第6話 えー、これはセクハラ案件です。



 堕天使の膝枕。

 つるつる、そしてすこしひんやりとしたその膝は、味わうごとに魅力を増していく。

 驚くべきことに日々発見があるのだ。

 今回は小さなほくろを右の内ももに見つけてしまった。


 

 これは俺の罪。

 大罪だ。



 その黒点を俺は一生誰にも明かすことなく心の奥底、堕天使のメモリアルロビー、サリナス様日記にしまっておくことにする。

 そして、俺の聖書にはあらたなる1ページが刻まれた。



『美人は3日で飽きると誰かが言ったが、堕天使は100年でも飽きない、そしてその堕天使の膝枕は1000年でも飽きることはないでしょう。信じるのです。そうすれば彼女はいつも君の心のなかに……』



「お疲れ様。もうかえっていいわよ」



 タイムリミット。


 世界の終わり。


 悪魔がもたらした終焉だ。



「はい。お疲れ様です。我無、フォルナ様」



 そう言った彼女はふんわりいい香りを残し消え去った。

 死の悲しみを超越するフレグランスだ。

 さようなら。

 またいつか逢いましょう。



「で、今何時?」


「今はお昼ぐらいね」



 どうやらお昼時らしい。

 お腹が空いた俺とフォルナは部屋を出た。


 食堂までの廊下、今日は何を食べるのかフォルナと会話する。



「私は今日はデザートにチョコレートケーキでしょ、それで冷えたワインを飲むことにするわ! これこそ漆黒の悪魔メニューよ! ふふふ」



 フォルナはワインが好きらしい。

 いつも飲んでる。


 セエレの屋敷には一階部分に大きな食堂がある。

 そこはかなり広いスペースで、団体客が何組と収容できそうな大きさだ。


 そんな食堂のメニューは様々ある。

 どうしてこんなにメニューがあるのかセエレに聞いたら、昔作成したゴーレムがゴーレムのくせに料理好きだったらしい。


 メニューを考えては作る考えては作るを繰り返したそうだ。

 セエレは一応探求者ということで、それを咎めることはしなかった。

 なんだかそのゴーレムは今は居ないみたいな語りになってしまったが、ちゃんと生きてる。


 そして、量産化されている。



「はいメニュー、一丁上がり!! モッテキナ!!」

「どうも」

「礼を言うわ」



 俺とフォルナはこの食堂おばさんゴーレム、略してSOGから食料を調達した。

 適当な席を見つけてそこに座る。


 ちなみに、他の席は何十体ものMk.0とMk.1が埋めている。

 殺人ゴーレムと執事ゴーレムだ。


 どうでもいい情報だが、Mk.0殺人ゴーレムは身体がでかすぎて椅子に座れない。

 だからある日どうするのかと観察していたら、長方形になり足を収納、そのまま机の高さまで縮んだ。

 器用なものだ。

 例えるなら◯ォーリーみたいな感じ。



「なあ、昨日なんでクノスが急に倒れたのか聞いてもいいか?」


「私にもわからないわ。彼女、我無がケルベロスに傷をつけた瞬間倒れたのよ」


「あー」


 それを聞いて大体察した。


 虫嫌い、怖いもの嫌い、次に来るのは血が嫌いだろう。

 本人のあの嫌いようじゃあ、嫌いというより生理的に無理なのだろうが。

 人間誰しも無理なものはある。

 俺だって引きこもりだったし、そういう気持ちはわからなくない。


 でも、魔剣士としてそれは致命的では?



