episode 7-3 ……微炭酸のジュースを投げて渡すの確信犯だよね

 諸々の片づけも済んで、チームとしては解散となったお昼過ぎ。

 本来だったら昼ご飯を食べてからクラスに合流して学校祭の準備を手伝うつもりだったのだけど、とてもじゃないけどそんな気分にもなれなかった。


 にーたんはにーたんで、顧問と一緒に怪我して病院に運び込まれた北山の様子を見に行ったし、他の部員は部員でもう帰ったり学校祭準備に行ったりで優羽以外誰も残っていない。その優羽も今は席を外しているから、部室には僕しかいなかった。


 ユニフォームから制服に着替え終わって、これからどうしようかと物思いにふけながら部室を出ると、


「あ、やっと出てきた」

 部室の前、スカートにクラスTシャツという格好のむっちゃんが僕を待ち構えていたみたいだ。外に出てきた僕のことを見るなり、持っていたペットボトルを一本ひょいと投げ渡す。


「……ほい、奢ったげるよ」

「……どういう風の吹きまわし?」

「さすがに落ち込んでるかなーって思って。慰めに来てあげたよ」

 ぷしゅっと炭酸の栓が開けられる爽やかな音が響く。


「さっき、慰めてくれたんじゃなかったの」

「あれは慰めるというより励ましてたつもりだったよ。……だって、まだ試合終わってなかったのに、慰める意味もないでしょ?」

「……そりゃ、そっか」


 ほれ、隣座れと言わんばかりにむっちゃんは自分の横のスペースをトントンと手で叩く。

 僕はそれに倣って、コンクリートの段差に腰を下ろし、むっちゃんの横に座る。


「どうせ今から学祭の準備行く気にもならないでしょ? だったら、ちょっと私と気張らしでもしてから帰りなよ」

「……気晴らし、って」


「気晴らしは気晴らしだよ。……こんなときに、ひとりでいたら気が滅入るよ。……私だって、気持ちわかるし……。自分のプレーが勝敗に大きく関わったとき、どんな気分になるかなんて」

 どこか痛々しい面持ちを浮かべるむっちゃん。むっちゃんも、過去の自分の試合を思い出しているのだろうか。


「……むっちゃんも、そういう経験あるんだ」

「あるある。今でもたまに頭過るし。ああ、でも、私も高瀬ほどボロボロ泣いたりはしなかったかな」

「……そ、それはもういいでしょ」


「あんなに泣いている高瀬初めて見たなあ。なんかちょっと可愛かったし、ある意味新鮮だったかも」

「可愛い言うなし」

 なんだろう、この場合「可愛い」ってむっちゃんに言われても何も嬉しくないんだよな。


「……けど、それだけ高瀬がサッカー好きなんだなってことも、よく伝わったよ」

 しかし、むっちゃんは緩ませていた表情をすぐに真っすぐに引き締め、ゴクリと手にしたままの微炭酸をひとくち含み、


「にーたんみたいに得点能力がめちゃくちゃ高いわけでも、北山みたいに何でもそつなくセンスよくこなすわけでもなくて、ただただ誰よりもピッチを縦横無尽に走り回って、誰よりもチームのために汗をかいて、泥も被って、戦っていた高瀬はさ」

 そこまで言うとそっと僕の耳元に口を近づけては、囁くように、


「格好良かったよ」

 呟いてみせた。突然の甘いむっちゃんの言葉に、貰ったペットボトルの栓を開けようとしていた僕は、

「おわっ、って、投げたから炭酸振れてるしっ、やばっ」

 色々とてんやわんやしてしまった。


「あはは、何やってんの高瀬―。地面ベトベトじゃんー」

「……微炭酸のジュースを投げて渡すの確信犯だよね」

 おかげで噴き出した炭酸で手や足元が悲しいことになってしまった。


「高瀬が私のこと可愛いって言ってきたから、褒め返してあげただけなのになー」

 近くの水道で手を洗ってから、再びむっちゃんの横に座る。

「にしたってタイミングとかあるでしょ……。っていうか、思ってもないこと言わなくてもいいから」

 やんわりとむっちゃんの冗談に突っ込みを入れると、


「え? 格好良いって思ったのは本当だよ?」

 当のむっちゃんはキョトンとした顔で何でもないようにそう僕に言い放った。


 僕は、あまりの衝撃に何も返せなくなってしまう。

「……ほら、少しは元気出た? 高瀬が言う可愛い女の子に『格好良い』って言われたんだぞ? これ以上の慰めは無いってものよ」


「……あ、ああ」

「え? まだ足りない? んー、おっぱいでも揉んでおく?」

「……何言ってんの。っていうかそれはもはや慰めるの方向性が変わるから」


「何、私みたいなペタンコ揉んでも元気出ねえって? 揉めるほど大きくねえだろって?」

「誰もそんなこと言ってないし、元気出たから、元気出たからそれ以上は勘弁してください」


 せっかくちょっと真面目な雰囲気だったのに、すぐそれを壊しにかかるむっちゃんはやはりむっちゃんというか。

 何はともあれ、おかげで少し気が楽になったのは事実だった。


 もしあのままひとりで家に帰っていたら、きっと今頃僕はベッドに倒れ込んで死んだように意気消沈していただろうから。

 間違いなく僕はこのとき、むっちゃんに救われていたんだ。


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