第12章 急転

第45話 急転(A1パート)意識なし

 保健室のベッドへコンくんを横たえた垂水たるみ先生へ尋ねた。

「コンくん、どうしたんですか」

「瞳孔反応が見られないから今は意識がない状態ね。おそらく本人もこのところ不調は感じていたはずだけど」


「不調、ですか」

「そう。視界がゆがんだり、まっすぐ歩けなかったり。立っているのがつらかったり。今倒れ込んだのも、立っているのがやっとだったからだと思うわ」


「やはり怪我の後遺症なのでしょうか」

 ひらりが疑問を口にする。

「コンくんにもともと病気がなければ、その可能性が大ね。ふたりとも、そのあたりなにか聞いていないのかしら」


「スタントをやっているとは聞いていて、怪我をするのは日常茶飯だって言っていましたけど。持病があるとは聞いていません。そもそも体調が悪い状態でスタントの撮影なんてできないと思いますし。それでやっていたら自殺行為ですよね」

「少なくとも今の状態でスタントなんてさせられません。大事故を起こしかねないですからね」


「全治にどのくらいかかるんでしょうか。現場ではスタントの撮影を先延ばしにしてもらっていますけど、それまでに治りますか」

「精密検査をしないとなんとも言えないけど、絶対安静を徹底したほうがよかったんでしょうね」


「絶対安静。コンくんが拒否していましたよね」

「後藤くんのために、ね」

「後藤さんのためって、どういうことですか」

 ひらりは意外な反応だ。


「あなたたちは、被害者が絶対安静している間に、加害者が学業に復帰できると思っているのかしら」

「謹慎期間が明ければいいんじゃないですか」

「いえ、おそらく学園としては被害者を差し置いて加害者を復学させるわけにはいかないはずよ、ひらり」


「じゃあ、コン先輩は後藤さんの謹慎が予定どおりに明けられるように無理をしていたってことですか」

 垂水先生はうなずいた。

「そういうこと。つまりコンくんは自分が被害者でありながら、加害者のために無理をしていたってわけ。一度謹慎が明けた生徒を、被害者が倒れたからといってすぐに再度謹慎処分にはなかなかできないでしょうから」

「それでコン先輩が無理をしてしまったら本末転倒じゃないですか。現に倒れてしまいましたし」


 ひらりの動揺もわかる。先ほどまで処罰したそうな口ぶりだったのに、実際には後藤くんのためを思っての振る舞いだったのだから。

「しかも危機的な状態にまでなって。私が後藤くんについて気にしすぎていたからかもしれませんね」

「別にコンくんはあなたの彼氏ってわけじゃないんでしょう。それなら影響があっても軽微なものよ」

 なぜだか知らないが、真夏美はそれが気に食わなかった。


「それなら最初から入院させて絶対安静で面会謝絶にしたほうがよかったんじゃないですか」

「それができる家庭環境ではなかったようよ」

「お父さんがコンビニチェーンのエリアマネージャーだからですか」


「それもあるわね。入院しても身の回りの世話をする人がいないと、トイレひとつ満足にできないのよ。怪我を押して自分ですべてやるしかない」

「でもたしかコンくんにはお父さん以外の親族がいなかったはずですよね。仕事が忙しいお父さんにコンくんの介助ができるとは思えませんけど」


「だから入院での絶対安静は受け入れなかったって、以前コンくんから聞いたわ」

「やっぱり。でもこれからコンくんをただのり病院へ搬送するとして、誰が彼の介助をするんですか。唯一の親族であるお父さんはダメだし、ひらりと私は撮影があるから付き添えないし。垂水先生にお願いできますか」

「私も無理ね。あくまでも保健室の先生であって、入院患者に付き添ったら学園の怪我人を誰が診るっていうのかしら」


「ですよね。じゃあコンくんは入院できないってことになりますけど」

「とりあえず意識が戻ってからの話ね。彼が入院を選ぶか自宅静養に徹するか」

「でも、自宅静養は勧められないんですよね」

「ひとりの医者としての意見もそうなるわ」


 なにかひらめいたような顔をひらりが浮かべている。こういうときに限ってとんでもない提案なんだよなあ。

「それじゃあ撮影を延期してもらって、私がコン先輩のお世話をします。どうせコン先輩が殺陣やスタントに復帰しなければ映画が完成しないんですから」

「それが可能なら私が介助します。ひらりに任せたら、アイドル俳優が学校の年上男子生徒の家へ通い婚、なんて素っ破抜かれるわよ」


「私はそれでもかまいません。もとはといえば私が発端ですし、きちんと責任は負うつもりでいます」

 どうやらひらりは自分で介助したがっているようだ。それだけ想いを寄せているということなのだろうか。


「後藤くんが改心していて、コンくんの介助をさせる、というのが現状では最も現実的な案でしょうね」

 垂水先生の提案が的を射ているだろう。今コンくんを介助できるのは、同じ男子の後藤以外にいない。


「後藤くん、怪我をさせたくらい頭にきていたから、そう簡単に改心するとは思えません」

「そこをなんとかやらさせたら、自分が犯した罪の大きさが身に沁みるでしょうね」


「それじゃあ私、後藤くんに電話してみます。引き受けてくれるかわかりませんが。仮に拒絶されたら、ひらりの仕事を休ませて、私とひらりで家事を分担して看護します」

「ということは、学校もその間休まざるをえないのではなくて」


「私とひらりは補習に慣れていますから。今はコンくんを絶対安静にさせて負担を極力減らすのが最優先です。まさかコンくんを見過ごして彼が死んだほうがいい、と学園側が考えているのなら、私たちの出る幕はありませんが」


「生徒をひとりでも死なせてしまえば、学園の信用はガタ落ちよ。次はわが身と感じる生徒も出るだろうし、保護者への説明にも四苦八苦するはず」

「もうこれ以上コン先輩が苦しみ続けるのは耐えられません。たとえ映画が完成しなくても、人ひとりの命と引き換えに完成を強行なんてできないはずですから」


「後藤くんに頼む論がどうやらせいこくを射たようね。すぐに職員会議を開いてコンくんの今後を相談してくるわ。もし私が戻ってくるまでにコンくんが意識を取り戻したら、蛭沢さんでも秋川さんでもいいから職員室まで報告に来てください」


 そう言い残して垂水先生は保健室をあとにした。





(第12章A2パートへ続きます)

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