第二話 炎の魔女、帰る The Return of the Fire Witch 1 ②

 警察は、一応の確認と称してわたしの家に犯人とのつながりを尋ねてきた。もちろん、見ず知らずの他人だ。両親はわたしに知らせまいとしていたけど、結局警官がわたし自身に訊いたことで知ってしまった。

 ショックを感じなかったと言えば噓になる。

 しかしそれよりわたしは、その事実がぴんとこなかったのだ。

 わたしと何の関係もない人間が、わたしには理解できない動機でわたしの命を左右していた、ということがどうしても飲み込めなかったのである。

 それで、わたしはそういうことに興味を持ち始めた。

 この事件のことは友達には言えなかった。

 そのことを言うと、わたしはきっと特別な目で見られる、と思った。「異常者に気に入られていたんだって」なんて噂されたら、それだけで周囲からいじめられるのは目に見えていたからである。洒落ですませるには、すこしハードすぎる事実だった。

 でも、興味を持っていると、それだけで何かと気取られてしまい、今ではさっきのようにクラスの殺人博士扱いである。まあ、いじめられるほどではないけれど。


 昼休みも終わりかけ、わたしたちは五時間目の授業のために教室の移動を始めた。

 わたしの受ける授業は現代国語で、理系に進もうとしているわたしには気のはいらないことおびただしい科目である。うちの高校は二年から理系と文系の選別があるのだが、それでも二年生の時はお互いの科目をどれかひとつ履修しなければならないのだ。よくわからない制度ではある。

 わたしは同じように現国を受けている他のクラスの友達と二人で渡り廊下を歩いていた。いつもは三人なのだが、今日は風紀委員をやっている新刻さんがミーティングとかで一緒に来られない。

 歩いていると、そこに、


『……二年C組の宮下藤花さん、直ちに保健室に戻ってください。二年C組の宮下藤花さん……』


 と、校内放送がかかった。


「あれー、藤花、どうしたのかしら」


 横の彼女がおどろいて言った。彼女のクラスの人だったのだ。


「なあに、そのひと保健室で寝ていたの?」

「うん。四時間目に、急に気分が悪くなった、とか言って」

「へえ。サボりの口実?」

「さあ。あ、でも、彼女って三年のヒトとつきあってんのよね」

「なによ、逢い引きのために抜け出したって言うの?」

「うん。かもよ。なんせ男女交際は校則違反だしさ。新刻さんには内緒よ」


 しぃ、と彼女は指を唇に当てて見せた。

 わたしは苦笑した。


「言わないわよ」

「今頃は屋上あたりにでもいたりして──」


 そう言いながら彼女は窓の外を見上げて、そしていきなり、


「きゃあああっ!!」


 と、疳高い悲鳴を上げた。わたしはびっくりした。


「な、なに?」

「い、い、いた、いたの、いたのよ今!」


 ふるえる指で、窓の外を指さす。


「なにがいたのよ?」

「ぶ、ブギーポップよ! 屋上に!」

「え?」


 わたしは振り返った。

 でも、そんな影はどこにもない。


「いないわよ」

「いたのよ、たしかに! すぐに引っ込んだのよ!」

「誰かを見間違えたんじゃない? それこそ宮下さんとかを」

「そんなはずはないわ! 黒い、筒みたいな帽子をかぶってたもの……」


 彼女はすっかり取り乱してしまっていた。

 錯覚に決まっているのだが、しかしこういう時は何を言ってもすぐには受けつけないものである。逆療法が効果的だ。信じたふりをして、とにかく相手とコミュニケーションを成立させるのである。


「わかった。じゃあ屋上に行ってみよう」


 わたしがそう言うと、彼女はびっくりしてわたしを見つめ返してきた。


「え…!?」

「正直、わたしブギーポップがいるものなら見てみたいのよ」

「やめて! 危ないわ!」

「大丈夫よ。先に教室に行ってて」


 わたしはひとり、屋上に向かった。

 途中、小走りになって階段を駆け上がったので、入り口のドアをつかんだときには息切れしていた。しかしながら、


「あれ……?」


 屋上に至る扉には鍵がかかっていた。そう言えば、以前ここから飛び降り自殺した生徒が出て以来、閉鎖されているのを遅まきながら思い出す。

 わたしは窓の隙間から様子をうかがってみた。でも、ほぼ全部の空間を探ってみても、それらしい人影はなかった。

 階段を下りていくと、彼女が心配そうな顔で待っていた。


「……どうだった?」

「何もいなかったわよ」

「ほんとに?」

「うん。この目で見たもの」

「なんだぁ。じゃあ、やっぱり気のせいだったんだァ……」


 彼女はほっとした顔になった。


「そうみたいね」


 でもわたしは、なぜだかすごくガッカリしていた。彼女と教室に向かいながら、そう言えば屋上の裏には非常階段があるな、あそこにいたら見えなかった、なんて、今更ながらに考えてしまったりした。でも、さすがにもう行こうとは思わなかった。

 このことはこれっきりで、それからは平穏無事な毎日が続いていった。

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