「あっ、うぅっ」



 そんな事を考えていたらトレーを持ったクノスが居た。

 白いコートに銀白色の艷やかな髪。

 気まずそうな顔をしている。


 こういう空気は苦手だ。

 だから声をかけた。



「まあとりあえず座ってくれよ。な?」


「あ、ああ」



 トレーを置いて座ったクノス。

 その顔は苦虫を噛み潰したようだった。



「我無、昨日のことはごめんなさ……じゃなくて、すまなかった。本当に自分でも情けなくなってしまう」



 彼女の食事の手は一向に進む気配がない。



「まあ、そういうこともあるんじゃないか? 一応倒れた原因を聞いても?」

「私は血が無理なんだ。あれを見ると卒倒してしまう……」

 


 やっぱり血か。



「あ、悪魔と二号と……クノス。調子どう?」



 そう言って俺たちの席に立ち寄ったのはセエレだ。

 もう食べ終わったのかトレーは空。

 今はサングラスをかけている。



「私は元気よ。まあ、当然だけどね。高位悪魔だから、当然よ!」

「あそう。はいこれ二号、盾返す。次もよろしく」



 脇に資料を挟んだ彼女は、俺の前に円盾を返した。

 なぜか俺はセエレに二号という名で呼ばれている。



『なんでそんな物みたいな名前で呼ぶんだよこのおこちゃまパンツが!!』



 と言ってやろうかと思ったが、

 別になんて呼ばれようが生活に支障ないのでやめた。

 それに少女に物みたいに扱われるってのも……悪くない?



「それでー、クノスはうまくやってる?」

「わ、私は……くっ」

「まあ、がんばって」



 そう言い残したセエレは、にやっと笑うと歩き去ってしまった。

 俺は悔しそうな顔をしたクノスを見る。


 そういえば最近ウィンドしてない。

 多分、あいつも忘れていることだろうあの感覚を。


 探求者とか言うセエレ様に思い出させてやろうじゃないか。

 羞恥の感情を。

 そのまま新しい真理の扉が開けば万々歳だ。

 そうだろ?



「ウィンド」



 俺が掌から風を送ると、 ブワッとセエレの研究服は下からまくりあげられた。


 今日のパンツはゴーレムパンツ。

 可愛らしいゴーレムが中央で踊ってた。



「ん? な!? に、二号ッ!!」



 トレーを落とし、研究服を抑えるセエレ。



『『『セエレサマ、ロリパン! セエレサマ、ロリパン!』』』

『『『ロリガキセエレ、バクタン! ロリガキセエレ、ゴムパン?』』』



 それを見て、食事中だったゴツイ体格したMk.0たちが一斉に声を上げた。



「お! お前たちまで! その呼び方はやめろと言った!!」

「…………」



 無言で見つめる執事ゴーレム。



「お、お前はなに?」

「…………」

「……お、お子様ランチなんて、私が食べるわけ無い! 早くそのトレーをこのトレーと一緒に返してこい!!」



 無言のMk.1はどうやらセエレにお子様ランチを持っていったらしい。

『まったく!』と言いながらセエレは瞬間移動して食堂を後にした。

 ざまあ見ろだぜ、セエレ様。



「スッキリしたか?」



 クスクスと笑うクノスに俺は聞いた。



「え? ……うん。すこしな」



 そう言ったクノスの手は再び動き出した。



「ねえ、我無? 私、ワインのおかわり行ってきていいかしら?」



 ☆★☆★☆



 俺たちは屋敷の書庫にきた。

 ここに来た理由、それはもちろん情報収集だ。

 今日はまだ夜まで時間があるし、この世界についてある程度知っておきたい。

 あの犬公ケルベロスの対策情報も手に入れば文句なしだ。


 セエレは実験だとか言っていたが、俺は早くあの犬ころをぶっ殺してやりたくて仕方がない。



「なあ、フォルナ、クノス、今気がついたんだが」



 適当に選んだ本を開いて俺は呟いた。



「え? どうかしたのかしら?」

「どうした我無、なにか問題か?」


「俺、字読めないんだけど……」



 いきなり問題発生だ。

 今の今まで屋敷とあの森を転送で行き来していたせいで、全く気が付かなかった。


 食堂のメニューもSOGから口頭で教えてもらってたし。

 俺この世界の字、読めないじゃん。



「そうか、我無は転生者だったな。字は読めなくても聞き取れはするんだろう?」



 そうか! そうだ!

 読み聞かせしてもらえれば、俺にだって本の内容は理解できる。

 子供のときに散々してもらったことだ。

 人はみんな読み聞かせを経て、本の世界に想像をふくらませるんだ!


