第8話 やっちゃえ、ばーさーかー
「帰還しなさい! 我が下僕、堕天使サリナス!」
「はっ! お疲れ様です。我無、フォルナ様」
いつもの部屋で俺は復活した。
堕天使膝枕でMPHPともに全回復。
いやー昨日はいいとこまでいったんだけどなあ。
ノリと勢いで押しきれそうだったんだけどなあ。
無理でした。
「我無、起きたか。よかった」
ベッドから身体を起こすと、クノスが本を読んで座っていた。
ブックカバーがついており、その内容はわからない。
「ああ、なんとかな。怒鳴って悪かったよ。なんていうか、切羽詰まってたっていうか...」
「いや、謝る必要はない。むしろ感謝している。ありがとう」
クノスは本を閉じ、俺の目を真っ直ぐ見てお礼を言った。
やだもう、こんな美人さんに感謝されるなんて!
死んだ甲斐があったってもんだな。
「ねえ、それよりも我無。あなた昨日、結構危なかったのよ。流石に毛の一本も残さず食べられたら、復活させられないわ」
「思い出させるな! せっかく堕天使の膝枕で忘れてたのに!!」
「あら、それは失礼」
フォルナのせいで思い出してしまった。
そうだ。
昨日俺は……。
俺はケルベロスに食された。
やつは俺の肉を糧に今日も生きている。
俺のなんの栄養もないであろう身体が、やつの血となり骨となり、あのモンスターを生かしているのだ。
あの犬公を絶対殺すマンになる。
俺は静かに誓った。
☆★☆★☆
そんな決意を胸に今日は、ケルベロス攻略についてみんなと話し合うことになった。みんなといっても、俺、フォルナ、クノスの三人だけだが。
セエレに何度か助けを求めたこともあったが、それでは実験の意味がないらしい。
この実験は恣意的に行わなければ意味がないとかなんとか。
とにかくこの屋敷で現状最強と思われるあのロリガキのアドバイスは期待できない。
俺とフォルナの部屋で話し合いは始まった。
ちなみにクノスも俺達の隣に最近部屋を与えてもらったらしい。
「俺は今のところは中衛ポジションといったところか。使える魔法は、ファイアボール、ロックガン、ウィンドとか中距離ものと、ロックウォール、土壁だな。名前は適当。今のところはこれらを組み合わせて、基本的には応用力の高いウィンドで適宜調整って感じだな。次は水属性を開発したいと思ってる」
「私は前衛しかできない。これからも前衛で頼む。やつのブレスは私が全て斬るから安心してくれ」
「高位悪魔である私は、後ろで戦況を俯瞰的に観察するわ。それと、我無の蘇生ね。この実験メンバーで、いちばん重要な役割はどうやら私のようだけれど、安心なさい。高位悪魔であるこのフォルナに任せておけば大丈夫よ。物事を円滑に進めるのは得意なの」
俺はフォルナの顔をじっとみつめた。
とてつもなく真面目なキリッとした表情の奥底には、「私を褒め称えなさい!」という承認欲求モンスターが潜んでいる。
何が戦況を俯瞰的に観察だよ、お前いつもマークと茂みに隠れてるだけだろ、とツッコミを入れたかったが、なんだか思い通りに動かされてそうで癪になってやめた。
「そういえば、フォルナ。お前いつも俺のこと蘇生してくれるけど、あの儀式にお前って必要なのか?」
サリナス様だけいればよくない?
それが俺の感想だった。
正直俺のメンタルがここまで保たれているのは、あの堕天使膝枕のおかげだ。
あれがなければ軽く自殺してると思う。
死後にあのご褒美があるから俺は頑張れているのだ。
「なっ、なにいってるの我無!! サリナスを下僕として召喚できる私がいるからこそ! あなたは復活できるのよ?」
「そもそも、なんでわざわざサリナスを召喚するんだ? いや、こちらとしてはなんの問題もないむしろご褒美なんだが。そんな間接的な方法を取る理由は?」
「あなた、もしかして悪魔が人間を蘇生できるとでも思っているの? そんなわけないでしょう? 悪魔の目的は人間を堕落させることなのよ。人間を堕落させることなく助ける悪魔なんて二流よ、二流」
高位悪魔であらせられるフォルナ様は、特大ブーメランを食らっていることに気が付かない。
平常運転だ。
このお方のIQはいかほどなのか、興味が湧いてきた。
いや、悪魔に人間と同じ思考回路を求めることが間違いなのかもしれない。
至らない人間で申し訳ありません。
「まあ、なんとなくわかったよ。サリナスの天使パワーがないと俺は復活できないってわけね。ところでクノス。その剣ちょっと見せてくれよ」
前々から気になっていたクノスの持つライ◯セーバーを俺は指さした。
「ああこれか、いいぞ」
俺はクノスが装備していた剣を受け取る。
(かっる!?)
