異世界に英雄候補として召喚されたけど魔力が足りなくて奴隷になりました。なので手に入れた特別な力で復讐します。

疾風

第1話

 冷たい風が肌を刺すように吹き抜け、遙斗は目を覚ました。周囲には見慣れない石造りの壁や柱が立ち並び、荘厳な広間が彼の視界に広がっていた。高い天井から吊るされた豪奢なシャンデリアが、柔らかな光を広間全体に降り注いでいる。大理石の床はまるで鏡のように磨き上げられ、足元に映る自分の姿を反射していた。


「ここは……どこだ?」


 遙斗は、夢と現実が曖昧なまま、広間を見渡す。彼の前には、威厳のある王座に座った壮年の男性と、豪華な衣装を身に纏った貴族たちが並び立っていた。彼らの目は鋭く、遠くから遙斗を見下ろすようにして彼の一挙手一投足を観察している。


「我が王国に召喚された者よ――」


 王座に座る男が、重々しい声でそう口を開いた。遙斗は自分が「異世界」に召喚されたことを理解すると同時に、胸が高鳴るのを感じた。普段からアニメ、ゲーム、漫画を趣味としている遥斗は、現在目の前で起きていることへの解像度、理解度がとてつもなく早かった。


(ついに俺にもこんな奇跡が……!)


 異世界召喚といえば、普通の人生を超えた冒険が待っていると信じていた。王国を救う勇者、特別な力を授けられ、人々に敬愛される存在――遙斗の脳裏には、期待に満ちた未来のイメージが湧き上がる。遥斗が一瞬でこの状況をしかし、その夢はわずか数分で音を立てて崩れ去ることとなる。

 

 *


「魔力チェック終わりました」


「結果は?」


「この通りです……」


 宮廷医師は遥斗の体を隅々まで調べ、その結果を国王や役人、貴族に伝える。

 広間の空気が変わり、王や貴族たちの表情に冷たい陰りが走った。


「こいつは……ただの凡人だな」


 側にいた役人が、冷たく嘲るように呟いた。


「この程度の能力しか持たぬ者を召喚するとは、王国も何を考えてるんだ?」


 別の貴族が、吐き捨てるように言い放つ。

 遙斗は言葉を失った。心臓がギュッと掴まれるような感覚がし、周囲の視線が刺さる冷たい刃に変わっていくのを感じた。遥斗は、これまたすぐに今の状況を理解する。自分が歓迎されし選ばれた存在ではなく、ただの「失敗作」として見られている事実。

 この現実は、遙斗の胸に深く、重く突き刺さる。


(こりゃあ、相当魔力量が少ないとかそういう感じだな?)


「この者は役に立たない。王国のためにと召喚したが、価値は見出せないな」


 王の厳格な顔には微塵の情けもなく、遙斗に向けられた視線には冷笑が宿っていた。 次の瞬間、侍従たちが遙斗の腕を掴み、無理やり広間の奥へと連れて行かれた。


「おっ、おい待て離せよ‼︎」


 遥斗は抵抗する。しかし、抵抗虚しく暗く湿った地下牢に放り込まれた。


 (おいおい、マジかよ……。そんなことってあるか?弱かろうがとりあえず特攻で使ってみるとかもせずに、牢屋に入れるのか……)

 

 石の冷たさが体に染み渡るのを感じながら遥斗は徐々に絶望的な気持ちになっていく。壁には苔が生え、鉄格子の隙間からは外の光がかすかに差し込んでいるが、まるで自分の未来を嘲笑っているかのように薄暗く感じられた。


「くそっ……俺は、こんな形で終わるのか……?」


 そもそも遥斗は、なぜこの世界に召喚されたのかわからないでいた。遥斗の最後の記憶は、高校からのまっすぐ家に向けて帰っていたところで消えている。

 

 遙斗は現状のどうすることも出来なさから拳を固く握りしめ、唇を噛んだ。どこかで非現実的な異世界召喚に夢を見ていた。しかしまさか、召喚されてすぐに捨てられるなど、誰が予想できただろうか。彼の心には怒りと悲しみが渦巻き、異世界の美しい広間で受けた冷たい視線が何度も頭をよぎる。


(……こんなところで終わるのは流石に嫌だ)


 遙斗の内にあった小さな小さなプライドが、かすかな光となって彼を奮い立たせる。そして、彼が地下牢の隅で小さく輝く物を見つけた瞬間、運命が動き出した。

 隅に転がっていたそれは、まるで自分を呼ぶかのように青白い光を放っていた。遙斗が手を伸ばし、ゆっくりと拾い上げると、冷たい石の感触が彼の掌に伝わった。しかし、不思議なことにその冷たさが次第に温かみを帯び、遙斗の体温に馴染んでいく。


 その瞬間、遙斗の頭に不思議な声が響いた。


「――汝に『真実の秤』を授ける」


 低く響く声は遙斗の心に直接語りかけてくるようだった。


「『真実の秤』は、お前が持つ――『裏切られた悔しさ。ここで終わりたくない』という願いに応じて、誓いを破る者を罰する力だ」


 声が消えると同時に、光が少し落ち着き、秤の形となる。秤は温かく輝き、遙斗の胸に深く沈んでいくように感じられた。その力が彼の中に流れ込み、目の前の現実が変わり始める。


「今のは、なんだ?」

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