第4話 セエレロリガキ認定事件



 目を覚ますと天使が居た。

 真っ白な髪ははっきりと天使の輪を作るほど艶やかで、足下まで伸びている。

 その髪は足下の方、末端へ行くほど黒色に変わっていた。

 


「我無? 気がついたようですね」



 その笑みは決して取ってつけたようなものではなく、純粋な微笑み。

 適度に露出した、首筋、二の腕、太ももから健全な白い肌が覗く。

 そして、胸は大きくも小さくもない。


 大きさなんてどうだっていいんだ。


 そう思えるほどの安心感が、そこにはあった。



「あの……?」



 そして、俺が天使だと思った要因。

 頭上には少しヒビの入った漆黒の天使の輪。

 背中にはそれぞれ白と黒の翼をのびのび伸ばしてる。


 時折そっと動く翼は、


 作り物ではない現実味を、

 飾り気のない美しさを、


 俺に感じさせた。



「我無ー? もしもーし?」



 美しい、いや可憐だ。

 花に例えるなら、 少し背が低く、落ち着きがあり、その白い手を重ねる仕草は、

 天から寵愛を受けたカスミソウだぁ。



「あの……いつまで私をじっと見つめているのですか?」



 長いまつ毛の中で輝く紫色の瞳と目が合う。



「あ、すいません」



 おっといけない見すぎた見すぎた。

 いやー、最近なんだか嫌なことが続いてて、心が休息いやしを求めていた気がするんだよなー。

 多分そのせいだ。

 平時じゃあこんな絶世の美女を直視することなんてできないからな。


 よし、仕切り直そう。



「俺は死んだんですね? 天国でしょうか? 地獄でしょうか?」


「ええ、確かにあなたは亡くなりました。でも安心してください。復活できます」



 お! 復活できるらしい。

 でも俺、引きこもりの穀潰しだったしなあ。

 生き返ってもおばさんとおじさんに悪いような気がするんだよなあ。

 よし! 復活やめよう!



「復活は遠慮しておきます。世界は俺を求めていない。随分と、そんな気がする人生歩んできましたから。ツケは払います。いっそ、地獄にでも堕としてください」


「い、いえ。地獄にも天国にも私は送れませんよ。もう、面白い人ですね」



 クスッと笑う仕草も、可憐だぁ。



「自己紹介がまだでしたね。私はフォルナ様の第一の下僕、堕天使のサリナスです」



 天使じゃなくて堕天使なのかー。

 うん、そっちのほうがむしろいいな。

 それにしても、フォルナ?

 誰だっけ?



「ん? フォルナって誰ですか?」


「もう、冗談はよしてください。高位悪魔のフォルナ様ですよ。あなたはフォルナ様とケルベロス退治に行って、死んでしまったんですよ」



 その瞬間、俺の頭にふつふつと湧き上がる記憶たち。

 封印していた俺の異世界冒険譚。


 そうだった。

 俺、異世界でセエレとかいうロリガキの部下になったんだった。


 それで、無理難題押し付けられて、

 実験だからとかいわれて空中に転送されて、

 攻撃魔法使えない悪魔と一緒にされて。



「いっ、いやだあぁぁぁ!! ハァッ、ハァッ、ハァッ、ど、どうにかなりませんかねえ? 俺もう復活したくないんですけどお?」



 ダムは決壊。


 感情は崩壊。


 俺は復活したくない。



「そ、そんなこと言われても、私はフォルナ様の下僕なのでどうしようも……あ、そろそろみたいです」



 強制復活かよ!

 ちきしょうっ!