想像していた以上に、刀身がない剣というのは重量がなかった。
これなら俺でも触れそうな気がする。
「そもそも魔剣士は、流魔剣と呼ばれる特殊な剣を使うんだ。刀身がない剣のことだな。この剣のメリットはとにかく軽いこと、剣を手入れする必要がなくかさばらない。それと、使用者の魔力次第でいくらでも切れ味を調整できる」
え? めちゃめちゃすごいじゃん魔剣士!
俺もこの実験が終了して、釈放されたら魔剣士になろうかな。
男のロマンだぜ。
「デメリットは持続時間だな。常に魔力を流して静の状態を維持しなければならないから、それなりに才能もいる。静の状態の維持が難しく、戦闘に集中できない人間がほとんどだ。まあ、私の場合は戦闘に集中するのが嫌すぎてずっと剣に意識を集中していたら、いつのまにか使いこなせるようになってたんだが」
それでクノスは戦闘中に、いちいち鞘に剣を戻す動作が多かったのか。
長期戦には向かない感じなのかな。
確かに、魔力を出し続けながら戦闘するのは大変そうだ。
「ちょっと俺も試してみていいか?」
「い、いや、我無、それはやめたほうが……」
「え? なんでだよ。いいじゃーん」
俺は机の上に合った円盾を装備した。
これがないと魔力出せないからな。
「う、うん。どうぞ」
「よしみんな離れてろ! いくぞ!!」
俺は鞘から剣を引き抜き、
そして念じた。
我らはフォースとともにあり、フォースは我らとともにあり。
すると、頭の中に緑色のしわくちゃゴブリンの顔が浮かんだ。
マスター! 俺はジェダイになります!!
何かが身体の底から湧き上がるような感覚の後、剣の柄から光が放たれた。
青白い光が。
ぺちょっ、と。
「あらー、我無才能なかったみたいね」
「ど、どういうこと!? フォースは? フォースはどこなの?」
「流魔剣は、静の状態維持の才能の有無が顕著に現れるからな。で、でも安心してくれ。まだ我無はこの世界にきて日が浅い。特訓すればそれなりに扱えるようになるはずだ! きっと、多分、一分くらいなら……」
マスター。
才能がないのにどうして僕をフォースの道に導いたのですか。
ダークサイドに堕ちていいですか?
俺はガクンと肩を落とし、クノスに剣を返した。
「そ、そうだ! 流魔剣は無理でも、他の魔法の静の状態維持ならなんとかなる……とおもう。この剣は特殊なんだ」
「そ、そう?」
「そ、そうだぞ! 私が特訓に付き合ってやるから、だから、そんなにしゅんとするな」
「……わかった」
「ああ、任せてくれ」
俺の顔を覗き込んだクノスは、銀髪を靡かせながらなんとか俺を励まそうと必死になっていた。
そうは言っても、らいとせーばー、つかえない、かぁ。
☆★☆★☆
想像以上にショックを受けたようだ。
クノスにあんなかっこいい姿見せられたのに、俺は使えないなんて……。
食堂でパンを貰った俺は、何も考えずそれをかじりながら屋敷を徘徊していた。
気がついたら地下まできてしまったようだ。
やっぱり暗い気持ちになるとそういう場所を求めるのだろうか。
用ないし、帰るか。
と、思ったら牢屋の方から何やら音楽が聞こえてくる。
(なんだ、この異世界に似つかわしくない電子音は)
電子音に誘われるように、俺はとある牢の前まで来てしまう。
そこで目に入ったものは、曲に合わせてあどけなく踊る、小学生くらいの身長をした魔族っ子だった。
おでこ、赤髪に薄桃色の瞳、特徴的な頭部にある角。
後頭部から生えたそれは、ゆるく湾曲しながらちょこっと天に伸び、腰からは申し訳程度に翼を生やしている。
踊る彼女は裸足で、きれいな素足が見えた。
彼女は俺の牢の元隣人。
その不可解すぎる光景に、俺は持っていたパンを思わず落とした。
(理解が追いつかない。そもそもこの曲とダンスは何? っていうかなんで牢屋でソロダンスしてるの? 流石の俺でもそれはしないぞ)
「「あ」」
腰に生えた羽をパタパタさせる彼女と目が合ってしまった。
こういうときってどうしたらいいんだ?
