あやかし化かし合い戦記 〜煮え切らない人食い鬼と美味そうな妻〜
平本りこ
第一話 妖狸の祝宴
1 何せ、我らは人間ではなくて
時は戦国。下剋上の時代。
隣人を討ち、主君を殺め、己の富のため領土を拡大せんと戦いに明け暮れる武将たちが
そんな
農民出身の
鬼十郎の時代から下ること数十年。この物語の主人公の一人は、勇猛果敢で知られる狭瀬宗家当主源太郎
幼少期から何かと煮え切らない性格の、図体の大きな男である。
「北の
「ああ。我ら
身体は大きいが、争いごとには無頓着な三男剛厚だ。長兄の真意がわからず、ただ曖昧な言葉を返す。
「はあ。しかし、妖山には馴染みがなく」
「妖山には多種多様なあやかしが住まうのだ。古くから
「
「すまぬすまぬ。だが白澤の姫は、北国らしい色白の肌をした可憐な娘だと聞くぞ。一目見ればおまえもきっと、幸運に感謝することになるだろう。そうそう、器量よしなだけではなく、聡明だということでも評判なのだ。わしも何度か
厚隆は
「いや、しかし人間の妻など、可哀想です。ほら、たとえば清々しい朝。腹が減って目覚め、隣で眠っている人間がいたら、こう、つい食ってしまいたくなるやもしれません。若い娘の肉は柔らかくて美味そうで……」
「まあ辛抱するのだな。そのうち食っていいだろうが、自然に死ぬまで待て。その時までたらふく飯を食わせて肥やせばいいのだ」
「辛抱だなんて無理ですよ。骨と皮ばかりだったとしても、娘の肉からはいい匂いがするのです。大兄者もよくご存じでしょう。毎日顔を合わせていたら、本能には抗えません。何せ、我らは人間ではなくて」
(――鬼ね)
彼の名は、狭瀬改め白澤源三郎剛厚。今日から雪音の夫となる男だ。剛厚には以前から、実は人間ではなく鬼であるのだとの噂がある。なるほど確かに、実際に目にすれば疑いようがない。
六尺(約百八十センチ)はゆうに超えるであろう長身、それを支える胴体は新郎の白
けれども、屈強な男というだけならば、人間だといってもあり得ないことはない。雪音が剛厚を鬼だと断定したのはひとえに、彼女があやかしの暮らす山の麓で育ったから。つまり雪音は、人に化けるあやかしをよく理解しているのだ。
まあ、それを抜きにしても彼の正体を見抜くことは造作ない。どうやら剛厚は、人に化けるのが得意ではないようなのだ。上手くやる鬼ならば、もう少し常識的な体格に縮まることができるだろう。
「その」
太い指を繊細に揉みながら、剛厚が居心地悪そうに身じろぎをした。
「この顔が恐ろしいか」
確かに相当な強面である。濃い眉、彫りの深い顔立ち。大きな眼窩や広い顎が骨張っていて、睨まれれば誰もがすくみ上がるような容貌だ。けれども、顔というよりもむしろ全身を眺め回す新妻に戸惑った様子の巨躯は、容姿と仕草が不釣り合いで愛嬌がある。強そうで、可愛らしく、何というか、ああ、これは。
(最高ですわ)
雪音は惚れ惚れとして、にやけた口元を袖で覆い、目を細めた。
その様子が、顔をしかめたようにでも見えたのだろう。剛厚は困ったように眉尻を下げ、わざとらしく咳払いする。
「あの、白澤のご息女。やはりこの縁談はなかったことに」
「まあ! なぜですか」
やっと口を開いたと思いきや素っ頓狂な声を上げた雪音にびくりと肩を揺らし、剛厚は太い指で頭を掻く。
「いや、その。
あくまでも自身が鬼であることは告げず、人間で通すつもりらしい。
(うふふ、何て可愛らしいのでしょう)
雪音は再び緩んだ口元を隠しつつ、とりあえず話を纏めにかかる。いつまでも押し問答をするのは愚かの極み。何といっても今宵は、夫婦で初めての晩なのだから。
「まあ、鬼だなんて。そんな心ない噂が広まるのも、
「うむ……」
「それに私は昔から、強そうな殿方にどうしようもなく惹かれますの。鬼だろうが何であろうが、問題ありませんわ」
「はあ……それは、どういう」
「ですから、どうかお気になさらないでくださいませ」
にっこりと微笑み、同じ言葉を繰り返す。戸惑いの渦にすっかり呑まれた様子の剛厚に、雪音は
「祝言を挙げたのです。誰が何と言おうと、すでに私はあなたの妻ですわ。そう、今宵からずっと」
逞しい腕に軽く身体を寄せ、あえて耳元に息がかかるようにして囁いた。善良で
そして。
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