第一話 浪漫の騎士 Romantic Warrior 2 ②

「あー。おまえらも知っていると思うが、今年になってからの風紀の乱れは少し目に余るものがある。家出した女生徒が全校で既に四人もいる」


 ミーティングといっても、僕らはいつもほとんど喋ったりしない。指導教官の教師が一方的にまくしたてるばっかりなのだ。

 だいたい、風紀委員といったって、誰もマジに学校の取り締まりをやる気でいる奴なんかいやしない。なかには僕のように、自ら校則違反をしている奴もいる。

 昨日街で会った早乙女は書記だ。なにやらノートに議事録をとっている。こっそりグループ交際なんかしてるくせにこういう場所でもしっくりと馴染んで、まるで違和感がない。


「それで、おまえらも何かそれらしい話を聞いたら、すぐに私に知らせろ。奴等の友人あたりで、家出先を聞いてる奴がいるかも知れないからな」


 僕らは返事をしない。これもいつものことだ。そして教師の方もかまわず話を続ける。


「それと、例の霧間凪きりまなぎが今日も登校していない。ヤツにはいつでも充分目を光らせておくように。あの女は陰で何をしているかわかったものじゃないからな」


 教師は僕らをじろりと見回した。

 僕らは無言だ。

 ただ早乙女がバカ丁寧にノートに記録していくサラサラという音が響くのみである。

 そのとき、校内放送がかかった。


『……二年C組の宮下藤花さん。直ちに保健室に戻ってください。二年C組の宮下藤花さん……』


 僕はびっくりして、席をがたんと鳴らした。


「ん? なんだ」


 教師が僕をじろりと睨んだ。


「いえその、急にめまいが」


 言い訳のつもりだったが、実際に頭がくらくらした。


「大丈夫ですか先輩、顔が真っ青ですよ」


 委員長が言った。


「三年か。おまえはもういいから、教室に戻れ」


 三年生は受験のことがあるので、委員会では影が薄い。ミーティングも出なくてもいいくらいだ。僕は受験しないが、教師はいちいちそんなこと、覚えていないようだった。


「は、はい」


 僕が立ち上がると、委員長も立った。


「先生、私が先輩を保健室に連れていきます」


 む、と先生は一瞬顔をしかめたが、すぐに「早く戻って来いよ」と僕らを追い出した。


「……いいのか?」


 僕は新刻に訊いた。


「先輩こそ」


 彼女はぼそりと呟いた。

 それっきり僕らは何も言わず、走るようにして保健室に駆け込んだ。

 誰もいなかった。

 僕は、大きく息を吐いた。

 藤花のことを放送では〝戻ってこい〟と言っていた。つまり一度は保健室で寝ていて、それから出ていった、ということになる。


(いや、早退するはずで出ていったのが、まだ校内にいるってこともあるな。カードで下校はチェックされるから……)


 僕はあれこれ考えていたら、腰が抜けて長椅子にべたりと座り込んでいた。


「……心配なんですか、彼女のこと」


 新刻が声を掛けてきた。


「ああ。──え?」


 僕が顔を上げると、彼女は切り口上で一気に言った。


「そうじゃないかって思ってました。宮下さんとは同じクラスなんですよ」

「…………」


 僕はポカンとして、彼女を見つめた。新刻は言葉を続ける。


「彼女、最近なんかヘンでした。そわそわと落ち着かないって言うのか。授業中に外を睨むように見てたりとか。それで先生に注意とかもされてました。てっきり先輩とうまくいってないのかって思ってたんですけど」

「…………」


 僕には返事のしようがない。


「私も先輩のことが好きなんですけど。でも」

「…………」

「でも先輩の方は、やっぱり彼女のことが好きみたいですね」


 彼女は、ほとんど僕を睨みつけている。

 僕が何も答えられないでいると、彼女は、


「それじゃ、私は戻りますから」


 ときっぱりと言って、飛び出すように保健室から出ていった。


 その日は、それからずっと上の空だった。

 授業が終わるなり、僕は例の約束の場所にすっとんでいったが、やっぱり藤花の姿はなかった。

 人気のない校舎裏は日が射さないので、あたりは薄暗い。

 鞄を投げるように地面に落として、ポケットに手を突っ込んで壁にもたれかかった。

 僕は、もう何をどうしていいかわからずに、ただ空を見上げた。

 校舎の屋上の縁が、まるで空を切り取ったようにくっきりとした線を描いていた。

 その線の上に、ひとつの影が出っ張っていた。


「……!」


 僕は絶句した。

 それは人影で、しかも頭の部分が筒みたいに平らで、身体はマントを着たみたいなシルエットだったのだ。

 あの黒帽子だった。

 そいつは僕の姿を認めたとたん、この前のように身をひるがえして身体を引っ込めた。


「ま、待て!」


 僕は叫んだ。

 ちょうどこの校舎裏には、外に出っ張った非常階段があった。すべての階と、屋上にもつながっている。

 僕は鍵がかかっている柵をよじ登って越えて、屋上に駆け上がっていった。あからさまな校則違反だった。

 屋上に着くと、僕は怒鳴った。


「宮下! おまえなのか!?」


 黒帽子は、その声で物陰から出てきた。

 僕を、この前のようにまっすぐに見つめてくる。


「君は……宮下藤花の知り合いか」


 と、そいつは藤花の声で言った。ちょっと男っぽくかまえているが、そのつもりで聞けばそれは藤花の声に違いなかった。


「そうか、それは悪いことをした。昨日も会ったな。無視してしまったようだね」


 僕はそいつにずかずかと近寄ると、肩を乱暴に摑んだ。


「何のつもりだよ、おまえ!」


 ところが、次の瞬間僕の身体はふわと宙に浮いて、そして床に叩きつけられていた。


「──!?」


 足払いを喰らったのだ──ということは、痛みが全身に走った後で気づいた。


「……? ……な、なにが──どうなって」


 僕が呻くと、黒帽子は静かに言った。


「まず最初に言っておくと、ぼくは宮下藤花ではない。今はブギーポップだ」

「い、今は……?」


 じゃあ、今朝は彼女だったとでも言うのか。


「君も、言葉ぐらいは聞いたことがあるだろうが、手っ取り早く言うなら〈二重人格〉という概念が一番近い。わかるだろう」


 と、その〝ブギーポップ〟とやらは言った。


「に、二重──」

「君らはまだ誰も気づいていないが、この学園に、いや全人類に危機が迫っているんだ。だから、ぼくが出てきたんだ」


 この、彼だか彼女だか不明のブギーポップは大真面目な顔をして言った。

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