第8話 憂鬱に差し込む一筋の光


 学校生活を経験した人たちの多くは学校での1日において1番きついときはいつかという問いにこう答えるだろう。


 ”食後の5時間目が1番しんどい”、と


 食事をした後は体の構造的に血糖値が上がり、それに従って眠気を誘うホルモンが放出されるので、必然的に意思の力ではどうしようもない眠気が俺たち学生を襲うのである。


 気が付かぬ間に意識が薄れていき、黒板に移る文字も自分の書いた文字もすべて歪んで見える。それはさながら薬物中毒者の幻覚のようだ。


「起きろー大宮、あと10分だから頑張れー」


 どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきたと思うと、教室の最前列という外れ席である俺の席の前には、呆れ顔をした担任兼数学教師が立っていた。

 

 周りからはクスクスとこらえながら笑いを漏らす声が耳に入る。焦った俺は勢いよく背を正したことで椅子を勢いよく後ろの席にぶつけてしまう。


 後ろの男子のクラスメイトは大丈夫だといった素振りで机を直しているが、周りからはまたもや小さな笑い声が漏れる。担任も大丈夫かお前というような目で心配そうに見ていた。


 まったく……これだから食後の5時間目は嫌いなのだ。


 授業が終わったあと最悪な気分でうなだれていると智哉がニヤニヤしながら近づいてきた。もうすでに嫌な予感しかしない。


「午前の俺と同じ状況を堪能したお気持ちはいかがですか、祐太さん……ぶふっ」


「ああもう最高の気分だよ。それはもう今すぐ屋上から飛び降りたいくらいにはね。」


「それにしてもいい居眠りっぷりだったよ後ろから見てても」


「うるさい、お前は黒板の方を見てた方が身のためじゃないか? もし次赤点取ったら監督から部活に出させてもらえなくなるんじゃないか?」


「うっ……たしかに次はマジでやばそうだな」


「そうそう、わかったなら休み時間でも使って勉強することだな」


 適当に話を逸らすことに成功した俺は、目の前の煽り屋に向かってハウスとジェスチャーして席に帰ってもらった。


 それにしてもあと2時間もあるってマジかよ……。


 この後には現代文と歴史の授業が控えているのだが、どちらの授業の担任もこの学校の催眠術師四天王に数えられているため、居眠りなしで切り抜けるのは正直厳しい。ちなみに残りの2人は英語と古文の教師だ。


 この先のことを想像してさらに憂鬱な気分になっていると、不意に制服のズボンのポケットが振動した。確認してみると白石さんからだった。


”大宮君、災難でしたね……”


”かなりの時間熟睡していたようですが、疲れがたまっていたりしませんか?”


”今日はお家でゆっくり睡眠時間を取ることをおすすめします”


 なんて思いやりのある人間なんだろうか、どこかの歩く煽り運転とは大違いだ。あいつには彼女の詰めの垢でも煎じて飲んでもらいたい。


”疲れてるんじゃなくてお昼に食べすぎちゃっただけだから大丈夫”


”なるほど……そういうことでしたか”


”というか今日午後に限らず1日中眠いんだよな”


”一日中ですか、不思議ですね……あ、もしかしたらなんですけど

昨日のサンドイッチのせいかもしれません笑”


”それは絶妙に否定できないところなんだよなあ”


”いずれにしても食後の眠気には軽い運動が効果的ですよ”


”少し教室を出て歩いてきては?”


”そうなのか。教えてくれてありがとう。言われた通り少し歩いてくることにするよ”


”お役に立てたようで何よりです”


 なんと白石さんから励ましの言葉だけでなく眠気に対する起死回生の対抗策まで授けてもらうことができた。これでなんとかこの後の催眠術師たちの猛攻にも耐えきれるだろう。


 ようやく見えた希望を胸に散歩に行こうとすると再びスマホが鳴った。また白石さんからだった。なにか言い忘れたことでもあったのだろうか。


”大宮君、忘れていたことがあって”

  

”どうしたの、何でも言って”


”今日の夜メッセージでお話しませんか?”


”この前もらった本の感想も話したいですし”


”そんなことならいくらでも、むしろ歓迎だよ”


”ありがとうございます。時間に関しては少しやらなければいけないことがあるので遅くなるのですが大丈夫でしょうか?”


”こっちも遅くまでアニメ見てるだろうから余裕だよ”


”時間に関しては気にしないで”


”そうなのですか、分かりました”

   

”じゃあまた夜に”

             

”はい、楽しみにしています”


 何やらこの前の本についての話がしたいらしい。無論俺も大歓迎なので今夜の楽しみが1つ増えることになった。


 憂鬱だった月曜日に一筋の楽しみが舞い込んできたことに心を躍らせる俺は、改めて散歩のために教室を後にするのだった。


 





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