13


お気づきのように、この部屋にいる月那つきな時緒ときおの知る本物の月那で、アズだけではなく、月那も人間ではない。


彼らは、あやかしだ。



元々、人間と妖は同じ世界で暮らしていたが、遠い昔に起きた人間と妖との争いにより、人間と妖は、それぞれ別の世界で暮らすようになった。東京の片隅に鈴鳴川すずなりがわという川があるのだが、そこが妖の世に繋がる境界の一つで、近くには、鈴鳴という同じ名前を持つ神社もある。そこには、二つの世界の境界を守る妖や、彼らの秘密を守りながら共に暮らす人がいる。


世界は二つに分かれたが、今でも、人間の世界でひっそりと暮らす妖がいて、それを受け入れる人間がいる。

妖の存在を知る人間は少ないが、彼らの協力や、人の世で暮らす妖達も、人の世に溶け込みルールを守る事で、月那やアズのように、人の世に妖がやって来る事が出来ている。


だが、だからといって、それで安全とは限らない。いくら気をつけていても、どこでどう妖の存在が知られてしまうか分からない、全ての人間が妖を受け入れられるとは思わないし、奇妙なものは迫害される。もし、妖の存在が広く知れ渡れば、世界は混乱し、妖は人の世にはいられなくなるだろう。そうなれば、妖だと正体を知った上で、平穏に暮らしている人間と妖達もいるのだ、その人達の穏やかな暮らしも壊してしまう事になる。


それに、妖の中には、人の世を混乱させようと、わざと正体を晒そうとしたり、人を襲おうとする妖もいる。妖の中には、この世界は妖のもので、妖を別の世界に追いやった人間を恨む者も少なくない。


そんな妖を呼び込まないよう、二つの世を渡るには審査があり、境界の守り番を務める妖がいたり、取り締まりをする組織もあるのだが、慎重に行動をするに越した事はない。互いの安全の為には、限られた人間以外に妖の存在を知られる事は、極力避けなければならない。


人間と妖が恋愛をするなど、危険でしかない。だから、アズは心配しているのだ。




「俺が術を掛けて眠らせなかったら、時緒に何を言うつもりだった?」

「…さぁ、何だろうね」

「お前は、俺の預かり猫だろ?何で人間の姿でいるんだよ。この部屋では人間にならないって言ってたのに」


アズは、ベッドで眠る時緒に目を向けた。注意深く見る様子に気づき、月那は苦笑いを浮かべた。


「大丈夫だよ、彼女は酔っていたし、ただの夢だと思ってくれてるよ」


呑気に言ってのける月那に、アズは「そうじゃないんだって!」と、もどかしそうに頭を掻いた。


「人に化けて、バリスタやら何やら勉強して、しかも人間の女に好かれてさ。お前、化け猫だろ?」

「君は化け狸だね。それに、彼女に好かれてるのは猫の僕だけだよ」

「そうだとしてもさ!猫に化けて接触したかと思ったら、今度は人間に化けてさ!そんなに好きになっちゃったわけ?」

「…そんなんじゃないよ」

「そんなんだろ、まったくもって、そんなんだろ!さっきのアレも何?人に化ける前になんか演出入ってただろ!夜のきらきらーみたいな!」

「あれは、“真夜中の魔物”がやって来た振りをしただけだよ」

「振りってさぁ、お前は何かの振りしてばっかりじゃん!自分の事、何一つ話せやしないのに、そんなのさぁ、」


やりきれないではないか。

思いが通じ合ったところで、嘘を塗り重ねるだけの関係なんて、結末は目に見えている。それに、もしも正体を明かしたとして、時緒が妖を受け入れる可能性はどれ程なのか、本当に時緒という人間は信用できるのか、傷つくのは結局のところ月那ではないのか。


アズはそんな風に思い、けれど、それを言葉にする事はなかった、分かっているからだ、月那だって何も考えていない訳ではない。


アズは「本当にも~」と、疲れた様子で唸っていたが、今更どうにも出来ない事だと折り合いをつけたのか、「まぁ、良いや」と、諦めた様子で頭をくしゃくしゃと掻いた。


「お前が何をしてもお前の自由だよ、でもさ、皆、心配してるんだよ。もし俺達の素性がバレたら、人の世には居られなくなる」

「分かってる、皆には迷惑かけない」

「だからー!お前が辛い思いをするんだって言ってんの!他の奴らは知らないけど、俺は最悪、妖の世に戻れば良いだけだ、未練はあるけど、まだこっちの世界では何者にもなれてないしな。でもお前は違うだろ、お前は時緒が全てじゃないか」


アズは眠る時緖に視線を向けると、そっと肩を落とした。


「…今みたいに、側で見守る事も出来なくなるんだぞ」

「引き止めたいのか応援してるのか、どっちだよ」


笑う月那に、アズはムッと眉を寄せた。


「笑い話じゃない!」

「優しいなって言ってるんだよ。心配してくれてありがとう」


そう微笑まれてしまえば、アズも反論出来ず、怒りたいような照れくさいようなむず痒い様子で、ふいっと顔を背けた。


「…前から気になってたけど、どうして、そんなに時緒に執着するんだ?」



そのアズの問いかけに頭を過ったのは、かれこれ二十年程前のこと。

穏やかな昼下がり、きらきらと好奇心いっぱいの瞳が、落ちぶれた自分を引っ張り上げてくれた日のこと。



「…さぁ、どうしてかな」


月那はそっと眉を下げて微笑み、眠る時緖を優しく見つめた。


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