 でも、なんかちょっとこの年になって読み聞かせははずかしいな。



「恥ずかしいのか? 気にするな、知りたい本を言ってくれれば私がもってきてやる」



 できないことをできないままで済ませるほうがもっと恥ずかしいか。

 よし!

 ここはクノスに世話になるとしよう!



「わかった。じゃあクノス! よろしく頼む!」

「ああ、任せろ!」



 意気込んだクノスは元気よく返事をしてくれた。



 ☆★☆★☆



「かか、かっ、カノジョ、は……」


「ん? どうしたクノス? しっかり頼むよー。俺はその本に書かれていること一字一句そのまま、知りたいんだ。この世界の事情についてな。じゃあ、タイトルから頼む」



 俺の要望に対し、クノスは本で顔を隠しながら手をプルプルと震わせてその内容を読み始めた。

 よみきかせがはじまるよ!



「『き、禁忌の誘惑』。かか、彼女は深い夜の闇に包まれ、し、寝室にひとり佇んでいた。微かな明かりだけが、かのじょ、かっ彼女の美しい肌を照らしていた。長い黒髪が彼女の肩に軽く触れ、瞳は情熱と興奮? に満ちていた。


 窓から差し込む風が体を撫で、さらに彼女の心をかき、かきたてる!? 深呼吸をし、自分の中に眠っていた欲望をと、と、解き放った。この夜、彼女は自分自身と向き合う勇気を持ち、あ、あら新たな境地!? へと進む覚悟を決めたのだ。


 彼女はそっとベッドに寝そべり、自分自身の裸体!? にっに触れる。指先が肌に触れるたび、電流が彼女の全身を駆け巡る。彼女は胸元をなぞり、甘美な声が彼女の唇からこぼこぼぼぼれる。


 よ、より一層の快楽を求め、手をかふっかふ下腹部に滑らせる。身体はけけけけ痙攣し始める。高まるにつれ、思わず声を上げ、りゅ、りゅ龍封の地へと足を踏み入れていく。


 ふ、深く息を吸い込み、か完全に解放する。か、快感?! がちょちょ頂点に達した瞬間、激しさに包まれた。


 こっ、この旅が、彼女の内面に芽生えた!? 新たな自信と自己愛を育てることを心からね、願った……」



 読み聞かせが終わると、俺はパチパチパチと拍手をした。

 俺はこの朗読を一字一句聞き逃すことなく耳を澄まして聞いていた。

 そういえば、クノスは名家の元お嬢様らしい。

 いや別にそれがなんだって話かもしれないが。



 ———それが全てだ。



「いやー素晴らしい朗読だった。クノスお前、俺の世界だったら声優になれるな」


「うううううううう、そ、っそう? なら、ならいいんだけど……」



 彼女の耳は、先まで真っ赤に染まっていた。

 どうやら未知との遭遇だったようだ。



「おい、そんなに狼狽する必要がどこにあるんだ? クノス、俺はお前のおかげでこの世界のことがよくわかったよ。この世界の人間も、俺の世界の人間も、大して変わりないってな(笑)」


 俺からの感想を聞いたクノスはその本をパタンっと閉じ、返しに行ってしまった。


 え?

 鬼畜? クソ野郎? 女の子の敵?

