第五話 ハートブレイカー Heartbreaker 1 ②
今回の、この直子さんの行方不明も、話を聞かなきゃ無関係でいたろうが、聞いてしまったからには、事をはっきりさせなくては寝ることもできないだろう。
友達に言わせると「あんたって何というかさ〝姉御〟よね。頼りになるって言うかさあ」とか誉めるけど(バカにされてるのかも知れないけど)実際はただのビョーキなのだった。
(炎の魔女と話すのは怖いけど、でもこのままじゃ落ち着かないもんね……!)
でもほとんどの生徒が帰ってしまって、空が薄暗くなりかけても、霧間凪はいっこうに姿を見せなかった。
そのうち門番の仕事の時間も過ぎて、どうしよう、と考えていると、田中くんと早乙女くんがやってきた。
「ああ、先輩! 霧間凪は通りましたか?」
早乙女くんが話しかけてきた。
「ううん。まだ」
「そうですか……」
田中くんは顔をうなだれた。
「一緒に霧間凪を捜さない? きっと彼女、まだ学校にいると思うの」
私はそう提案してみた。
「ええ、僕らもそうしようって言ってたところです。今まで教室で色々と相談してて」
田中くんはうなずいた。
「僕は霧間凪本人が、やっぱり気になるんで」
早乙女くんはそんなことを言った。ふられても、まだ彼女のことが好きらしい。
「でもいるとしたら、どこかしら」
「一人でいてもばれないところ──屋上とか体育倉庫とか。あと今だったらプールの更衣室なんかも」
早乙女くんが分析した。
「そんなところで何をしてるんだよ」
田中くんが苛立った声を出した。
「わからないけど。でも彼女は目立つから、人目に付かないところにいるんじゃないかって思ったんだよ」
「とにかく、あたってみましょう」
私たちは、しーんと静まり返った学校に戻っていった。
「田中くんは、直子さんとは一体どういう……?」
屋上に向かう途中で、私は気になっていたことを訊いた。
「えーと……」
彼は困った顔をした。
「いや、こいつ紙木城先輩に好きだって言われたらしいんです」
早乙女くんが口を挟んだ。
「えーっ!?」
私は大声を上げてしまった。
「おい正美! 内緒だって言ったろう!」
「大丈夫、先輩は口が堅いから」
と二人が話しているのにも関わらず、私はやっぱり言ってしまった。
「噓でしょう!?」
「僕もそう思ったんです。冗談だろう、って何度も言ったんですけど。でも彼女は、私は本気よ、って」
「へえーっ……?」
私は思わず彼の顔をじろじろ見てしまった。
「あの、誰にも言わないでくださいよ」
「うん。わかった。でも、へえーっ……」
「よくわからなかったんですけど、でも断る理由もなくて。なんとなくつきあってると言うか、その」
「あ! でもたしか直子さんって他にも彼氏がいるとかなんとか噂で聞いたような」
「ええ、いるんです。二年の木村明雄ってヤツが。でも、なんか訊くに訊けなくて」
「木村が!? あいつ直子さんにも手を出してるの? でも彼が相手なら遊びじゃないのかしら」
隣のクラスの木村くんはプレイボーイで有名だ。彼に声をかけられなかった二年の女子は一人もいないという伝説があるほどだ。なんと言っても、この風紀委員長の私にまでちょっかい出してきたことがあるくらいなのだから。
「かも知れない。でもそうじゃないかも知れない。いずれにせよ、僕にはどうにも彼女の真意を問えなくて」
「あなた自身は直子さんが好きなの?」
「……どうかなあ」
「はっきりしないわねぇ」
私は癖が出て、ついきつい口調になる。
「屋上に行くには、裏の非常階段の方がいいな」
早乙女くんが校舎を見回しながら言った。
「どうして?」
「たしか、中からだと鍵がかかっているんです」
「ああ、そうか」
そして裏に回った私たちは、その問題の非常階段から下りてくる人影を目撃した。
「あ…!」
と走ったが、その人はこっちが着く前に行ってしまった。でも背が高くて、どうも男子みたいだったのでそれ以上追うのはやめた。それに校門の方に行ったから、きっと帰ったのだろう。
「あの人がいたって事は、霧間凪はいませんかね」
「みたいね。体育倉庫の方を回りましょ」
私たちは体育館の下にある倉庫に行った。
鍵がかかっているが、私は門番なので学校のどこの鍵にも合うマスターキーを持っていた。
「よっこらしょ……!」
重い扉を早乙女くんが開けた。彼はそのまま中に入っていった。
「閉まってたってことは、いないかもね」
私も中を覗き込んだ。暗いので電気をつけたが、小さな蛍光灯が一つだけなので、マットやら跳び箱やら、色々なものが積まれている室内全部はとても照らせない。
「でも、どこかから入り込んだって事もあるし」
田中くんも、早乙女くんに続いて中に入ろうとした。
でもその時、早乙女くんが奥から出てきて、両手を振った。
「別に誰もいないし、それらしい物も──」
●
「──何もないぜ」
そう言う早乙女正美の背後には、エコーズが使っていた毛布やヒーター、それに食料の包み紙などが散乱している。だがそれらは物陰に隠れて入り口付近にいる田中志郎と新刻敬には見えない。
「吸い殻とかなかった?」
と敬が聞いてきたが、彼はちょっと首を戻して見せ、そして「いや、ないね」と、平静に答えた。
その足下には、紙木城直子がカバンにつけていた小さな鈴が転がっていた。
「じゃあ、他のところか」
「でしょうね。早乙女くん、早く出て。鍵閉めるから」
「ああ」
正美は、証拠品の数々をそのままに、倉庫の照明を切って外に出た。
「次はどこに行こうか?」
敬は鍵を閉じると、少年二人に振り返った。
「思ったんだが、いっそのこと放送で霧間凪を呼び出すというのはどうだろう?」
と正美は提案した。エコーズの存在は確認した。おそらくは今、霧間凪と一緒に行動しているのだろう。計画は第二段階に移るときが来たようだ。
●
「放送?」
私は早乙女くんに訊き返した。
「ええ。放送室の鍵は、そのマスターキーで開けられるでしょう?」
「うん、そりゃできるけど──怒られないかしら?」
「怒られるだろうけど、もう生徒はいないし、先生だって宿直の人しかいないでしょう。そんなにこっぴどく叱られるってことにはならないんじゃないですか」
早乙女くんは言った。
「うーん、そうねえ……。まあ確かに、その方が早いかもね。いいわ、先生には私が叱られるわ」
「すいません、僕のために」
田中くんがあやまった。
「別にあなたのためじゃないわ。直子さんが気になるからよ」
と言ってから、私は変に偉そうな自分にむずむずした。単に、はっきりしなくて落ち着かないから行動してるだけなのに。言葉だけだとなんかすごく立派な人間みたいだ。
まあ、それは直子さんのことは心配だけど。
霧間凪に変なこと吹き込まれて、よからぬことをしてしまっているなら、なんとか止めないと──ってこれも、まるっきり心正しき風紀委員長だ。そんなつもりはないんだけど。
「じ、じゃあ、行きましょ」
私は落ち着かなくなって、二人の先頭に立って歩き出した。
でも、そうやって前に立つと、ますます偉そうな感じになってしまい、私はちょっと困った。
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