Replace《リプレイス》 〜だったら復讐から始めましょう〜

涼月

第1話 裏切り

 都月来未つづきくるみ、二十六歳。

 都内在住、在勤のどこにでもいるようなOL。


 それでも、私の人生、けっこういっていると思っていた。


 あの日、ホテルへ吸い込まれて行く彼氏の背中を見つけるまでは。


 私のよく知る後輩と身体を寄せ合って親しげに話す様子は、一夜の関係とは思えない。

 きっと、何度も何度も……


 私、裏切られていたんだわ!


 考えるより先に身体が動いていた。

 そうっと後を付けて、でもエレベーターは一緒に乗りづらいから降りた階数を確認して。急いで次のエレベーターで追いかけたけど、部屋番号が分からなくて。


 バカみたい……


 私は一人、廊下で呆然と佇む。

 

 ドアを片っ端から叩いて特攻をかける?

 フロントに掛け合って合鍵ゲットする?

 それともこのまま二人が出てくるまで待ち続けるの?


 結局、私はそのどれも選ばなかった。

 ううん、違う。一瞬頭をよぎったつまらないプライドのせいで……選べなかったんだ。


 折角手に入れた『イケメンの彼女』っていうステイタスを、自ら壊したくなかった。ひとまず黙って静観。あっちが別れるように仕向けられれば万事OK、元に戻れる。


 そんなこと―――あるはずがないのに。


 見てしまったら、見ない前には戻れない。

 頭では冷静に損得勘定を弾いていても、心はぐちゃぐちゃだった。


 夜の街を彷徨い歩く。


 平衡感覚も、方向感覚も失って。きっと周りは酔っ払い女って思うんだろうな。心が求めるままに、雑踏を避けて暗い方へ。

 

 普段なら危機察知能力が働いて近寄らないようなうらぶれた道。


 こんなところへ迷い込んだのも、全てあいつら彼氏と後輩のせいだ。



 突然、背中へ大きな衝撃を受けた。

 反射的に体を捻れば、もつれるように伸し掛かる重量。

 中途半端な姿勢のまま、私は後ろへ倒れ込んだ。


 ガツン!


 頭を地面に強打して目の中に火花が散った。ドロリと流れ出る生暖かい体液の感触。


 血……


 空から降ってきた生温い体に押し潰されて、ピクリとも動けなくなってしまった。


 何が起こってるの?

 私、死ぬの?


 痛い。苦しい。息ができない。


 死にたくないよ。

 まだ、死ねない。

 こんな惨めな気持ちのまま死にたくない。

 あいつらに仕返しするまでは、絶対死なないんだから!


 朦朧とする意識の中で絶叫する。

 その後、ふっつりと意識が途絶えた。



 どれくらい気を失っていたんだろう?


 ピッ、ピッと言う電子音にゆっくりと覚醒していく。


 ここは病院、かな。

 と言うことは、私、助かったんだわ。良かった。


 目を開けてみれば白い天井。靴音が近づいてきて、にゅっと女性が顔を出した。


「意識、戻ったみたいね。ドクター呼んできますね」


 腫れた顔、指の感覚、足先の痺れ。身体中が痛いけど、動かせない程じゃ無い。

 ああ、良かった。


 はぁ~と大きく息を吐いた。


 あのまま死んじゃうかと思ってゾッとしたけど……思ったより怪我が酷くなくてホッとしたわ。

 ああーでも、ママとパパは大騒ぎするわね。泣いて怒って、抱きしめてくれるんだろうな。


 またすーっと眠気が襲ってきて目を閉じた。



 再び目を開けて見渡せば、どうやら病室へ移されたようだ。狭いけれど個室。ベッド横には疲れて居眠りしている女性。


 誰だろう?


「あ……の……」


 掠れた声を掛けると鬱陶しそうに顔を上げたアラフォー女は、私を睨みつけてきた。


沙夜さや


 沙夜さや!?


「あんた何をしたか分かっているの? 飛び降りて下の人巻き添えにした挙げ句自分だけ生き残って。損害賠償なんて払えないからね。自分でなんとかしなさいよっ」


 は!?


 何いってんの、この人。


 立て続けに襲いくる衝撃的展開に、ただでさえ痛みで朦朧としている思考が追いついていかない。


 その時、看護師が入ってきた。注射器と薬剤の入った銀色のトレイを持って。

 底の鏡面に、ほんの一瞬―――


 私じゃない、私が映った。


 この顔……誰?


 


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