 いくらでも言ってくれ、俺はそれを全部受け止めて前に進むよ。



「私たまに思うんだけれど、あなた私よりも数段悪魔よね。私が指導するまでもなく、あなたは人間のクズでゴミで女の敵よ。喜びなさい」



 フォルナの瞳は単色になっていた。

 悪魔として褒めるべきなのか、女として軽蔑すべきなのか、

 彼女はそんな感情の狭間で揺れ動いていたように思う。


 もちろん俺は前者として受け取った。



「ああフォルナ、ありがとう。この世界についてまた一歩、叡智を深めることができたよ」


「そう。それならこれを見てみなさい。あそこにいた司書ゴーレムが教えてくれたんだけれど。この本のリメイク版が、今この世界でベストセラーらしいのよ!」



 フォルナが持ってきた本はいわゆる大予言について書かれた本だった。

 終末論ってやつ。


 フォルナが読んでくれた内容を簡単にまとめるとこんな感じ。


 魔神と呼ばれる存在が、大昔この世界をむちゃくちゃにした。

 その魔神を呼び出した魔女がもうすぐ復活する。

 その魔女の名前は、崩壊の魔女カノン。

 彼女が復活すれば、その強大で無秩序な力によりこの世界は終わる。


 というものだ。


 ふーんという感じで話を聞いてきたが、ここは異世界。

 魔女が存在していてそれが復活、世界を破滅に導いてもおかしくはないのか?



「なあ、でも根拠はどこにあるんだよ?」



 それでも俺は21世紀生まれの日本人。

 データがなきゃそう簡単にお話は信じませんよ?

 それってなんかデータあるすか?



「データならあるわよ。えっと、この本が出版された時点のものだけど、ほらこのグラフを見てみなさい」



 フォルナはバッと両手で俺に向かって本を広げた。

 それに目を向ける。

 確かに、ある線が右肩上がりに上昇している。



「で、これはなんの上昇を意味するんだ? 俺は字が読めないんだが」

「そうだったわね。これは行方不明者の数よ。年々各地で行方不明者が上昇しているのよ」

「それがどう繋がりがあるんですかフォルナ様?」

「これは私の推測だけど、この本を読んでいてパチっとパズルのピースがハマったわ」



 高位悪魔のパズル遊び、再び。



「魔女が復活するといっても、完全に無の状態から復活することはできない。ってことはつまり、その器が必要になるのよ。意思とか記憶を引き継ぐためのね」


 つまり依り代ってわけか。

 それで多分、魔女復活を目論む組織やらなんやらが魔女様の器を探し回ってるってことだ。

 まあ、屋敷と森をひたすら往復する実験漬けの俺とは関係ない話だけども。



「お、クノスも知ってるか? この本いまベストセラーらしいぞ」



 本を戻してくるのに随分時間がかかったクノス。

 なんだかぎこちない動作だ。

 手を後ろに回しもじもじしてる。


 そんな姿のクノスを凝視し、俺はチラっと見えたそれを見逃さなかった。


 彼女、背中に本を隠し持っている。

 あの本を返しに行って持っている本ということは……。


 まあ、どんなジャンルの本を読もうとその人の勝手だからな。

 追求はしない。

 好みは人それぞれだ。


 むしろ俺は彼女がそういったジャンルに興味を持ってくれて、誇らしいよ。

 


「魔女の復活? あり得ないし興味ないな。そういった終末論は昔からある。これだけ世界が平和になれば、そういったジャンルを人々が求めるのは当然だ」



 さもそんなもの興味ないという顔でクノスは言った。


 案外リアリストなんだな。

 このむっつり魔剣士は。



「でも有り得る話だろ? 古の超強い魔女が復活して世界崩壊とかありそうじゃん」


「魔女なんてそんなに強くない。時代を超えて復活なんて無理だな。それよりも剣士の方がもっと強いぞ」



 剣士としてのプライドみたいなのがあるのか。

 剣士対魔法使いみたいな異世界あるある二項対立が、この世界にも存在するのかもしれない。



「じゃあ、クノス嬢はこのお話はあり得ないと? もしありえたらどうします?」


「そんなことあったら、さっきの読み聞かせをもう一回やって……やってやる! まあ、そんなこと絶対あり得ないがな。我無はこの世界に幻想を抱きすぎだ」



 余裕な笑みを浮かべるクノス。


 みんな、今こいつ言ったからな。

 ちゃんと言質とったからな。



「あ! 我無、時間よ」

「げ……」



 外を見れば日が暮れ始めていた。

 実験の時間だ。



「クノス、よろしく頼むぞ」

「……あ、うん」

「復活は任せておきなさい我無。傷ひとつ残さず完全復活させてあ げ る わ」



 俺はフォルナを無視して、 堕天使サリナスとどんな話題に花を咲かせようか考えながら実験の準備をした。

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