43. サナシスの話
玄関は女神アテナに、究極の絹と丈夫な布地を用意してくださいとお願いをした。
またハミルに頼んで、彼の庭を管理しているマルキおじさんに庭の4種類のオリーブを送ってもらった。
オリーブが届くと、3人の少年たちがその油を
まずオリーブの軸を取り除き、をよく洗い、丁寧に絞る。
オリーブの油絞りがうまいのはハミルだったが、サナシスは少々不器用だ。
「サナシス、もっとていねいに。力をいれすぎてはだめだよ。ここはぼくとジャミルでやるから、サナシスは海賊の時の話をしてくれ」
とハミルが言った。
「どうしようかな」
とサナシスがハミルを横眼で見た。
「わたしも聞きたいから、お願い」
「玄関が聞きたいのなら、話そうかな」
「もう素直でないんだから」
玄関には、サナシスの気持ちがわかっている。
それで玄関が絹の寝間着を縫い、ジャミルとハミルがオリーブを絞っている間、サナシスはこれまでの日々を語ることになった。
サナシスは空を駆ける銀の馬車から海に落ちたところを海賊船に救われて、船の上で、船長の息子のように可愛がられて育った。
船員は行動や言葉は荒っぽかったが、心は優しくて、仕事や人生のことをいろいろと教えてはくれた。
しかし周囲は年の離れたおっさんばかりだったから、ある時、船長が鼻の長い犬をプレゼントしてくれた。サナシスはその犬に「あし笛」という名前をつけた。「あし笛」はよい友達、よい相棒になってくれた。
あし笛って……、ハミルは子供の頃、水際に生えている「葦」を笛にして吹いていたことを思い出していた。
サナシスは海賊だからほとんどは海上で暮らしていたが、時には陸に上がることがあった。
そんな時、サナシスはあし笛を連れて森中を駆け回り、川の流れや花を見たり、木の実を食べたりして楽しんだ。
ある時、サナシスが狩りに疲れて、森の中の木下で昼寝をしていた。
そこには赤いアネモネが一面に咲いていて、この世とは思えないほどのきれいな場所だった。
こういう花はオリーブの島にはなかったから、きれいなものが好きだった友達に見せたいと思った。
「友達って、だれのこと?この際、はっきり言えば」
と玄関が茶化した。
「友達って、決まっているじゃないか。エヴァ、ジャミル、ハミルのことだよ」
「ふうん」
サナシスとハミルは久しいぶりに会ったのに、会いたくてたまらなかった人なのに、その気持ちが逆に出て、ふたりは突っ張っている。
ある日、サナシスが歌っていると、何やら背後に人の気配を感じて触れ剥いた。すると、そこには女神のように美しい女性が立っていた。
「アドニスなの。戻ってきてくれたの?」
その人がそう言って、両手を広げて抱きついてきそうになったので、サナシスは「待ってくれ」と手で止めた。
「いいや。おれはサナシスだ。アドニスではないよ」
ああ、と女性は長いため息をついた。
「そうよね、あなたはアドニスであるはずがないのだわ」
女性は身体を離して、はっきりわかるほど肩を落とした。ずい分とがっかりしているようだ。
「アドニスという人を探しているのかい」
「いいえ。アドニスが戻ってくるはずがないのよ」
彼女はサナシスの弓矢を見て、眉をしかめた。
「あなた、
「狩りって、それがおもしろいんじゃないか」
「悪いことは言わない。ここはイノシシが出るから、特に気をつけなさい」
そう言って、女性はいなくなった。
なんだか事情がよくわからなかった。もしかしたら、夢なのかもしれなかった。
翌日、サナシスが同じ場所で休んでいると、またその女性が現れた。
「またここにいたのかい。ここはイノシシが出るから、危ないと警告したでしょう」
「もしかして、アドニスという人は、イノシシに襲われたのかい」
「そう。ここは彼がイノシシに襲われて死んだ場所」
「おれは戦うことには慣れているから、大丈夫さ」
とサナシスが弓を見せた。
「そういうところも、アドニスによく似ている。アドニスも大丈夫と言っていたわ。でも、大丈夫なものですか」
女性は美しいその唇を噛んだが、顔にはくやしさがあふれていた。
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