 でも、最後に聞きたいことが……。



「サリナスさん、僕たちまた、出会えますか?」



 久しぶりに僕なんて一人称使ったぞ。



「安心してください。目が醒めれば、すぐにでも」



 そう言われた瞬間、俺の目の前は真っ白になった。



 ☆★☆★☆



 ベッドの上、目を覚ますとそこには堕天使が居た。



「フォルナ様。我無、起きたみたいです」



 そう言ったのは堕天使サリナス。

 彼女の顔が頭上に見える。


 俺の頬にはすべすべツルツルした感触が……。

 なるほど、これが堕天使の膝枕か。

 思わず堕ちてしまいそうだ。



「そう、じゃあもうサリナス帰っていいわよ。おつかれさま」


「はい、お疲れ様でした」



 その枕を堪能していると、一瞬にしてそれは消えてしまった。



「あっ、ああー、だ、堕天使の膝枕?」


「うまく復活できたみたいね。まあ、高位悪魔なこの私にかかれば——」



 なにやらフォルナが自慢話をしているが全然頭に入ってこない。

 先程の堕天使は一体何処へ?



「フォルナ!! さっきの子は? サリナスはどこへ行ったんだ!!」


「ん? 彼女なら帰ったわよ。堕天使を召喚維持するのも簡単じゃないのよ。でも、それすらこの私にかかれば——」



 お隠れになられた……だと——ッ!?



「おいフォルナ! 彼女をもう一度呼び出してくれ!!」



 俺はフォルナの肩を揺らし、懇願した。

 あの奇跡にもう一度、もう一度触れることができたら……。



「むっ、むりよ。わっ、わたしレベルの高位悪魔でも、よっ呼び出せるのはせいぜい一日一回だけ、維持するのは30分かっ、そこらがっ、げっ限界なのよ」



 冷静になった俺はフォルナから手を離し、ベッドの上で正座になる。



「一日一回30分彼女に会える……つまりそういうこと?」

「そうだけど?」

「じゃあこれから毎日彼女を呼び出してくれ! チケットはいくらだ!」

「何言ってるのかしら。彼女を召喚するのはあなたの復活のためよ。それ以外の用事に呼び出したら、復活させられないじゃない」


 え、つまりこういうこと?

 俺は死なないと彼女に会えないと?


 いやでもまて。

 もしその日一日死ななければ、その分彼女に会えるのでは?



「わかった。じゃあ、俺がその日死ななければ、会えるってことだな。 これからは簡単に死なないように一歩一歩慎重に生きるから、寝る前に会わせてくれ!」


「そうもいかないわよ。そんな毎日頻繁に呼び出してたら完全復活できなくなるわよ? 今回だってあなた、腕一本残して消し炭にされてたんだから」



 腕一本残して消し炭……? 

 確かめるように身体を触るとあることに気がついた。


 俺、ジャージ着てない。


 いつの間にか異世界っぽい服に着替えさせられている。



「お、俺のジャージは?」


「燃えちゃったわよ。全部」



 ——へっ!?


 俺が長年愛用してきたジャージ。

 なんにも愛情注いでなかったけど、失ってから気がつくものなんだな。

 もやもやと記憶が湧き上がってくる。


 とあるFPSでキルレ3越えた時も、

 とあるオンラインRPGで最難関と呼ばれるダンジョンを踏破した時も、

 いつもそばにはあいつが居てくれた。


 その相棒が、今はもういないのか。

 あのケルベロスのブレスにやられてしまったのか。



「目が覚めた? おつかれ。大変だったね」



 淡白な挨拶とともに、部屋に入ってきたのはセエレだった。

 俺の円盾を持ちながら立っている。



「今日からこの部屋使っていいよ。衣食住は私が提供する」



 盾をフォルナに渡した彼女は、なにやら資料に目を通している。


 なるほど、彼女のギブはこの世界での衣食住、そして俺からのリターンは実験結果とやらか。


 どう考えてもリターンにギブが釣り合ってなくないか?

