのに腹黒い奴だったじゃねえか」

「相反するようですが、意外と矛盾はしませんよ。それにいずれ、解決に向かうでしょう。何故なら美容に熱心ではないですから」

「はん。そうかよ」

「それで、まだここに来ますか?」


 ひかげの言葉に従吾は「それこそどういう意味だよ」と目を細める。


「このような怪奇現象が次々と起きますよ。この学園はかなり起きやすいですから」

「その理由は……訊いても教えてくれねえんだろ?」

「ご明察ですぞ。今なら引き返せます。いかがなさいますか?」


 しばらく黙ったままだった従吾。

 それから「学園の平和を守るって柄じゃねえけどよ」と言う。


「俺ぁ不良だ。タバコも吸うし喧嘩もする。授業をサボるなんてしょっちゅうだ。でもよ、乗り掛かった船って言葉もある」

「…………」

「それに自分では名乗らねえけど、一応番長だって言われてる。学園を守るのも役目だと思うんだ」


 従吾は「嫌になったらやめるけどな」と笑って言った。


「これからもいろいろ教えてくれよ。頼んだぜ、ひかげさん」

「ええ。その言葉だけで十分です」


 こうして事件は解決したが、疑問点が残る。

 白岡美優が呪いを知っていた理由だ。

 本人曰く、ネットで調べたらしいが、そのサイトは消えてしまっていた。

 しかしそのサイトを見た人間はいるはずだ。

 今も誰かが誰かと入れ替わっているのかもしれない。

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