第2話 ロリ魔導士がボスらしい
「おい……何してんだよ、お前」
俺は睨んだ。
ムチムチ殺人ゴーレムに連れてこられたのは書斎。
しかし、そこで繰り広げられていたのは恥辱的な行為だったからだ。
「ほーら、これがほしんでしょ。あーん」
「屈しないわ! こんな誘惑に悪魔は絶対にっ、あっ、あぁー」
研究服に身を包んだ青髪の少女。
サングラスをしておりその目は見えない。
そんな少女が机に座り、足を組んで見下ろしている。
その下で拘束されているのは高位悪魔フォルナだ。
膝を付き、腕を後ろに回され、拘束されている。
縄でも鎖でもない、恐らく拘束魔法か何かなのだろう。
見る人によっては一種の、プレイだ。
「はい、あーん。でもあげなーい」
少女はフォークに刺したケーキで円を描いていた。
その軌道は拘束魔法でぐるぐる巻きにされたフォルナの顔の前ギリギリを通過。
ケーキという名の人工衛星が、フォルナに近づく度に彼女の顔は輝き、離れる度に曇った。
「あははー、この悪魔ほんと面白い」
「お前このやろう! それ以上フォルナの尊厳を踏みにじるな! そこにあらせられるのは高位悪魔様なんだぞ!!」
俺のセリフを聞いて、フォルナの耳の先がカーっと赤く染まった。
確かにこの悪魔は面白い。
それには同意する。
「ゴーレム。下がっていい」
ケーキの最後の一口をフォルナの目の前でパクっと食べた少女は、低いトーンで命令した。
「それで、あなたが異世界からの訪問者? どうやら実験は成功みたい」
机からひょいっと降りて、少女はこちらに向かってくる。
「自己紹介がまだだったね。私はセエレ・テナクルス。ただのセエレでいい。よろしく」
なんだか偉そうだけど、実際偉いんだろう。
だってあの強そうな殺人ゴーレムが素直に従ったんだ。
それにサングラス掛けてるし。
でも背が小さくて、俺目線だと目がちらっと覗ける。
「俺は、我無……です。で、実験は成功ってのはどういうことなんですか?」
とりあえず敬語。
いや別に、ファーストコンタクト開始1分でこの少女に屈したってわけじゃない。
ただ見た目で人を判断するのは良くないと思っただけだ。
もしかしたら、こう見えて俺より歳上かもしれないし。
うん。
「私があなたを呼び出した。あなたの世界から召喚した。そういうこと」
先程から少女の声には抑揚がない。
無感情ロリ研究者。
この少女が、俺が異世界に来た元凶だったってわけだ。
でもどうして俺なんかを?
こんな役立たずで穀潰しな引きこもり呼び出して、一体何が目的なんだ?
自分でいうのもなんだけど、俺なんの役にも立てませんよ?
「一応、呼び出した理由と、どうして俺なのかを聞いても?」
「もちろん。呼び出した理由は、実験に付き合ってもらうため。そして、どうしてそれにあなたが選ばれたのか——」
一瞬の間。
俺はゴクリとつばを飲んだ。
もしかしたら——俺には秘められた異世界体質、祖先が元異世界人みたいなのがあって、それがこの召喚にうまいこと調和、適応。
その結果俺が呼び出された……のでは!?
「それは、たまたまだね」
「あ、たまたまですか」
じゃあこの人はガチャ大外れってことだ。
ざまーみろ。
「経緯は大体分かりました。それで、俺は元の世界に帰れるんですか? まさか、ただ一方的に召喚して元の世界には帰れない。私の奴隷として一生ここで働いてもらう、なんてことありませんよね」
「話が早くて助かる。じゃあ、さっそくその実験についてなんだけど——」
「おい!! 話がはやくて助かるじゃないわ! もうちょっと、俺に同情する気持ちみたいなのはないの? もう俺帰れないんだよ? 故郷に」
故郷に帰れないってのは俺自身なんとも思ってない。
そこは問題じゃない。
両親は死んでるし、親戚の家で育てられたから。
ただ、このまま話が進んだら俺とセエレの上下関係は完全に固定されてしまう。
ここは強く出て少しでも労働契約の修正をしないと。
『引きこもり、不登校、ちゃんと童貞の17歳ですっ!』
「ん?」
彼女がポケットからだした魔道具と思われるものから俺の声が聞こえてきた。
一体、どんな原理なんだろう?
