第51話 再起(B1パート)技より道を極むべく
「これで隠し事をせずに話ができるな。で、後藤は秋川さんとひらりちゃんのどちらに気があるんだ。その言葉次第でお前の行動の是非を判断したいんだが」
後藤はどうやら口にするのを憚っているようだ。
「言わないのならお前を許すことはできないな。許してほしければ本心を話してくれ」
躊躇している様子を見せていたが、どうやら覚悟が決まったらしい。
「ともちゃんを大切に思っている。秋川さんも嫌いじゃないけど、僕より強い人と付き合って守られるのは僕の本意じゃない」
悠一はじっと後藤の目を見据える。眼球が揺動していないということは、ウソはついていないのだろう。
「わかった。だから想い人のひらりちゃんが見知らぬ俺と親しげにしていたから激昂したってわけだな」
「ええ、ともちゃんと馴れ馴れしく話すなんて僕が許さない。そう考えていたら、体が勝手に動いてしまったんだ。本当は首元をつかんで吊り上げて、恐怖を与えて引き下がらせようと思っていただけで」
「感情のコントロールが未熟だからそういうことになる。なにか武術を習っているんだろうけど、まだまだ修行がなっていないな」
「よくわかったね。僕は空手を習っているんだ。体格に恵まれたのもあるし、ともちゃんが芸能活動をするっていうから、護衛が務まるよう急ごしらえだったけどね」
「急造で〝道〟の教えが理解できていなかったわけか。攻撃力はともかく、できれば〝道〟を極めるほうを優先するべきだったな。弱きを助け、強きを挫く。力なき正義は無力なり、正義なき力は暴力なり。後藤が俺にしたのは間違いなく暴力だった。これは理解できるか」
「え、ええ、正義ではなく私怨で暴行したのは間違いありません。それについては何度謝っても足りない。
ベッドに背を預けてその様子を見ていると、悠一は彼を許せるような気持ちになった。
「わかった。その謝罪は受け入れよう。廊下に出ている三人を中に入れて、皆の前でもう一度謝罪してくれ。立会人がいないとお前も納得できないだろう」
腰を折ったままの後藤が上体を起こすと、扉を開いて三人を呼び入れた。
「聞かれちゃまずいことは終わったようね」
「はい、垂水先生にお世話をかけました。皆のいないところで後藤から謝罪されましたので、全員の見ている前で謝罪してもらいます」
「ずいぶんと形式にこだわるのね。コンくんが謝罪を受けたといえば問題ないのではなくて」
秋川さんの言い分もわからなくはない。謝罪を受けたかどうか、受け入れるかどうかは被害者の一存で決まる。
だが、それはなんの裏付けもないものであり、加害者はいつでも言葉を翻すことができる。悠一としては、そういうごたごたを残さないためにも立会人が欲しかったのだ。
「それじゃあ後藤、皆の前できちんと謝罪してくれ」
「わかりました。坤くん、このたびは大変申し訳ないことをしました。これからは些細なことで激昂することなく、つねに理性を働かせて対処いたします。本当に申し訳ございませんでした」
後藤は再び大きく腰を折って一礼した。
「垂水先生、秋川さん、ひらりちゃん。今の場面を見ていましたよね。後藤は正式に俺に謝罪した。あとは入院費や治療費を誰が持ってくれるかだ。被害者がすべて持たなければならないのであれば、殴られ損もいいところだからな」
垂水先生が一歩前へ出た。
「コンくんの入院費、治療費等は、監督責任のあった
「はい。僕がともちゃんのボディーガードとして手に入れた報酬は使わずにとってありますから、それを取り崩せばいくらかは足しになるはずです」
「それと、コンくんと後藤くんにお願いがあるんだけど、ふたりとも聞いてください」
悠一は後藤とともに身を強張らせた。
「後藤くんに入院中のコンくんのお世話をしてもらいたいのよ。私たち女性が
「それで罪滅ぼしができるのであれば、僕は喜んで協力します。ですが被害者である坤くんが受け入れてくれるでしょうか」
ベッドの上がっている背もたれに体を沈めて熟考した。
まだ鎮静剤が効いているので頭の回転がやや心配だが、皆の言いたいこともわからないではない。来る介助者は女性しかいなかったようだ。しかも担当看護師も女性なので、いろいろと不自由しているのも確かだ。
後藤にはなにかしらの代償を要求するつもりだったが、臭い仲にでもなれば腹を割って話せるようになるかもしれない。ということは学園側が仕組んだ提案と見るべきだろう。
後藤の介助を受け入れるべきか否か。それ自体は問題ではない。
秋川さんとひらりちゃんの言いぶりでは、彼女たちも介助に来てくれるとのことなので、力仕事や性別が気になることだけ後藤に頼めば済むだろう。
どうせ鎮静剤が効いているうちは身動きがとれないのだから。
「看護師さん、俺はあとどのくらい横になっていないと駄目なんでしょうか」
「先生からは三日後、つまり君が入院してから一週間の段階で再検査すると
「今は頭が痛いとか視界が歪んでいるようなことはないんですけど」
「ということは、倒れる前は頭痛もひどかったし視界も歪んでいたと判断していいんですか」
「はい、実際そうでしたから」
「不調を自覚していたのなら、絶対安静を守ってもらいたかったところですね」
その言葉には苦笑いするしかなかった。
「今はそう思います」
やりとりを見ていた秋川さんが口を開いた。
「そういえば松田先生が、コンくんがまっすぐ歩けていない、って言っていたけど本当のところはどうだったの」
「やはり師匠はごまかせなかったか。そのとおりだよ。歩いていてふわふわした感覚があったから、注意深く歩いていたんだ。ほとんどの人は騙せたようだけど」
「私たちも騙されたわ。あの様子を見て変調に気づけるなんて、あなたのお師匠さんは人を見る目がしっかりしているようね」
「数多くの現場を経験しているだけあって、スタントが怪我をしたかどうかをすぐ見抜けるんだよ。だからアクション監修を任されるんです。スタントに無茶をさせないための防波堤のような人だから」
「そんな人が絶対安静を指示しているんだから、無視しちゃ駄目でしょう、コンくん」
これから何日かはわからないが、ここにいる人たちに頼らなければならない。
なるべく早く復帰したいなら、絶対安静を続けて脳への血流を抑制し、腫れを引かせるしかない。それが現状ではいちばん有効な治療法だろう。
「わかりました。後藤が介助に加わることを認めます。俺もできるだけ早く回復できるよう絶対安静を続けますから、皆さんの手を煩わせる日数を減らせたらと思います」
(第13章B2パートへ続きます)
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