 俺は一回死んだし、これからも死ぬんだぞ。



「フォルナ、その盾貸してくれ」


「ええ。はいどうぞ」



 俺は盾を右腕に装着、ベッドから立ち上がった。


 資料を読むセエレに狙いを定める。

 彼女は今寝巻きなのか、かわいらしいネグリジェを着ていた。

 


 頭の中で念じるのは、風。



「ウィンド!!」


「——んッ!?」



 サングラスと一緒に風魔法でスカートをめくられた彼女は、天才には似つかわしくない高い声を上げた。

 俺の目に映ったのはスカートの中身。

 おこちゃまパンツだった。


 復讐アンド収穫、ミッションコンプリーツ。



「お! お前二号! よくも私に——」



 声を荒げた彼女の背後、バタバタと廊下から足音が聞こえてくる。

 やってきたのは執事ゴーレムのマーク。



「ロリガキセエレ様! 先程の資料なのですが——」

「お前もゴーレム! 私、さっきも言った! 私をロリガキって呼ぶなあ!!」

「で、ですがセエレ様、瞬眼のセエレよりロリガキのセエレのほうが語感が良いです!」



 流石マーク、ご主人さま相手でも空気を読まない。


 そうだよなぁ?

 ご主人さまにだけ都合いいなんてことないよなぁ?

 流暢に喋れるお前じゃなくて、カタコト脳筋と無言執事がこの屋敷にいる理由がわかったよ。


 だが!

 まだ転送に失敗した分が足りないなぁ!!


「おい。ロリガキセエレ様。先に言っときますが、俺がお前の実験に付き合う理由は、衣食住が二割、ジャージの復讐が三割、サリナスに会うためが五割だからなぁ!! よく覚えとけよ!!」


「お、お、お前、二号………表にでろ!! 私が力ずくで上下関係ってものを教える!!」



 戦略級魔導士瞬眼のセエレ。

 字面からして俺じゃ絶対に勝てない。

 

 だが、別に戦う必要なんてないんじゃないか?

 

 俺の脳内で、タタターンとこの場面に対する最適解が導かれる。

 俺は服を全部脱いだ。

 全部だ。


 ちょっと!? と隣りにいたフォルナが顔を真赤に染める。



「ああ、やってみろよセエレ様! できるもんならぁ? この素っ裸の俺にぃ? どっちが上でぇ? どっちが下かぁ? 教えてみろよ! いいんですよ! 今! ここでぇ! ベッドの上で教えてもらってもねぇ!」



 俺はベッドをバシバシと叩いた。

 凶器には狂気で対抗するのだ。



「ふっ、ふざけるな! おま、二号はもう寝ろ!!」



 顔を真っ赤にしてバンッと勢いよく扉を閉めると、ゴーレムとともにセエレは行ってしまった。

 天才といっても、所詮はおこちゃま。

 やっぱりロリガキにはこれが一番よく効くな。


 経験則かって?

 まあ、ある意味経験だな。

 妄想という名のシュミレーションだ。



「はぁ、疲れた」



 ズボンを履きながら窓の外を覗くと、朝日が昇るのが見えた。

 きれいな太陽だ。

 まさか、久しぶりに拝む朝日が異世界のものだなんて。



「ねえ、我無……もう着終わったかしら?」



 未だに顔を背けるフォルナ、彼女にはこれからたくさん恩をつくる事になりそうだ。



「ああ、もういいよ」


「だ、大丈夫みたいね。それじゃあ、ベッドの位置なんだけれど、私が上で問題ないわね?」


「ああ、高位悪魔様が上で、もちろんですとも」


「やっぱり我無、あなたわかってるわねー!」



 フォルナはベッドの上に意気揚々とのぼっていった。


 色々あったし、これからも色々あるだろう。

 当分の目標はケルベロス討伐か。

 苦難の道程だが受け入れるしかないだろう。



「ねえ、我無、もう明かり消してもいいかしら?」


「ああ、どうぞ」



 返事すると部屋の電気が消えた。

 どういう仕組みだろう。

 ランプでもスイッチでもないようだったが。


 いや、今日はもう寝よう。

 

 明日に備えるために。


 布団を被った俺は、堕天使サリナス様に祈りを捧げながら眠った。

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