気になるなー。
『引きこもり、不登校、ちゃんと童貞の17歳ですっ!』
「音声は録音させてもらった。故郷に未練はないみたいだけど?」
スーッ。
——反論の余地、なし。
まさか、自分の負の面を受け入れていたことがこんな形で利用されるとは。
目の前にいる少女セエレは只者じゃあない。
とんでもない切れ者だ。
「早速だけど、この後のことについて話をする。座ってもらえる?」
俺と拘束されたフォルナは客用ソファに二人並んで腰掛けた。
セエレがパンパンと二回手を叩く。
すると、先程の執事服ムチムチ殺人ゴーレムではなく、 普通の人型サイズの執事ゴーレムがお皿にケーキを載せてやってきた。
「あなた達を召喚したのは、二人には一緒に私の実験に協力してほしいから。二人共、もう随分仲いいみたいだし、その辺は問題ないね」
俺はゴーレムからお皿を受け取ると、その上にあるケーキにフォークを刺し、フォルナの口元へと運ぶ。
ぱくぱく。
『礼を言うわ』と言って食べるフォルナ。
そんな彼女を見ていると、なんだか変な性癖に目覚めそうだ。
年上の仕事ができるOLさんに餌付けしている気分。
なんだこの背徳感。
だが、もちろんそれはあくまで副産物。
俺の目的はフォルナとの関係を少しでも良好に保つことだ。
どうせ一緒に仕事することになるなら、こういった小さなことでも協力しないとな。
それに、フォルナは高位悪魔様であらせられるし(笑)。
「で、その実験っていうのがそれ」
セエレが目配せすると、控えていた執事ゴーレムがセエレの方を向いた。
二人は顔をじっと見つめ合う。
「…………」
「…………?」
「だから、あれ、実験道具。もってきて」
執事ゴーレムは「あーあれのことですね!」といった感じで部屋をダッシュで後にした。
しばらくの沈黙。
その間、高位悪魔フォルナ様はケーキをぺろりと平らげてご満悦の表情だった。
ダッシュで戻ってきたゴーレムから俺はそれを受け取った。
円盾だ。
開いたノートパソコンくらいのサイズでシンプルなデザインだ。
その中央にはクリスタル? がはまっている。
そのクリスタルを中心として四方には、赤、緑、青、黄色のT字ラインが縁にぼんやりと光っていた。
「それは、あなたのような転生者でも、この世界で魔法を使えるようにする道具」
右腕に装備するとシャキンと腕と同じ幅に縮小した。
どうやら展開式の盾らしい。
展開式ってのはロマンがあるなぁと思いながら、何度も展開、縮小、
シャキーン、シャキンッ、を繰り返していたら執事ゴーレムに睨まれた気がしたので辞めた。
「それで、これがクエスト依頼。冒険者組合から直に送ってもらったから。脱獄獣ケルベロスの討伐」
「獄脱獣……ケルベロス?」
「うん。ちょうどいい難易度」
字面からしてちょうどいい難易度とは到底思えない。
訝しんでいたら、急に横にいるフォルナが立ち上がった。
「さっきから私、空気じゃないかしら? ここにいるわよ。高位悪魔が」
魔法でぐるぐるに縛られたままの高位悪魔は、声高らかに宣言。
キリッと凛とした表情だ。
その姿で虚勢を張れるなんて……いや、虚勢ではなく本心なのだろう。
そういうところは見習いたい。
でも高位悪魔様。
先ほどのケーキが、お弁当がほっぺたについてます。
「ちょうどいい難易度と言ったけど、それはそこにいる高位悪魔と協力してちょうどいい難易度ってこと」
「はっ! まさか、この私を召喚しておいて冒険者の真似事をしろってことかしら? しかも、モンスター討伐なんて。はっ! その実験とやらをする前に私が超悪魔パワーで瞬殺よ。瞬殺。それでもいいのかしら?」
どうやらフォルナ様は、モンスター退治に行きたくないらしい。
「ならこれから一生、私との契約が切れるまでご飯なしだけど、それでもいい?」
「我無、早く行くわよ」
「…………」
その変わり身の速さの癖して、どうして澄ました顔で俺のこと見れるんだろうこの人。
あ、悪魔だからか。
「二人共、準備完了みたいだね。じゃ早速行ってきて。ケルベロスの目撃場所はこの街の郊外みたいだから。今もまだその辺にいるみたい」
なんだかどんどん話が進んでいく。
ちょっと待って!
あたい、心の準備がまだなんだけど。
「おい。俺はこの丸盾の使い方も魔法? についても全然知らないんだが?」
「ああ、大丈夫。やりながら覚えればいいから」
「いや、やりながらって——」
「じゃあ改めて、あなた達の上司の名前を伝える」
俺の言葉を遮った彼女は、研究服のポケットに手を突っ込み、近づいてくる。
彼女は俺達の前に立ち、そのサングラスを取りさらった。
「私はセエレ、『戦略級魔導士 瞬眼のセエレ』」
そう言った彼女の瞳は透き通るような白群色。
彼女の真っ白な肌と見事に調和していた。
その瞳に思わず見入ってしまう、まるで吸い込まれるように。
すると、彼女の右目がぼんやりと輝きだし……、
「たまにずれるけどまあ、今回はなんとかなるでしょ。それでは悪魔、二号、心の声に従い給へ」
「「へ?」」
瞬間、俺とフォルナは光の柱に包み込まれた。
おそらくこのまま転送されるのだろう。
瞬眼っていうくらいだし。瞬間的に物体を移動させる能力なのかもしれない。
でもまってくれ。
俺の装備、ジャージ(昨日洗ってない)なんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます