46. エヴァを助けるために
「あの日、王宮の前で別れてから、ジャミルはどうやって玄関を探したんだい。その詳しい話を聞いていなかった」
とサナシスがジャミルに訊くて、彼はオリーブを絞っている手を休めた。
「ぼくには、サナシスみたいなドラマチックなことも、すごい冒険もなかったよ」
「そんなことないっ」
少し離れた場所で仕事をしている玄関が叫んで立ち上がり、怒ったようにずかずかと歩いて、彼らのところに来たので、3人は怯えた。
「3歳の子供が、どうやって、あの東の外れの村にまでたどりつけたの。小さな工房にいるわたしを見つけてくれたの。ずぅっと市場で待っていてくれたの?わたしにとってジャミルのしてきたことは冒険に満ちていて、最高にドラマチックです」
「玄関、落ち着こう。だれも、何も否定していないだろ」
ハミルはいつもなだめ役だ。
「おれも知りたい。今度はジャミルが話す番だ」
サナシスが入れ替わって、ジャミルの場所に座ってオリーブを絞り始めた。
うん。
退屈するかもしれないけど、こんな話でいいのなら、とジャミルは少し頬を赤くした。
「あの夜、銀の馬車でエヴァを追いかけていたんだけれど、女神が槍が当たって地上に落とされてしまった。落ちた時、ハミルは足にひどいけがをして動けなくなった。でも、エヴァは生まれたばかりの赤ちゃんだから、すぐに助けに行かないと大変なことになると思ったんだ。あの村が、あれほどはるかかなたにあるなんて、知らなかった。島しか知らないから、地球が、こんなに広いとは知らなかった」
「うん。ぼくも、ジャミルがすぐに戻ってくると思っていたんだ。ふたりで、赤ん坊を育てるつもりでいた。そういうことができると思っていた。ぼく達は、何も知らなかったね」
ジャミルは歩いて東のほうを目指したが、どちらが東なのかも、わからなかった。ただ急がないと、赤ん坊が死んでしまうのではなかと焦っていた。
お腹はすくし、喉はかわくし、あまりに疲れすぎて、道端で横になって寝ていたら、すごく甘い匂いがして、目が覚めた。そこに立っていたのは飴作りの親方で、鶴の形をした飴をくれた。
島ではこんなに美しくて、甘いものを食べたことがなかった。その日から、ジャミルは親方の弟子になって、一緒に旅をすることになったのだった。
「飴作りの仕事は好きだったよ。市場では子供たちが驚いたり、喜んでくれたりするから、やりがいがあったよ」
10歳になった時、東のジュマ村の市場で店を開いた時、そこの絨毯工房に捨て子がたくさん働いているということを知った。
その工房は塀の中にあり、織子たちはめったに外に出てはこない。ここにいるかもしれないという気がして、何度か中を覗きに行ったら、エヴァらしい子がいたので、心臓が膨れるほどうれしかった。
どうしたら会えるのだろうと考えていたら、秋の祭りにエヴァのほうから市場にやってきた。
「でも」
とジャミルの顔が泣きそうになった。
「エヴァはあまり言葉も話せないし、字も読めないので、すごいショックだった。悲しかった」
「そうなの。言葉は話せたのだけれど、塀の中で、女子たちと好き勝手な言葉で話していたから、ちゃんと話す方法を知らなかったの」
「ぼくはお金を貯めて、エヴァを学校にやってやろうと思っていたんだよ」
「ジャミル、ありがとう。わたしはジャミルを追いかけてジュマ村を出て、ゴーシャン王国まで来たところでお金がなくなってしまったの。それで、王宮で働いたりしていたんだけど、3日で逃げ出すことになって。でも、いろんな偶然があってハミルのところの第二王子が立派な家庭教師をつけてくれたの。それに、書庫に住まわせてくれて、とても幸せだった」
「第二王子は親切な人なんだね」
「うん。ルシアンはとても親切な人間だ。ぼくにもずうっとよくしてくれた」
「ハミル、おまえ、ルシアンって、呼ぶのか」
とサナシスが眉をしかめた。「第二王子は、ハミルとはどういう関係なんだ」
「第二王子は……」
「王子はパトロンね」
と玄関が代わって説明した。「王子はハミルを愛していたけれど、彼は文学も、音楽も、美しいものも、すべて愛していたし、わたしにも、ジャミルにもよくしてくれた。何の返しを求めないそういう善良な人って、世の中にいるのよね」
「そうか……」
「そうよ。心配しなくて、いいってば」
と小さな玄関が背伸びをして、大きなサナシスの背中をぽんぽんと叩いた。
「ハミルの一番の友達は、サナシスだってば」
本当か。サナシスがハミルの顔を覗き込んだ。
「いいや」
とハミルが首を横に振った。
「一番の友は……」
「誰なんだよ」
「玄関に決まっているだろ」
「またまた。ほんと、困っちゃうわ」
と玄関が頭を掻いた。
「わたしって、どこへ行っても、もてちゃうのよね。工房でも、ある金持ちから好かれちゃって、もう少しで、結婚するところだったんだから」
「えっ。誰と、結婚だって」
今度はジャミルが立ち上がった。
「まったくね」
と玄関がやれやれという表情をした。
「それでは、この話はおしまいにして、お仕事をしましょう。わたし達は、故郷のオリーブの島を取り戻さなければならないのよ」
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