世の親たちは自分の子供が部屋でナニかをしているのを見た時、どんな対応してるんだ?
「あっ、あなたは隣の牢にいた人ですね!! 久しぶりです!」
「ひ、久しぶり」
「あ、そのパン、もらってもいいですか?」
何の気なしな顔で彼女はしゃがみ込む。
これ、落ちてるパンなんですけど。
しかも俺の食べかけなんですけど。
でもまあ、そういうなら。
「どうぞ」
「ありがとうございます!! マイマスター」
ん? 今なんて言った? ま、マイマスター?
俺はこんな生き物召喚した覚えないんだが。
「じゃっ、じゃあ俺は戻るよ、頑張ってな」
こんないたいけな、というかイタイ少女、牢屋に閉じ込めたままなんて酷い! 男なら助けろ!
そういう意見もあるかもしれない。
でも、この屋敷の所有者はセエレ。
俺の直属の上司だ。
俺は彼女には逆らわない。
というか、目の前の魔族っ子には関わりたくない。
「待ってください マイマスター!」
「あの、そのマスターってのはやめてくれない?」
「では訂正して。BIGGBOSS。命令を!」
「はい? 俺はいつからお前のボスになったんだ?」
「そういう教義ですので」
(??????????????)
さっぱり理解が追いつかなかった俺は、虚空を見つめながら頭を冷やす。
その間少女はブーツを履き、分厚い本を閉じた。
そして、魔道具らしきものをポケットにしまうと電子音が消えた。
ど、どういうことだ?
考えろ我無。
彼女の持ち物、種族、言動から推測するんだ。
オタクで日本人な俺ならできるはずだ。
まず、彼女が腰に装備した分厚い本。
あれは、おそらく教典かなにかだ。
『教義』という発言からそれは推測できる。
『教義なので』ということはその教義に従っての行動か?
次に種族。
どこからどう見ても魔族だ。
角生えてるし羽もある。
魔族……この世界の魔族がどんな生物かは分からないが、こういう場合は比較すればいい。
人間と魔族。
常識と非常識。
知恵と暴力。
……そうか、彼女は戦闘狂かなにかだ。
そして俺に因縁をつけた。
おそらく前回彼女の頼みを聞いてやらなかったからだろう。
だからこうして、マスターとかボスとか言って俺の庇護欲を掻き立てて、油断を誘っているに違いない。
ここまでの推測をまとめ、俺が導き出したアンサーは。
「よし。無視して帰ろう」
「帰る。わかりました!」
俺が回れ右すると、彼女は元気な声で復唱した。
「継脈展開!!」
「え? は!? ちょっと!?」
彼女が腰の教典に触れると、それは鈍く光り出した。
そして、トランプシャッフルマシーンから射出されるトランプのように、本のページが宙に射出され、彼女の周りを旋回する。
ドーム状に展開された無数のページは、それぞれの魔法陣を宙に残し消滅、それらは線で繋がれ……。
「
一瞬の光の後、発射された極太ビーム。
それは、鉄格子を貫通、前にある牢屋も貫通、地下に太いトンネルのような穴を開けた。
「おっまええ!! なにしてくれてんのおおおお!?」
「ボスが帰るかと言ったので! まずは、牢をでるのが先決かとおもいました!!」
「思いましたじゃねええよ!! そもそもお前に言ったんじゃねええ!!」
彼女のきれいなおでこを親指でぐりぐりしながら詰め寄る。
「そ、っそんあ!! こと、いわれましても!! や、やめてください! おでこぐりぐりしないでくださいっ! こまりますっ、こまります!」
「困ってんのはこっち——あっ!?」
鳴り響く警報。
地下は真っ赤に警報ランプで照らされた。
「まずい……」
これがバレたら俺はきっと無職だ。
