7 資源の解放と吸血鬼化が進む涼音 / 手裏剣

黒竜を討伐したその日から、ダンジョンの第1層は変わり始めた。

周囲の静寂が打破され、多くの人々が新たな希望を胸に抱きながら、採掘に向かう姿が見られるようになった。


「資源が解放された!レアメタルがザクザク手に入るんだ!」

一人の若者が仲間に向かって叫ぶ。その言葉に応じるように、周囲の人々の表情が明るくなり、彼らはダンジョンの入口に向かって急ぎ足で進んでいく。

涼音たちもその光景を見守っていた。


「こんなにも多くの人が集まるんだな」陽が言う。

「道が開けた。この資源を活かせれば経済も活性化するな」翔が冷静に分析する。


涼音はその言葉に頷きながら、周囲の様子を見渡した。

ダンジョンの第1層からは、色とりどりの鉱石が採掘される様子が見える。

レアメタルが大量に掘り出されていることは、彼女たちにとっても喜ばしいニュースだった。


「第二層にはもっと貴重な鉱物が埋まっているかもしれない。」

涼音がつぶやくと、陽が興奮気味に答えた。「それに賭けてみる価値はあるな」


周囲では採掘する人々が互いに声を掛け合い、協力しながら作業を進めている。

彼らの目には希望の光が宿り、仲間同士の信頼感が感じられた。

しかし、涼音たちはその光景を見つめながら、少し距離を置いているようだった。


「過信は禁物だ。」翔が警戒心を込めて言う。「ここにはまだ危険が潜んでいる。」


涼音はその言葉に賛同し、周囲の動きを観察する。「私たちも次の試練に向けて準備を整えないと。」


彼女はその後の戦闘に向けて心を引き締めた。黒竜との戦いで得た経験を活かし、次なる挑戦に備える必要がある。

周囲の人々が盛り上がる中で、彼女たちは冷静さを失わず、さらなる戦いの準備を進めていく。


「第2層の情報も集めておくべきだ。」涼音が提案する。

「だな、次のダンジョンにも注意を払わないと。」陽が答える。


採掘作業が進む中、涼音たちは自分たちの役割を果たすため、次なる行動を考え始めた。

新たな資源の解放は彼女たちにとっても大きな意味を持っていたが、同時に新たな試練が待ち受けていることを忘れてはいけなかった。


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涼音は、静かな夜の闇に佇み、深い呼吸を繰り返していた。

体の奥深くでうずくような熱が、彼女の理性を蝕み始めていた。


吸血鬼の血──それは彼女の意志を超えて時折彼女を支配し、制御できない衝動を引き起こす。

心臓の鼓動が異様に高まり、冷たい汗が額に滲む。

制御できない衝動…制御できない衝動…。


ふと、手元にある輸血パックを見つめると、視界がぼんやりと滲むような感覚に陥った。


「このままでは…」

涼音は静かに自分に言い聞かせるように呟き、輸血パックに手を伸ばした。


逃れる術はもはやなかった。

蓋を開け、パックの口を唇に近づけると、かすかな鉄の匂いが鼻腔を刺激する。

内なる渇望が一層強まり、彼女はほんの一滴だけを口に含むつもりで静かに吸い込んだ。


その瞬間、体中を駆け巡る温もりに、彼女は目を閉じた。

血液が喉を通り、体内を満たす度に心臓が高鳴り、冷たかった手足が徐々に温もりを取り戻すようだった。

それはほろ苦くもあり、甘美でもある奇妙な感覚で、意識の底でどこか懐かしいような、そして恐ろしい感覚が芽生えるのを感じた。


喉の奥が熱を帯び、わずかな渇きを満たすその一瞬の快感に、彼女は静かに陶酔するような感覚に捕らわれていった。


しかしその後、彼女の胸に押し寄せたのは深い自己嫌悪と恐怖だった。

冷静さを取り戻した涼音は、今飲んだ血の残り香を感じながら、視線を落とす。


口元に残った赤い痕を指先で拭い取り、目を閉じて耐え難い苦悩に身を委ねた。


「人間から離れてしまう…」

未来への不安が胸を締め付け、彼女は自分の手を見つめた。


その指先が少しずつ冷たさを取り戻していくのを感じるたび、彼女の心に沸き起こるのは、取り返しのつかない変化への恐怖だった。

いずれ、自分が完全に人間から遠ざかり、吸血鬼としての本能に支配される存在になるのではないか──その暗い予感が彼女の心を支配していた。


苦悩に沈むその姿は、どこか儚くも美しく、夜の闇の中で彼女の静かな孤独が際立っていた。

冷たい月の光が彼女の顔を照らし、切なげに閉じた瞳の陰影を浮かび上がらせる。

その哀しみを帯びた表情には、かつての人間らしさを失う恐怖と共に、それでも理性を保とうとする彼女の必死な意志が宿っていた。


彼女は夜の静寂の中でただ一人、血の渇望と人間でありたいという矛盾した願いに引き裂かれながら、冷たい風に髪をなびかせ、次第に訪れる変化への恐怖を胸に抱き続けた。


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