第21話「新しい夢のはじまり」
冬の深まりとともに、「夢見のカフェ」の人気は着実に広がっていった。虹色の夢見るフォンダンを目当てに、遠方から訪れるお客様も増えていた。特に週末ともなると、開店前から行列ができるほどだった。
ある雪の降る午後、サイトウが再びカフェを訪れた。今回は一人ではなく、端正な身なりの青年を伴っていた。
「こんにちは、アリアさん。今日は私の息子を連れてきました」
サイトウが笑顔で紹介する。
「コウタです。父の店で修行を積んでいます」
コウタは礼儀正しく頭を下げた。サイトウに似た真摯な眼差しを持つ青年だった。
「どうぞ、お座りください」
アリアが二人を案内すると、リリーとエリオが新作のフォンダンを運んできた。魔法がかけられた瞬間、デザートは深い青色の光を放った。
「相変わらず見事な光ですね」
サイトウが感心したように見つめる。
「実は今日は、一つ提案があってお伺いしたんです」
アリアは身を乗り出すようにして聞き入った。ノアも仕込みの手を止め、カウンターに近づいてくる。
「このカフェの評判は、もう街の外まで広がっています。私の知る限り、こんなに多くの人の心を動かすお店は他にない」
サイトウは一度言葉を区切り、ゆっくりとフォンダンを一口食べた。
「だからこそ、もっと多くの人に、この幸せを届けられないかと考えたんです」
「もっと多くの人に...?」
アリアが首を傾げる。
「そう。支店を出してみてはどうでしょうか」
その言葉に、カフェ中が静まり返った。支店。それは今まで誰も考えたことのない提案だった。
「でも、この魔法料理は、そう簡単に...」
リリーが不安そうに口を開く。確かに、彼女の魔法は特別なもので、簡単に再現できるものではない。
「その点は考えてあります」
今度はコウタが話し始めた。
「私も魔法の基礎を学んでいて、リリーさんから教えを請いたいと思っています。もちろん、一朝一夕にはいきませんが」
サイトウは続けて説明した。リルマーレの郊外に、彼らが所有する物件があるという。少し手を入れれば、素敵なカフェになる可能性を秘めた場所だ。
「コウタには、私の技術と、基礎的な魔法の心得があります。アリアさんたちの指導の下で、必ず成長してくれるはず」
アリアは黙って聞いていたノアの方を見た。彼は深い考えに沈んでいるようだった。
「面白い提案ですね」
ようやくノアが口を開く。
「確かに、このカフェの温かさを、もっと多くの人に届けられたら...」
「でも、今のスタッフだけでは難しいわ」
アリアが現実的な懸念を口にする。
「新しいスタッフの育成も必要だし、何より魔法の技術...」
「その点については」
リリーが少し考えながら話し始めた。
「魔法の基本さえ心得ていれば、教えることはできます。むしろ、教えることで私自身も成長できるかもしれません」
エリオも意見を述べる。
「技術面では、基本をしっかり固めれば。それに、サイトウさんの息子さんならば...」
話し合いは夜遅くまで続いた。支店開設には多くの課題がある。場所の選定、スタッフの育成、新メニューの開発。そして何より、本店と同じ温かさを届けられるかという不安。
しかし、その分だけ可能性も大きい。より多くの人に幸せを届けられる。新しいスタッフとの出会いが、また新しい魔法を生み出すかもしれない。
「少し時間をいただいて、みんなで考えてみてもいいですか?」
アリアの提案に、サイトウは快く頷いた。
「もちろんです。こういう決断は、慎重に」
その夜、カフェに残ったアリアたちは、改めて支店案について話し合った。窓の外では雪が静かに降り続いている。
「正直、不安はあります」
リリーが魔法の杖を握りしめながら言う。
「でも、この魔法をもっと多くの人に届けられたら、きっと素敵だと思うんです」
「僕も賛成です」
エリオが続ける。
「今までの経験を、新しい形で活かせる。それに、自分たちも成長できる機会になるはず」
ノアはしばらく黙っていたが、やがて静かに話し始めた。
「旅をして感じたのは、温かい場所を求める人が、本当に多いということ。このカフェは、そういう人たちの心の拠り所になれる。その可能性を、もっと広げてみたい」
アリアは窓際に立ち、雪景色を見つめながら考えを巡らせていた。この場所で始まった小さな夢。それが少しずつ大きくなり、今また新しい段階を迎えようとしている。
「みんなの言う通りね」
アリアが振り返る。その表情には、新しい決意が輝いていた。
「私たちにしかできない、新しい魔法の物語を作っていきましょう」
翌朝、サイトウに返事を伝えた。支店開設という新しい挑戦に、「夢見のカフェ」が動き出す。
「ありがとうございます」
コウタが深々と頭を下げる。
「必ず、皆さんの想いに応えられるよう、精進します」
「これからが本当の挑戦ね」
アリアは新しい仲間に微笑みかける。
「でも、きっと素敵な物語になるはず」
窓の外では、雪が上がり、冬の澄んだ青空が広がっていた。新しい夢に向かって、第一歩を踏み出す時が来たのだ。
(次回に続く)
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