そんなぁ。
まだかろうじて引きこもりであって、無職ではなかったのに。
セエレ様がいないと、俺この世界で生きていけないのにいい。
「お前のせいだからなこのやろう! このっ、このっ、このおでこちゃんがぁ!! 俺は何も命令してないからなぁ!!」
「そ、そんあっ、ボスはボスです!!」
彼女のおでこを親指でぐりぐり圧迫していると、
「二号?」
「ひっ!?」
突然、後ろから声がした。
そうだった。
うちのロリボスは瞬間移動できるんだった。
セエレは神出鬼没。
彼女から逃れることはできない。
振り返るとサングラス無しのセエレが居た。
身支度の暇もなく飛んできたのだろう。
「いや、これには深いわけが……あるわけでもないんですけど、見ての通りなんですけど、でも俺は悪くないんですけど……」
「私はボスの言葉に従いました!! いじょうっ!!」
「おい!!」
「はぁ。警報解除」
セエレがそう言うと警報は解除される。
鳴り止んだ警報に俺はほっと一呼吸ついた。
さて、どう説明するか。
「二号はその子を実験チームに加えようとした。そうでしょ?」
「え? いや、別にそんな気はないんですけど。っていうか、むしろお断りというか——」
「別に遠慮しなくてもいい。私も最初は二号一人に、他者からの影響を受けることなくやってもらうつもりだった。でも、実験はトライ・アンド・エラー。結果が出れば、方法を抜本から変えることだってある。その魔族を仲間に入れて、また新たな特異反応が見られるなら、それでもよしと今は思ってる」
「あのいやだから仲間には——」
「実験メンバーにマンドラ・ノルガール・ペゴア追加……と」
クソッ、何故かわからんがセエレは仲間が増えることに好意的だ。
いやなんですけど。
とんでもバーサーカー手に入れた気分なんですけど。
このバーサーカー、『やっちゃえ、バーサーカー』って言ったらほんとに人殺しそうなんですけど!?
我無の言う事聞いてくれるの?
「ああ、あと二号。修繕費はあなたとフォルナの食費から抜くから。それじゃ、実験頑張って」
「……」
念じるのは風。
我無、タイミングを見極めろ。
セエレが瞬間移動する瞬間、そのコンマ何秒の瞬間を狙うんだ。
俺ならできる。
ルーレットの目押しと同じだ。
意識を集中、少女に集中。
(3,2,1,今!! ウィンド!!)
ふわっと浮いた研究服。
その直後、それに気づかず瞬間移動したセエレ。
今頃彼女は、書斎でなんだかスースーする下半身に違和感を覚え、その原因に知恵を巡らせ、五秒くらいした後に顔を赤くしていることだろうよ。
「さっ、流石ボス。瞬眼のセエレにその対応!! あっ、私のことはどうぞ『まのっぺ』と、呼んでください!」
まのっぺは左手を上げてちょこっと敬礼をした。
「とってつけたような敬礼しやがって」
「むっ、右でしたか!」
「そういう問題じゃない」
俺はその姿を見て深くため息をつく。
「とりあえず俺は部屋に戻る。お前は……勝手にしろ」
この際『まのっぺ』とか言う変な名前にツッコむのはやめた。
どっと疲れた。
これから実験なのに。
こういう時は堕天使サリナスのことを思い出そう。
溶け込むような低反発膝枕。
祈りを捧げて、心象風景に安らぎを得るのだ。
「ボス! お腹が空きました。さっきのパンをください!!」
ぴょんぴょん飛び跳ねるまのっぺ。
「ちょっとだまろうかぁ?」
彼女の姿を見る俺の額には、メキメキと血管が浮かび上がっていた。
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