第4話
翌日、遥斗は貴族を裁いた達成感が胸に残りながらも、慎重に振る舞い続けていた。再び厨房で皿を片付けていると、見慣れない少女が奴隷として連れられてきた。彼女は遥斗と同じ年頃に見えるが、その瞳には冷静さと強い意志が宿っている。遥斗は、この子はまだ死んでいないと思った。そう感じたのは、この場にいる奴隷たちは皆死んだ魚の目をしているような連中ばかりだからである。
「お前、新しくここに来たのか?」
と、遙斗は小声で尋ねた。
少女は無言で頷き、厨房の端で静かに立っていた。しかし、彼女の仕草にはどこか不思議な感じがあった。遥斗が何気なく彼女を観察していると、少女がふとこちらを見つめ返した。
「あなたも奴隷なの?」
と、彼女が尋ねる。
遥斗は頷きながら答える。
「見ての通りだ。こんな見窄らしい格好をしているんだ。奴隷さ」
「あなたが英雄候補から奴隷になったて噂の人でしょう。安心したわ。まだ目が死んでなくて。ねぇ、私に協力してくれない?ここから一緒に逃げましょう」
そう言って少女は微かに微笑んだ。
彼女は美しく整った顔立ちを持ち、長い銀色の髪が光の中でもまるで月の光を帯びているかのように淡く輝いていた。大きな澄んだ青い瞳は冷静さをたたえつつも、強い決意が宿っている。その中に、ほんのわずかに漂う儚げな雰囲気が、彼女の美しさに独特の魅力を与えていた。
遥斗が彼女を見惚れていると、リセリアがふと顔を上げ、彼に微笑みかけた。その微笑みはまるで氷のように冷たい世界で一瞬だけ咲く花のようで、遥斗の胸に小さな暖かさを感じさせた。
まだ死んでいない。遥斗が最初に、この少女に対して抱いた感想と同じだった。
彼女の笑みは不思議と遥斗の心を引きつけるもので、初めての感覚だった。『真実の秤』を発動させてみると、彼女の周りには薄い青い光がかすかに揺らめいていた。彼女が持つ感情には偽りがなく、むしろ彼に対する何らかの理解や共感すら感じられた。
「私はリセリア。少し特殊な仕事をしてるの」
「どうしてここに?」
「……ちょっと失敗して捕まっちゃったの」
遥斗は冷静さを保ちながらも、彼女の瞳の奥に見え隠れする強い意志に引き寄せられる自分を感じた。
「君が何を考えているのかは知らないが、ここから出られるってんなら、協力する」
遥斗は、リセリアが嘘をついていないことを『真実の秤』でわかっていたので、話に乗ることにした。
リセリアの微笑みは瞬間的で、すぐにその顔は真剣な表情に移行した。彼女は遥斗にだけ聞こえるよう、声を低くして囁いた。
「まずは情報収集から始めましょう。あなたがここでの生活に慣れているなら、知っていることを教えてもらいたいの。脱出の糸口を探るためにもね」
遥斗は少し考え込んだ後、頷いた。
「分かった。だが、無闇に動けば危険だ。ここには見張りが多いし、奴隷同士でもお互いを監視している奴もいる」
「わかった。私の方でも気をつける。とりあえずあの貴族たちの動向や警備の変化に気を配って欲しいの」
遥斗は再び『真実の秤』を発動し、彼女の言葉に偽りがないことを確認する。やはり彼女には嘘偽りがなかった。彼女が自分の脱出を手伝ってくれるという確信が、彼の中で少しずつ固まっていった。
その日の夜、遥斗は再び厨房で皿洗いをしていると、隣の奴隷が囁きかけてきた。
「おい、聞いたか?なんか今日、貴族が視察に来るらしいぞ」
それに対して遥斗は周りに怪しまれないように返事をした。
「視察?何のために?」
「さあな、だが聞いた話じゃ、奴隷の監視を強化するって話だ。脱走でもあったのかもな」
視察という情報が、遥斗の中で警戒を呼び起こす。リセリアの侵入がばれたのだろうか?リセリアとの計画が進む中、予期せぬ変化が起きてしまうことは何としても避けたい。遥斗は厨房での仕事を終え、リセリアに再び会える機会を探った。
*
翌日、リセリアは、遥斗と接触し指示を告げた。
「視察が行われる前に、王宮内の構造を把握しておく必要があるわ。何か地図か資料が残されていないか、探しましょう?」
「簡単そうに言うけどそう簡単にできることじゃないぞ」
「大丈夫。きっと君ならできるわよ。もちろん私も手伝うわ」
「……。わかったやってみる」
遥斗は少し不安を感じつつも、彼女の計画に従うことを決意した。
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