第38話 「ユルハ」


 聖暦1387年1月5日の朝である。


 きしむ体を引きずりながら、ユーヒとルイジェンはギルド本部のメルリアの執務室へやってきている。


「さて、結果から言いましょう。私の「試験」の結果としては合格です――。ですがユーヒ、あなたのパフォーマンスには正直奇怪な点が多すぎます。あなた、基礎能力値がとんでもない早さで成長していますね? ああ、答えなくてもいいです。冒険者にとって個人のパラメータが公開されるのはとても大きなデメリットですから。しかしながら、あまり、喜んでいられる状況でないのも確かです。ここはあなたの言うとおり、エリシア様と対話するのがいいでしょう」


 そう言って、メルリアは一通の封書を差し出してきた。


「――これをもって、王都シルヴェリアへ行きなさい。シルヴェリアのエリシア大神殿宛ての手紙です。私の刻印が入っています。これを見せれば、エリシア様との対話が可能になるでしょう」


 ユーヒはほっと胸を撫で下ろした。これで、エリシアと直接話ができる。

 エリシアと話せば、恐らくいくらか今の状況を把握できることだろう。


(結果がどうであっても、わけがわからないうちにこんなところで死んでしまうのだけは避けたい――)


 エリシアに会えば、少なくとも僕が「どういう存在」であるかぐらいは判明するはずだ。なんと言っても、彼女(?)はこの世界の創造神なのだから。



「あ、ありがとう、メルリア。感謝するよ」


 ユーヒは素直に礼を言った。


「――ユーヒ。あなたがあなたが言うようにこの世界の外から来た存在で、この世界を創造した本人だというのなら、聞きたいことがあります。あなたは、一体何を伝えたかったのですか? それに、この世界の行く末はいったいどうなるのですか?」


 メルリアが問いかけてくる。



 僕は言葉に詰まってしまった。

 僕はあの物語を書く中で、一体何を表したかったのだろう?


 アルの成長? アルとケイティの関係? それとも、世界の在り様とか? 悪とは何かとか? はっきりとどれだと問われれば、答えがあるようで無いというのが本当のところだろう。


「メルリア、それは僕にはわからないよ。僕の書いた物語を読んでくれた人が、何かを想うのか、それとも何も感じないのか。とても無責任な言い方をするなら、人それぞれで何が正解かなんて僕にはわからない――」


 と、正直に本心を吐露してしまう。


 だけど――。


「もし、何かを感じ取ってくれて、それがその人の心の一部を象ってくれるのなら、それこそ「書き手」冥利に尽きるというものさ。僕は商業作家じゃないし、君には悪いけど、その物語は趣味で書いた僕のはじめての作品だ。もちろん思い入れはある。でも、何かを伝えるにはあまりにも稚拙すぎるとも言えなくもない。実際のところ、投稿サイトの評判は大したことない方だったし、ね――」


 もちろん、評価やPVが全てだとは思わない。だが、人の目に留まり、その出来に何かしらの反応を示す機会が与えられている場所で、何も反応を得られないということは、おそらく「そういう事」なのだと受け入れるしかない。


 そうして、また違った形で、違った物語で自分の中にあるものを表現しようと試行錯誤する。それが「書き手」というものなのではなかろうか、と、思う。


「ただ――。書いてて感じたのは、登場する人物たちが間違いなく息づいているように僕の中で動き、考え、悩み、叫び、泣き、笑っていた――。不思議な事なんだけど、自分が作り上げた人たちが、いつしか自分の意志を持っているかのように動き出すんだ。そうやって、アルバート・テルドールは彼自身の選択で初代ギルマスになったんだと、僕は自信を持って言い切れる――。もちろん、アルの冒険の中で登場したすべてのキャラクターが、それぞれの意思をもって行動していった。僕はそれを自分の拙い文章力でなんとか伝えようと必死で書いていたように思う。メルリア、君もそのうちの一人だよ」


 僕は、そこで言葉を切った。

 ここまでで自分の想いというのは出来る限り言葉にしたつもりだが、やはり、全てを表しているとは到底言えない。

 たぶん僕の中にはもっと複雑で、溢れるほどの「想い」があるのだろうが、残念ながら、言葉で表すのは限界がある――。


「――メルリア。君はある時、こうエリシアに問うているよね? 「どうして私を置いて皆この世を去ってゆくのか」って。君の寿命はおそらくとても長い。これまでもそしてこれからも、まだまだ多くの人たちが君を置いて死を迎えてゆくことだろう。でも、エリシアは言ったはずだ。『希望を育てて紡いでほしい、それが「ヴィント」である君が生きる理由になるだろう』って――」


 僕は、メルリアに伝えたいことがあったことを思い出す。

 

「僕は今日、君から「希望」をもらった。エリシアに会い、僕が何ものなのかを聞くことができるかもしれないという「希望」をね。メルリア・ユルハ・ヴィント。君は、僕の思っていた通りの女性だったよ。「ユルハ」は竜族の言葉で「結ぶ」という意味だったはずだ。君は今や、世界を結ぶかなめ的な存在になっている。そして、君を敬い「木の短剣ギルド」に集うものも後を絶たない。アリアーデとルシアスの想いが今も君の中で息づいていると、僕は今心からそう感じている」


 そこまで言った時、僕は、メルリアがその美しい瞳から大粒の涙をこぼしていることに、ようやく気が付いたのだった。

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